五 河童にきゅうりを配ったこと

 ばしゃっと川から上がって、水をしたたらせながら近づいてくる河童もいた。水掻きのついた足をペタペタさせながら、みんな喜兵衛のまわりに集まってくる。


 河童という生き物は、それぞれちょっとずつ見た目が違うらしい。背が高いのや低いのがいて、太っていたり痩せたりしていて、さらに目の形やくちばしの大きさも微妙に異なっている。


 幼い河童を抱いているのは母親だろうか。赤ん坊の背中には、ちょこんと小さな甲羅があった。


 水草で遊んでいた子どもたちも、おずおずと喜兵衛に近づいてきた。年寄り河童は歯が欠けていて、緑の肌に骨が浮き上がっている。


 木の杖をついている河童がいた。かなり高齢らしく、顔はしわだらけ、腰もひどく曲がっていたが、なんとなく威厳のようなものがあった。


 そいつはひとりだけ首輪をして、ネズミの頭蓋骨のようなものをいくつもぶら下げていて、ほかの河童たちの中心で偉そうにしていた。河童の群れの長老だろうか。


 そいつが一歩前に出て、しわがれ声でギュルッと鳴いた。杖の先で、いつくばったままの喜兵衛を指し示した。


 すると、ほかの河童どもが少しずつ喜兵衛のほうに、にじり寄ってきた。喜兵衛は身を半分起こして、あとずさりした。


 「やめろ!近づくな」と抗議したが、ヒトの言葉など通じやしない。喜兵衛にペタペタと一歩一歩迫ってくる──。


 河童の集団に囲まれるのは、ただでさえ気味が悪いのに、いっせいに近づいてきた河童たちは、喜兵衛の背負っていたきゅうりの袋をクンクンと嗅ぎ出した。


 生臭い顔を近づけられて、辛抱たまらなくなった。きゅうりが詰まった袋を背中から下ろして、近くにいた背の高いやつにきゅうりを差し出した。


 そいつのくちばしから、よだれがツーッと地面に滴り落ちて、おずおずと手が伸びてきた。喜兵衛はすぐにきゅうりを手渡した。


 少しの間、その河童はめつすがめつきゅうりを眺めていたが、やがてキュルッと鳴いて、うやうやしく頭上にかかげてから、きゅうりに喰らいついた。ほかの河童たちが見守るなかで、バリバリとそれをたいらげると、満足げに群れの後ろへ下がっていった。


 ほかの者たちがよだれをすすりながら、喜兵衛の目の前に並んでいる。キュルキュルと低く鳴きながら、全員が喜兵衛を凝視している。再び一番前の河童にきゅうりを一本渡すと、さっきの河童と同じように有り難そうに食った。


 列をつくって並んでいる河童どもに、喜兵衛は一本一本きゅうりを配り始めた。長老の順番が来たときには、三本渡した。


 袋の中はどんどん減っていき、村を出るときに持てるだけ持ってきたきゅうりも、全員に行き渡る前に足りなくなってしまった。子河童たちが三人残っていた……。


 子どもたちはよだれを抑えながら、期待に満ちた眼差しを喜兵衛に向けている。どうしようかとうつむくと、上着がきゅうりの形に膨らんでいるじゃねえか。


 「こいつを忘れてた……」喜兵衛はきゅうりを一本、懐から取り出すと、三つに割ってから子どもたちに分け与えた。子どもたちは飛び跳ねながら、後ろへ戻っていった。

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