宇宙の海の粗忽者
ザヴィヤヴァ星系:星系外縁部
23世紀の末頃。太陽系連盟が誇る宇宙戦艦『サウスダコタ』は、合計153隻もの僚艦とともに辺境星系を慣性航行していた。
覇道主義を貫くヨンダミラス鳥人類帝国の主力艦隊を一気呵成に撃滅し、都合9年に及んでいる第三次銀河戦役に終止符を打つためである。小型高速艦多数による組織的集中突撃を得意とする彼等に、人類は何度も苦杯を舐めさせられてきた。徹底した包囲殲滅の絵を描き、散々に引き千切られたりもした。それでも万全の準備の下に行われたる一大作戦は、今のところ陽動を含めて順調で、外宇宙軍将兵の期待もまた、否応なしに高まっているようだった。
ただ最短の予測であっても、決戦が生起するのは2週間ほど後とのこと。
そのため当直でない乗組員達は、容積的な余裕と人工重力だけは十分にある艦内で、もしかすると人生最後となるかもしれない余暇を楽しんでいた。己が副脳に銀河公法大全を詰め込んで何とか咀嚼せんとする勤勉な中佐もいれば、機械仕掛けながら大変に艶めかしい"玄人さん"と心置きなく奮闘する兵曹長の姿もあった。そうした中、電測長のスミス少佐が催していたのは、随分と古いアニメーション作品の鑑賞会。火星開拓時代前期に、新埼玉植民地辺りで局所的に流行っていたそれらを、彼は不思議なくらい気に入っていて……圧縮視聴とはいえ付き合わされる方も大変だと、シモン大尉は思ったりした。
「お前等、俺の秘蔵コレクションはどうだったよ?」
「どうと言われましても」
場が少々白け気味なのは、荒唐無稽に過ぎるストーリーが故だろうか。
史実では衛星のエウロパに不時着し、自棄っぱちな"新欧州帝国"建国宣言とともに全滅したナチの方舟。実はそれが偶然通りかかった爬虫人類に救助されていて、挙句に"木星ザウルス"などと称される武装勢力となって火星や地球を襲うという代物だから、正直あまり一般的とは言い難い。
「とはいえ、かなり興味深くはありませんか?」
空気を攪拌するような反応をしたのは、睡眠教育課程を終えたばかりの佃中尉。
「当時はまだ、先駆帝国のコンスー族がまさしく爬虫人類だと知られてはおりませんでした。なのに不思議と昔から、爬虫人類がどうという噂はあったようですし、もしかすると隠密裏に地球潜入をやっていたのかも」
「おいおい、またそれかよ」
参加者の1人が苦笑し、
「流石に変テコ系の惑星伝説だろ。あいつら基本的に引き籠りで、聖典の代わりに古代兵器のマニュアルを読み上げてばかりいるそうじゃないか」
「変わり種も中にはいるかもしれません」
「ちょうどお前みたいにか?」
シモンは間を置かず突っ込み、同僚とともに爽やかに笑う。
もっともプロキオン植民星系の隣に陣取っていた先駆帝国は、何をしでかすか分からないところもあるとも思う。実際、50万年前に栄えていたという銀河文明の末裔を称し、隔絶した科学技術水準を誇るコンスー族は、未開文明保護を名目に太陽系全域に特殊なフィールドを展開させ、地球人類の宇宙認識を随分と長い間惑わしてきていた。それを破ることができたのは、超光速航行の実用化によって世界観が一変した100年ほど前で……一応の接触がなった後も、理由は教えられないが重要な実験をやるからと、まったく理解し得ぬ機材を強引に設置しにきたりするのだ。
「しかし最近また、面白い噂が出てきていますよ」
佃はムキになってか、大袈裟な身振りで続ける。
「今から350年くらい前らしいですが、爬虫人類達は旧ヴァン・マーネン星近傍にて特殊模倣子に関する秘密実験をやっていたとかで……何でも因果律を狂わせたり、知的生命体の論理思考を一定方向に捻じ曲げたりするのだそうです。しかもその影響が、ちょっとした不手際から太陽系に及んでいたとか」
