六 子河童に生魚を配ったこと
そのまま喜兵衛は立ち去ろうとした。しかし、大きくて強そうな河童たちに行く手を阻まれた。そいつらは喜兵衛を押し戻して、岩場の真ん中あたりに座らせた。
河童の長老が何やら指示を出していた。ギュルッ、ギュルッと短く鳴くたびに、ほかの河童たちが洞窟に入っては、何かしら抱えてそれぞれ戻ってきた。
河童の群れは、その洞窟で暮らしているのだろう。中は暗くてよく見えなかったが、ずいぶん奥まで広がっているらしい。大きな石や葉っぱや、ピクピクしている魚が運ばれてきた。
どうやらきゅうりのお礼のつもりらしい。喜兵衛のために食べ物が用意された。大きな石の器に緑の葉を敷いて、そこに生の魚が山盛りだった。
川から獲ったばかりらしく、ぴちぴちと跳ねている魚もいた。河童にとっては新鮮かもしれないが、人間が生のままで食えるわけはなかった。
腹を壊すぐらいで済めばいいが、下手したら病気で死にかねない。おそるおそる顔を上げると、すべての河童たちの視線がこちらに注がれていた。
濡れたままの服が、さらに冷えてきた。なんとかしてこの場を逃れるすべを、喜兵衛はさほど賢くもない頭で必死に考えた。
河童の長老は、喜兵衛が遠慮しているとでも思ったらしく、魚を口に入れる仕草を何度も繰り返した。ほかの河童たちは、じっと喜兵衛を見つめている。
「食うしかねえ……」と喜兵衛は悟った。あとで河童たちのもとを去ったあとで、吐き出せばいい。喜兵衛の手が震えながら、一番上に盛られている生きた魚を握った。
魚の頭が口に入りかけたとき、子河童のなかでも一番小さいのが喜兵衛のほうへ、ペタペタと駆けてきた。母親の腕をすり抜けて、喜兵衛の正面でうらやましそうによだれを垂らしている。
喜兵衛が、この千載一遇の機会を逃すわけはなかった。子河童を連れ戻そうとしてあわてて近寄ってきた母親を穏やかに制しながら、口に入れかけていた新鮮すぎる魚を子河童に渡した。
子河童は生魚をうまそうに平らげると、嬉しそうにその場でぴょんぴょん飛んでいた。喜兵衛は立ち上がってから、石の器を抱えてほかの子どもたちの元へ行って生魚を配り始めた。
長老や大人の河童たちは唖然としているようだったが、喜兵衛を妨げはしなかった。子供たちは全員喜んでいるようだった。
すべての魚を分け与えると、喜兵衛は、長老の足元に石の器をそっと置いた。そのまま帰ってしまおうとした。しかし、そこまでうまくことは運ばなかった。
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