そうだとしても美しさを見いださんとしている

ドラマ性を持たせながらも、小道具として(或いはメインとして)きつねとたぬきをどれくらいの塩梅で物語に落とし込むか。ショートストーリーコンテストで特に気を揉む点は、それに尽きると思うんです。

それで言えば『気持ちが和むときだって多いのだ。』は、お手本のひとつ。普遍的な日常アイテムとして登場させながらも、商品の紹介、アレンジレシピなどを物語内に盛り込み、なおかつタイトル回収の要素としてもその商品を設置している。

開催者側が欲しがってる文章と、読者側が作者に期待している文章の融合が見事になされ、非常に完成度が高く感じました。

さてその読者側が作者に期待してるほうの文章ですが、これは経験しないと分からない分野。

高齢者と二人暮らしの高校生というのがニッチすぎてピンとこない人もいると思います。でもその設定を、あまりおかしく感じさせない構成がすごい。

日本は超高齢化社会を迎え、あと4年で「2025年問題」が現実となります。いわゆる団塊の世代が後期高齢者(75歳)の年齢に達し、医療や介護などの社会保障費の急増が懸念されるのが2025年。もう間もなくです、いえ、既に団塊の世代は71歳なので、始まっていると認識しても何らおかしくありません。

現在の日本は核家族化が進み、実家でお爺ちゃんお婆ちゃんの面倒を見る家庭が少なくなりました。バブル期から40年くらい経過しているのに給料の変化はほぼなく、物価だけが緩やかに上昇している。そんな中、奇行を繰り返すボケ老人がいれば、それが例え肉親と言えども悩みの種でしかありません。自分たちの生活でカツカツなのに、面倒なんて見る余裕がない……という意見が現在日本において不特定多数をしめていると思われます。(タテマエは兎も角)

ボケとは即ちアルツハイマー病です。老化に伴う人体の理ではなく、病気なのです。ドラマや映画では若年性アルツハイマー病が取り上げられて、綺麗に締めくくられることもありますが、現実はそんなものじゃありません。

症状としては精神病に酷似して……いえ、もう精神病の一種です。理屈の通らない人が理由の分からない行動をしながら理性を崩壊させ続ける、凄まじく悪質な病気なのです。その介護や看護に携わった人も少なからず影響を受け、精神に異常をきたす例もあるくらいに。

そういう認識や情報を踏まえた上で、この物語が書かれていることは文章から容易に想像がつきます。そして、そうだとしても作者はそこに美しさを見いださんとしている。理想だけれど、なくはない、むしろあってほしい。そんな思いが伝わってきて胸をうちます。

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