二 隣村の庄助が河童を目撃したこと

 一年前、喜兵衛のきゅうり畑は、天気にめぐまれたこともあって、出来が良かった。もともと、やつは土いじりがうまかったけどな。その年はお天道さまも味方してくれた。


 きゅうりを収穫して、喜兵衛は隣村まで売りにいくことにしていた。はじめから、そうするつもりだったらしい。


 というのも、山向こうの村では、きゅうりを高く買い取ってくれるからだ。畑が何者かに荒らされて以来、その村ではいっさいきゅうりは育てられなくなった。


 なんでも夜中にきゅうりが盗まれて、あっさり犯人は逃げちまったらしい。その村の床助しょうすけというやつが、泥棒を見たと言う。


 とある晩のこと、床助は酔っ払って、仲間の家で眠りこけちまった。


 目を覚ますと、すっかり夜が更けちまって、帰るのが遅くなった。こりゃあ、かかあが怒っていやがるだろうなと、苦りきって、あいつは自分ん家へ急いだ。


 途中で、月明かりに照らされた畑を通りかかり、そのとき、草葉ががさがさと揺れたそうだ。そこは、きゅうり畑だった。


 「イノシシのやつ、作物を食い荒らしていやがるな。よし、おれが追い払ってやろう」


 畑ん中に入っていくと、薄暗い中に、白くて丸いものがいくつも見える。そいつが動いていて、きゅうりをバリバリとむさぼっているようだった。


 「なんだ?ありゃあ……?」


 月明かりに目を細めると、床助は腰が抜けそうになった。そいつらの正体は、なんと河童だったんだ。


 白い皿を頭にのせて、甲羅を背負っている。緑の肌がぬらっと光り、水かきのついた指できゅうりを引きちぎっては、口に運んでいた……。


 無理もねえが、床助の口から声が「うぅっ」と漏れた。すると、河童どもがいっせいに顔を向けた。くちばしの上で、二つの目がギラリと気味悪く光った。


 大声で叫びながら、床助は全力で逃げた。畑から飛び出すと、今来たばかり道を必死で駆けていって、仲間の家の戸をドンドン叩いた。


 それからふたりで急いで畑へ戻ったんだが、すでに河童の姿はなかった。畑を調べてみたが、きゅうりは一本も残っちゃいなかった。


 「おれは河童を見たんだ!本当だ」という床助の話を、信じるやつはいなかった。酔っ払っていたから、夢でも見たんだろうと思われた。


 河童というものは、おとぎ話か昔話の存在で、実際にいるわけはない──それで泥棒は、山賊どもの仕業だろうということになった。


 それ以来、山向こうの村ではきゅうりは作られなくなった。ほかの作物を育てるようになったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る