発表! 新世紀バンカラ平和大戦略
佐世保:記念艦『天鷹』
かつて摩訶不思議なる作戦行動で米英海軍を翻弄し、何時の間にやら帝国の勝利に貢献していた航空母艦『天鷹』。
その数奇なる名を受け継ぎし軌道空母が、日本本土を水爆攻撃の惨禍から救うため、八面六臂の活躍をしたが故だろうか。定繋港であった佐世保において動態保存されている彼女は、大東亜戦争の記憶が第三次世界大戦のそれによって急速に上書きされつつある21世紀においても尚、依然として九州随一の名所であり続けていた。
ただ今日ばかりは、観光客達が盛大に文句を連ねまくっていた。
まったく藪から棒に、一般人の立ち入りが禁止となってしまったのだ。いあいあと奇天烈な呪文を唱えて回る迷惑系米国人が、またぞろ悪さをしでかしたのではないか。ちょうど定年退職後の旅行中だった、明号作戦の頃にが実際に乗り組んでいたという下士官は、そんな具合の当て推量をして憤慨する。
しかし実際の理由は随分と違っていて……帰省ついでに、事情を知らぬまま昼過ぎにやってきた高谷大尉は、妙に閑散としている理由を把握した直後、かつての機関科士官を連れた技術者の一団に遭遇した。
「ええ……このフネをまた動かすと?」
「そうなんですよ。自分等も突然、会社から命じられまして」
名刺を交換し終えるや、技術課長が困惑げに言う。
「とにかく1か月以内に機関の調子を十全に整え、外洋を15ノットで航行できるよう手配しろ。さもないとケジメ案件だ……とか何とか上司に喚かれたものでして」
「類稀なる殊勲艦とはいえ、謎ですね」
高谷もまた首を傾げ、少しばかり思案を巡らせてみた。
元々は陸海軍協同作戦を何度もやってのけた艦だから、インドやペルシヤ湾、マダガスカルなんかへの部隊展開に適している。まずそんな風にも思われたが……海軍が輸送力不足に悩んでいるという話は聞いたことがない。むしろ最近になって、促成建造の大隅型揚陸艦が次々と就役していたくらいだから、大東亜戦争の頃のロートルを態々仕立て直す必要も薄そうだった。
とすればいったいどうした訳だろうか。
少なくとも実用的な理由からの工事ではなさそうだが、それならば現状のままでもよいだろう。一応は5ノット程度で動かすことはできるはずだから、観艦式に登場させる程度であればそれで十分。しかし要求からして、太平洋横断でも考えていそうな雰囲気で、やはり思考は迷宮入りしてしまう。
「まあでもきっと、大変に愉快なことになるんじゃよ」
既に70を超えてそうな元機関科士官が、朗らかな口調でもって、微妙なる沈黙を破った。
「高谷提督の曾孫サンには釈迦に説法もいいとこじゃろうが、このフネはやはり奇運を持っておる。であればドンと構えて、次に何を引き起こしてくれるか、楽しみに待てばええってもんよ」
「はは、事実は漫画よりも奇ですかね」
停戦直後から連載が続いている漫画の煽りを口にし、高谷も笑った。
当惑気味だった技術者達も、それで少しばかり元気を増した気配。退役してから随分と経ち、名誉司令長官も大往生を遂げた今、初代『天鷹』にどれだけの神通力が残っているのかは分からない。それでもまた何かとんでもない騒ぎに発展するのではないかと、やはり思えてくるもので……数週間ほどが過ぎた11月上旬、もしやと思える報道が流れ始めた。
真珠湾:フォード島
「ちょうど60年前の今日、我等が帝国海軍の精鋭はここ真珠湾を奇襲。赫々たる大戦果を挙げました」
21世紀最初の日米首脳会談を終えた武藤首相は、開口一番に堂々言ってのけた。
会見の場に居合わせていた記者達が当然のようにざわめく。日本を代表する人物の背後にあったのは、美しき湾に浮かぶ白亜の建築物。もちろんのことそれは、開戦劈頭に弾薬庫誘爆で沈んだ戦艦『アリゾナ』の残骸の上に建つ記念館で、些か挑発的に過ぎる切り出しだと思う者も多かったかもしれぬ。
「かくして始まった大東亜戦争が、未曽有の激戦となったことは言うまでもありません。大海原のあちこちで旭日旗の艨艟と星条旗の軍艦は何度となく激突し、南方の島嶼や大密林において日米の若者達が血で血を洗うが如き戦闘を繰り広げ……昭和20年の大晦日までの4年以上に亘り、太平洋は黒々とした戦雲に覆われておりました。戦端が開くに至った已むに已まれぬ事情は多々あれど、その身をもって殉国された何十万の御霊に思いを致す時、今なお悲痛の思いが胸に迫ってまいります」
武藤はそこで暫し瞑目し、場を少しばかり静めた後、再び目を見開いて続ける。
