十一 喜兵衛が山賊に殺されたこと

 冬が過ぎ、春になり、夏が近づいてきて、またきゅうりを育てる時期が来た。喜兵衛は去年と同じように、きゅうりを育てることにした。


 喜兵衛はまるで取りかれたように、水をやったり、虫を取ったりして、畑の世話をしていた。黄色い花がいくつも咲き、しばらくすると畑一面の株から、形の良いきゅうりがぶら下がるまでになった。


 みずみずしく太いきゅうりを一本もぐと、同じ株からまたすぐに別のきゅうりが生えてくるという具合に、喜兵衛は次々に収穫していった。


 こんなに立派なきゅうりがたくさん実ったのは見たことがないと、村で一番長生きのじいさんが言った。俺が試しにかじらせてもらったら、味も噛みごたえも申し分なかった。


 なんとも言えない甘みがあって、歯ごたえもしっかりしている。河童の甲羅を背負ってる喜兵衛には、きゅうりの神さまが味方したのだと噂する者がいたが、もしかしたらそうなのかもしれない。



 喜兵衛はまた隣村にきゅうりを売りに出かけることにした。


 去年よりずっと収穫量が多かったから、ひとりで背負っていくわけにはいかない。そこで荷車に積んでいくことにした。


 きゅうりを山のように積むと、重くてひとりでは山道を運べなかったので、俺が手伝ってやることにした。二人がかりで荷車を押していくことにした。


 山道には数カ所で急な傾斜があって、俺たちは全力で荷車を押さなきゃならない。山の峠で休憩する頃には、二人とも全身汗だくになっていた。


 二人で奪い合うようにして水筒から水を飲んでいると、岩陰からのそりと大きな影が現れた。


 山賊の頭だった。俺は見るのは初めてだっだけれど、大きな傷が頬にあり、自慢の刀を携えていたんですぐに分かった。


 もちろん子分たちも一緒だ。全員まぬけ顔にニヤニヤ笑いを浮かべていやがった。


 この峠で待ち構えていたようだから、おそらく山道を荷車が登ってくるのを見ていたんだろうな。


 さて、喜兵衛はまたしても山賊に大切なきゅうりを狙われてしまった。だが去年と違うのは、喜兵衛が河童の甲羅を背負っているということさ。


 山賊どもが刀や太い棒を振り回すので、俺の足はガタガタと震え出した。喜兵衛はそんな俺を見て、力強く励ましたんだ。


 「おいらに任せろ。お前は隙を見て逃げるんだ」喜兵衛が耳うちし、俺は黙ったまま頷いた。


 「ははあ、お前だな?最近うわさの河童野郎ってのは」と山賊の親分。


 「そうだ」喜兵衛が胸を張った。


 「お殿様にお呼ばれしてご褒美をもらってきたらしいなあ」親分があざけるように言った。


 「その通りだ」喜兵衛はまったく恐れる様子もない。


 「それでたんまり貯め込んだってわけだろう?そいつを全部よこせば命までは取らねえ」


 「お前たちは人様のもんを奪うことしかできない能無しだ!やれるもんならやってみろ!」喜兵衛が啖呵たんかを切った。「だがな、おいらはひと味ちがうぞ!」


 「なんだとぉー!」山賊の親分が顔を真っ赤にして、刀で斬りかかってきた。


 もちろん喜兵衛は甲羅に身を隠したから、刀で傷つけることはできない。親分は憤慨ふんがいして、子分たちといっしょになって総攻撃を仕かけた。


 河童にしろ亀にしろ、かつてこんなに甲羅を叩かれた者はあるまいというほど、喜兵衛の甲羅はありとあらゆる打撃にさらされた。


 刀が折れ、棒が折れ、大きな石が何度も砕けた。わざわざ、子分のひとりが隠れ家からくわを持ち出してきて、甲羅を打ちすえたがそれも無駄だった。


 俺は隙を見て逃げ出し、草の茂みに隠れて様子を見ていた。喜兵衛の甲羅が割れてしまうんじゃないかとひやひやしたが、心配は無用だった。


 山賊は一人残らず体力を使い切り、地面にへたばってしまった。そのとき、甲羅の中からくぐもった声が聞こえてきた。


 「おいらは甲羅があるかぎり無敵だ!」


 山賊たちは悔しそうにしていたが、ひとりの子分が声を上げた。


 「親分、いいことを思いつきやした!」


 「何をしても無駄だぞ!」その声を聞いて、甲羅の中から喜兵衛が言った。


 山賊たちは一ヶ所に集まると、何やらヒソヒソと相談をはじめた。それからどっと笑い出して、連中は大きな穴を掘り始めた。


 土を掘る音がずっと聞こえてきて、喜兵衛は少し不安になってきたようだ。「おい……何をする気なんだ?」


 山賊どもはニヤニヤしていて返事などしない。喜兵衛は甲羅から顔を出すわけにもいかず、そこから動けずにいた。


 やがて穴を掘り終わると、山賊どもは喜兵衛が入ったままの甲羅を、地面から持ち上げてしまった。自分が何をされるのか、喜兵衛にも分かったらしい。


「や、やめろー!」


 しかし、山賊どもはますます笑いながら、甲羅を放り投げてしまった。甲羅が穴に落ちたとき、「──ぎゃっ」と声がした。


 そして、穴はすぐに埋められてしまった。途中で「許してくれー」と聞こえたようだったが、連中の笑い声にかき消された。


 山賊がきゅうりを載せた荷車とともにいなくなると、ようやく俺は草かげから出ることができた。



 ──とまあ、ここで話は最初に戻るってわけだ。喜兵衛は可哀そうな死に方をしちまった。


 村まで奴の死体を担いでいって、俺はきちんとした墓を作ってやったのさ。そして河童の甲羅ごと土に埋めてやったんだ。


 村人たちは墓の前で手を合わせ、墓前にはきゅうりが供えられた。最期は、河童の甲羅のせいで死んだようなもんだから、奴がきゅうりを喜んだかどうかは分からないけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

河童の甲羅を背負いし者 にさおかずてる @nisao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