三 山賊に襲われたこと

 そんなわけで、隣の村にきゅうりを持っていくと高く買い取ってもらえるんだよ。喜兵衛は「儲けた金でたらふく食って、うまい酒を飲むんだ」とよく言っていたな。


 出発の朝、おれは山道の入り口まで行って、喜兵衛を見送ってやった。山の向こうへ、あいつはきゅうりを運んでいった。


 喜兵衛は着ぶくれしたみたいに、きゅうりで膨れていた。たくさんあって背負いきれなかったから、かさの中や小袋の中、それからふところにも入れて、ついでに帯にもはさんでた。


 あとで聞いたところによれば、途中でにわか雨が降ってきたから、しばらく大きな木のかげで雨宿りして、それからまた歩きはじめたそうだ。


 山の峠には、大きな岩がある。喜兵衛が回り込もうとすると、突然、岩陰から山賊が出てきた。ほおに大きな傷があり、体が大きくて、手には大きな刀を持っていたそうだ。


 急いで逃げようと振り返ったが、今度は、木の陰に隠れていた子分たちが出てきて、喜兵衛の道をふさいだ。つまり、喜兵衛はめられたってわけだ。


 「きゅうりを半分をやるからさ、そこを通してくれないか?」喜兵衛の声は震えていただろうな。


 「全部奪い取れるもんを半分だけもらって、獲物を逃がしてやる山賊なんていると思うのか?」と悪党どもはそろって大笑いした。


 きゅうりを奪われてしまったら、うまい飯と酒にありつけなくなる。突然、喜兵衛は道の横に向かって、深い草むらの中へと飛び込んだ。


 人が入っていかないようなところへ、無理やり突っ込んでいった。からみ合った木々の隙間を切りひらき、山の斜面を駆け下りていった。


 尖った枝や鋭い草に引っ掛けて、服はぼろぼろ、肌はかき傷だらけになった。


 山賊どもはしつこく追いかけてきて、後ろのほうから、ずっと罵声ばせいが耳に聞こえていた。


 きゅうりが落ちたり、折れてしまったりしたが、かまっちゃいられねえ。捕まったら終わりだ。必死で逃げたが、やがて深い谷川に追い込まれてしまった。


 川をのぞきこんだが、さっきの雨で水かさが増している。茶色く濁っていて、流れが激しく、泳いで渡るのはとても無理そうだった。


 「手こずらせるんじゃねえよ……」山賊どもも息を切らしていた。「おとなしく持ち物全部渡せば、命は取らねえでやる」


 死んだら元も子もねえ。喜兵衛は身ぐるみいっさいを渡そうとした。だがそのとき、濡れた岩場に足を滑らしちまった。

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