「いったい何の根拠があるんだ」
「はい、少佐。あくまで状況証拠ですが、まさに初代『天鷹』がそれだと」
「おっと」
場の空気が一転し、幾分真面目なものとなる。
実のところ第二次世界大戦において活躍した航空母艦『天鷹』は、何もかもが遥かに進んだ現代にあっても、未だに歴史上の謎であり続けていた。味方から見れば鳴かず飛ばずのやくざ艦であるのに、まったく自覚や戦術的意図を伴わぬまま、敵の急所を突き続けてしまう。かように不可解極まりない彼女の作戦行動を、理論に落とし込まんとする者は大勢いるが……高度なシミュレーションをどれだけ繰り返そうと、邪神の類が味方していたとしか思えないといった結論を出さざるを得なくなるのだ。
ただそこに太陽系外からの介入があったとするなら、話は変わってくるかもしれなかった。
超光速航行が達成されたのを切っ掛けとして、逆に分からなくなってしまった感のある宇宙物理法則。そのほぼすべてを知悉している者達からしてみれば、原子力にようやく到達したかという水準の知的種族の認知機構を弄るなど、お茶の子さいさいであるに違いない。それに佃がやたらと力説する秘密実験とやらにしても、同時期にヴァン・マーネン白色矮星が爆発四散したのを、コンスー族が200年以上も隠蔽していたことを踏まえると、なかなかそれらしく聞こえてくるから不思議である。
「とはいえ、だ」
シモンは少しばかり肩を竦め、
「恐らくそいつは、驚き桃の木な嘘八百だな」
「何故でしょうか?」
「何故ってそりゃあ、おかしなことも案外起こるものだからさ。俺達人類が誕生したのも、その人類が異星系の知的生命体と戦争をやっちまってるのも、確率論から考えたら出来過ぎた偶然に違いない。でもまあ、それがこの宇宙の現実なんだ。とすれば不可解な戦果を挙げてばかりの艦がいたって不思議はないんじゃないか?」
「まあ確かに、それはその通りかもしれません」
「だろう? それに今まさに七代目の宇宙空母『天鷹』が、厄介なヨンダミラスの艦隊を相手に、初代も唸るような変幻自在の陽動作戦をやっているはずで……うおッ!?」
真っ先に知覚されたのは、心地よくも不自然な精神の高揚だった。
文字通り脳天直撃のそれが意味するところは、現状ではたったひとつしかあり得ない。総員戦闘配置がかかったのだ。副脳ナノマシンが刺激物質を分泌したのに僅かに遅れ、警報音も喧しく鳴り始める。
決戦はまだ幾分先のはずであったが、何らかの理由により、予定が思い切り狂ったのだろう。
シモンはかように理解しながら、真っ先に駆け出したスミスの後を追った。そうして他の乗組員やダメコン用のドロイドなどを巧みに避けながら、艦中心軸付近の無慣性戦闘情報室へと滑り込む。座席に着いて生体認証が通るや、戦闘管制系と連接した副脳が、怒涛のような情報を咀嚼し始めた。
「方位3-4-5、仰角3-5-5、距離741光秒に重力源80±5。ジャンプアウトまで510±20秒」
「近いな、敵味方識別は?」
「10±1隻は友軍、残りはヨンダミラス艦の公算大」
「とすれば……噂をすれば何とやらか」
シモンは拳を握って意気込みつつ、大胆不敵な笑みを浮かべる。
それから副脳との神経結合度を高め、状況を瞬時に飲み込んだ後、重力震の解析作業へと移る。ただ魔法と区別がつき難くなってきている量子計算知性が結論を出す前に、いったいどの味方がやってきたのか、彼はおおよそ把握できていた。
「諸君、悪いが休暇はもう終わりだ」
外宇宙第二艦隊司令長官たるリンチ中将の、何とも溌溂とした声が、脳味噌の内側から響いてくる。