「ただこの会談に先立ち、この両国にとって痛ましき歴史に関して、ある一点においてパターソン大統領と見解の一致を見ることができました。すなわちかつて太平洋において繰り広げられた戦争は、幾つかの逸脱的事例があったのは事実とはいえ、軍人同士が正々堂々果たし合う正常な戦争に、基本的には留めることができたというものです。一方で8年前の世界を襲ったのは、地球上の人口を瞬く間に半減させるほどに残虐無比で、ともすれば地球上の国家すべてを破滅させかねなかった史上最悪の大殺戮でした。筆舌に尽くし難く、今なお何十億という人々を苦しめているそれを経験した今、戦争形態の制御が喫緊の、ひいては人類全体の課題となっていることは論を俟ちません。
であれば新たなる世紀を迎え、更には真珠湾攻撃より始まった戦乱の時代がちょうど還暦を迎えた今こそ、日米両国がかつて戦った歴史を深く鑑み、恒久平和に向けた新たな枠組みを構築していくための標とするべきではないか。また万国共栄の理念に基づく国際秩序を模索するための議論を深める場所として、ここオアフ島ほど相応しい場所はないのではないか。かくなる認識の下、本首脳会談は催され……世界史に刻まれるであろう成果を得ました。そう、次なる歴史は今日ここから始まるのです」
「随分と大きく出たものだな」
誰かがそんな風にぼやき、幾らかの苦笑が続く。
第三次大戦における対独共闘の甲斐あってか、あるいは文明そのものを再構築せねばならぬ地域が地球上にあまりにも多くあるからか、現在の日米間に戦争の懸念らしきものはまるでない。参加国がかなり限定されたとはいえ、昨年は久方ぶりにオリンピックが開催されもした。それでも世界最終戦論に記されし東西決戦が、将来いずれかの時点で起こるのではないか。かくの如き懸念は、未だに根強く残っているのだった。
それでも共同声明の詳細が公のものとなるや、場の雰囲気は一変した。
かねてから噂されていた通り、地球連盟樹立に関する合意が最大の目玉ではあるようだった。だがそれに付随する諸々の機関について、予想以上に踏み込んだ協議がなされていた事実に、誰もが驚かざるを得なかった。経済にそれなりの心得のある者達は、日銀と連邦準備制度の提携や多国間決済同盟の10年以内の樹立という大目標に目を剥いたし、非軍事分野の原子力・宇宙開発統合や国際治安維持軍の創設、軌道上のそれを含めた大規模軍縮や世界保健衛生機構などに期待する人々も大勢いた。
そして何より大きな衝撃を与えたのは、最大の懸案たる原水爆に関して大鉈が振るわれたことで……切実なる安堵に満ちた歓声が、何とも心地よい波濤となって、瞬く間に会場を満たしていく。
「こいつは、本当に歴史の転換点かもしれん」
「そうであってもらいたいもんだ」
報道陣が口々に囁き合い、この場に居合わせた幸運を噛み締める。
当面の目標として、相互的な監視の下、迎撃用および推進用のそれを除いた原水爆弾頭の総数を日米とも300発程度にまで一気に削減。超過分については既に組織として動き出している国際原子力機関に引き渡し、検証可能な形で封印あるいは月面および火星の恒久基地建設のために転用するという内容だった。共通使用基準の策定や運搬手段の制限、世界的な原子力施設の査察管理体制についても、今後協議を加速させるとのことだ。
「もしあの忌まわしき、おおよそ戦争とも呼べぬような大殺戮に次があったならば……地球上のすべての国々が今度こそ滅亡することとなりましょう。であれば是が非でも、その可能性を低減させていかなければならない。この点において両国の認識は完全なる一致を見、かくなる合意に至ったのです」
武藤は拳を握って力説し、その言葉はテレビジョン放送を通じて広がっていく。
「ではどうして即時の封印ではないのか、残虐無比の兵器はただちに過去のものとしてしまうべきではないのか。そう思われた方も多くいらっしゃるかもしれません。凄惨を極め、あまりにも多くの犠牲を生じさせた原水爆戦争を鑑みれば、それが道義的に正しい考えであることに異論はありません。しかし何より重要となのは、実現可能な施策を、今すぐに講じることではないでしょうか。事実、この合意は何年後までに何を達成するという具体的な内容を定めたものとなっております。であればまず目の前にあるそれを達成できるよう着実に努力を重ね、それと同時に次なる目標を何処に設定すべきかを考える方が、かえって近道となるのではないか。急がば回れという意味の諺は、英語をはじめとする多くの言語にあります。
