十 殿様から褒美をもらったこと

 何日かして、喜兵衛が城から帰ってきたんで話を聞いた。絶対に嘘だと分かるような内容が混じっていたから、本当だと思えることを話してやるよ。



 城下町に足を踏み入れると、喜兵衛は縮こまるような思いがしたそうだ。通りには所せましときれいな家が並び、町の連中は、田舎もんよりずっと良い着物を着ていた。


 実際は、町人たちのほうがびっくりしたかもしれないがな。役人の後ろから、でっかい甲羅を背負った男が歩いていくんだから。


 みんな珍しそうに眺めていた。たくさんの子供たちがぞろぞろと城の門までついてきた。


 城門の中に入ろうとしたが、見張りの城番に止められた。使いの役人が、殿の命令で、河童の甲羅を持つ男を連れてきたのだと説明しなくてはならなかった。


 城番はちょっと悩んだあとで、「まあ、悪い妖怪ではなさそうだしな」と通してくれたそうだ。多分、喜兵衛を見るからに怪しいと思ったが、考えた末に、いい妖怪だと思ったんだろう。


 城の中の連中も、もちろん河童の甲羅を見るのは初めてだったから、ちょっとした騒ぎが起こった。「こいつは敵国の回し者に違いない!」と、突然斬りかかってきた男がいた。


 喜兵衛はとっさに甲羅にもぐったので、刀のほうが甲羅に当たって砕けてしまった。男は激怒したが、喜兵衛を連れてきた使いの役人がどうにかなだめて、ようやく騒ぎは収まった。


 ついに城主にお目通りが叶った。殿は好奇心が旺盛で、珍しいものと聞くと居ても立っても居られない性格らしい。


 「今までに河童を見たという者どもに、余はいろいろ尋ねてみたが、どれも偽りのようであった。しかし、実際に河童の甲羅を背負っているのであれば、本当に河童と出会ったと考えて良さそうじゃ」


 喜兵衛が河童に甲羅をかぶせられた話をすると、殿は興味深く耳を傾けられ、逐一細かい説明をお求めになられた。


 次に偉い学者が連れてこられた。古い絵巻物の河童の絵を見せられて、「これと同じか?」などと訊ねてきた。


 絵はあまり正確とは言えなかったから、喜兵衛がもっと水かきは広いとか、くちばしは小さいとか、いろいろ指摘してやると、学者は興味深そうにうなずいた。


 さらに「ときどき川の水をすくっては頭の皿にかけていたから、乾くのが嫌なんだと思う」と教えてあげたら、学者の目はきらきらと輝いたそうだ。


 殿様の小さな孫たちがやってきた。甲羅を見て大変喜ぶので、喜兵衛が四つん這いになり、甲羅に乗せてやった。「お馬さんごっこ」ならぬ「河童さんごっこ」で、小さな子どもたちは大はしゃぎしたそうだ。


 孫たちが楽しそうにしている様子を見て、殿は上機嫌になられた。喜兵衛が帰るときには、黒塗りのつづらに、美しい織物や高級茶葉などを入れて、ほうびの品々をたくさん持たせたほどだ。


 喜兵衛が村に持ち帰った高価な品々は、村人たちを心底うらやましがらせた。どんなに低く見積もっても、河童たちにくれたきゅうりの十倍の値打ちはある。



 河童の甲羅を手に入れれば、自分たちも殿様から褒美がもらえるかもしれないと、村人たちは全員で河童の暮らす洞窟を探すことにした。


 その計画を聞きつけて、参加したいと頼み込んできた隣村の庄助といっしょに、俺たちはあちこち川辺を探し回った。喜兵衛のおぼろげな記憶だけが頼りだった。


 「おいらは担がれていたし、すごい速さで移動していて、どこも似たような景色だからなあ……」と喜兵衛はうんうんうなっていた。


 何時間もかけた末、俺たちはようやくそれらしき洞窟を発見したんだが、もぬけの殻だった。


 喜兵衛は「絶対にここだった」と言ったが、河童が住処すみかにしていた証拠はどこにも見つからない。


 どうやら河童という生き物は、ひとつの場所で暮らし続けるのではなく、あちこち動き回りながら食べ物を探しているらしい。


 これまで河童を見た者の数は少なく、おとぎ話だけのことと思われてきたのは、河童たちが人の目から身を隠すことに長けていたからなのだろう。


 村人たちはあきらめて、さっさと村にもどり、冬に向けての準備をすることにした。そんなに簡単に見つかるなら伝説の生き物にはなっていないと、さっさと見切りをつけた。

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