「だが案ずることはない。何故なら楽しくて楽しくて仕方のない前夜祭が、これより始まるからだ。あろうことか、いやここは例によってと言うべきかもしれんが……超空間航法を誤って敵根拠地近傍に出ちまったらしい『天鷹』麾下の第七戦隊が、結構な数の敵艦を引き連れて、こちらに向かって跳躍してきている。何にせよ各個撃破するにはちょうどいい数だろう。本艦隊はただちに第七戦隊と合流、ヨンダミラスの奴等が離脱を決断する前にこれを撃滅せんとする。回頭および加速開始まで40秒、総員衝撃に備え」
「了解ッ!」
乗組員は揃って戦意溢れたる声を上げ、たちまち艦隊が超新星爆発めいて活気づく。
まるで興奮醒めやらぬうちに、総勢153隻の宇宙艦は一斉回頭。それまでの針路の鉛直方向に艦首を向け、轟然たる反物質加速を開始した。対消滅のエネルギーによってプラズマ化した推進剤が、超電導ノズルより噴射され、何億トンという質量を有する巨艦が、強引に軌道を捻じ曲げていく。無慣性フィールドによっても中和し切れぬ、己が鼓動と同期したような200G超の加速度を受け、シモンもまた心地よさそうな呻きを漏らす。
そして時間経過とともに、重力源の座標は定まっていき、遂にワープアウトが確認された。
何ともそそっかしい宇宙空母『天鷹』を先頭とする、太陽系連盟の旗を掲げし10隻。脱兎の如く避退してきたそれらの背後には、敵性の高速突撃艦が多数。ヨンダミラスの鳥人提督は事態に勘付き、トサカを真っ青にしたかもしれないが……それらは整然たる陣形を保ったまま、見事殺し間へと踏み込んできた。
「右砲雷戦用意ッ!」
「撃てェ!」
発令。同時に『サウスダコタ』は咆哮し、僚艦の『ワシントン』もそれに追随する。
遥か昔、南太平洋で英雄的な最期を遂げた星条旗の戦艦。誇り高きその魂を継承した彼女達は、互いを巧みに補いながら、迫る敵艦を次々と討ち取っていった。熾烈極める艦隊戦とあっては、総重量6億トンの巨艦といえど、無傷で済むなどあり得ない。しかし仲睦まじき姉妹が如き絆が故、窮地に陥るような展開だけは、絶対に訪れぬと断言できた。
それが何故かと問われれば、かつての仇敵の名を冠した艨艟が、誰より頼もしい味方となっているからだ。
戦果を最大化するため敢えて旗艦を外れ、乾坤一擲の決戦に際して高価な囮となる心算でいた『大和』は、主武装たる大口径実体砲弾のつるべ撃ちでもって、混乱するヨンダミラス艦を星屑へと変えていく。もちろん被った損害は、並の宇宙戦艦ならば総員退艦となるほど。それでも未だ意気軒高といったところで、戦闘航行ともに支障なし。流石は人類文明最強と謳われているだけはあると、誰もが思わざるを得なかった。
「それでもって」
『天鷹』とその随伴艦は、速力を殺し切れぬまま、明後日の方向へとすっ飛んでいく。
もちろん直接の戦果を挙げるなど夢のまた夢、今から艦載機を放ったところで間に合わぬだろう。如何なる因縁が絡んでいるのかは分からぬが、敵主力艦の撃沈だけは何故か叶わぬという伝統は、曾孫の曾孫となっても変わらぬようだった。
しかしそれもまた運命だと、彼女の船霊は思っているのかもしれない。
目に見える手柄がなかなか挙がらなくとも、稀代の殊勲艦となり得ることは、まさに初代『天鷹』が証明したことで……今まさに敵艦隊漸減がなされていることを鑑みるに、かの艦名にまつわる奇運は、依然として健在であるようだった。とすれば宇宙の海の粗忽者なる伝説も、ここから始まるかもしれぬのだ。
海の粗忽者 ~強襲空母『天鷹』奮戦記~ 青井孔雀 @aoi_kujaku
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