またそのように戦争形態の制御に向けて行動していくことで、絶滅の恐怖を過去のものとすることができるはずです。無論、未来は一筋縄ではいかないかもしれません。最初の世界大戦から僅か20年で次の世界大戦が始まってしまったように、将来の何処かで激烈なる戦争が勃発してしまうかもしれません。しかし仮にそうなるのだとしても、戦争を戦争に留めることはできるはずです。市井を率先して殺戮するが如き逸脱をせぬよう互いに努力し、異常なる手段を取れぬよう事前の枠組みをしっかりと設定していけば、戦争を正常な形で終了させ、早期に友好関係を再構築することもできるはずです。それが単なる理想論の類でないことは、まさにこの島から始まった歴史を省みれば明白でありましょう」
会見はそこで一区切り。様々なるどよめきが響き渡る。
場がある程度静まるのを待ってから始まったのは、質疑応答の時間。淀みなく回答がなされている中、秘書官がそそくさと現れ、素早く何かを耳打ちし……武藤の面持ちは何とも色気のあるものへと変わった。
そうして暫くした後、日米首脳の記念撮影へと移る。
随行の者どもを連れて、武藤は堂々と歩みを始め、幾らか進んだところでパターソン大統領と邂逅。どちらも喜色満面というか、秘密を打ち明かさんとする悪童めいた気配を垣間見せていた。報道陣は民族大移動めいてゾロゾロと追随してきて、彼等がどうにかカメラを構え直すなどした辺りで、順当なる予想のすべてが吹っ飛んだ。
「えッ」
「な、何だあッ!?」
あまりの事態に一同はびっくり仰天し、彼等が視線は釘付けとなった。
何と武藤とパターソンが、互いの頬を正拳で一撃し合ったのだ。荒れ狂う竜巻により、あらゆる外交儀礼が根こそぎにされたような光景に、誰も彼も開いた口が塞がらぬとばかりの様子。しかし条件反射的に動作する職業人の指により、信じ難い一部始終はおおよそカメラに収められた。
「皆様ご存知の通り、ここ真珠湾から始まった不幸なる戦争は、提督同士の数奇という他ない殴り合いで終わりました。原水爆を撃ち合うのではなく、政治家同士が拳で決着をつけるべしとの言葉もありました。であればそれに倣うのも良いかもしれません。親しき友人同士であれ、喧嘩をすることもありますから」
「ははッ」
殴打を経た後の握手。それに伴っての宣言に、隈のない笑い声が幾つも続いた。
何故記念すべき式典が、かくも蛮的様相を呈してしまったのか。かような疑問を抱いた者も多かったかもしれないが、発散される酷く不可解な清々しさに、次第に誰もが感化されていく。
「俺達、いったい何を見せられちまってるんだろうな」
「まあ政治家同士の殴り合いなら、確かにジュネーブでもありはしたが……おや?」
勘と腕のいいカメラマンは、己が商売道具を真珠湾へと向けた。
とんでもない芸当をやってのけ、世界をあっと言わせた日米首脳。何時の間にやらその背後に、随分と古ぼけた2隻の航空母艦が姿を現していた。それらが前代未聞の接舷戦闘をやってのけた『天鷹』と『レイク・シャンプレイン』であることは、あまりにも明々白々で……それに気付いた者達の歓呼も最高潮へと向かっていく。
「案外これで本当に、大きな戦争はなくなるのかもしれない」
様々な手法で成り行きを見守っていた者達は、洋の東西や老若男女を問わず確信を得たようだった。
拳と拳での喧嘩であれば、殴り合ってお互いボロボロになったところで、何だお前やるじゃないかお前こそと肩を組み、ガハハと笑い合ったりすることができる。まさに艦上での決闘をやってのけた高谷中将は、適当にそんなことを吹聴していたようだが……実際歴史はその通りに推移したのだし、更には地獄めいた絶滅戦争おいて手を携えもした。とすれば太平洋の両岸に致命的懸念はない、そんな感慨を大勢が抱いたに違いなかった。
そして敵ながら天晴と言い合える精神性こそ、一度は滅びかけたこの世界には不可欠なのかもしれない。
かつてマリアナ沖で沈んだ戦艦『モンタナ』の乗組員の慟哭に、それまで敵として対峙していた者達が貰い泣きしたように。あるいは最後の艦上白兵戦闘をやってのけた日米の将兵が、停戦後に互いの骸を懇ろに弔い合ったように。激烈なる戦場にも敵味方を越えた共感性があるもので、それもまた人類が持ち合わせている希望のひとつだと身をもって示すかの如く、『天鷹』と『レイク・シャンプレイン』は穏やかなる海の真ん中に佇んでいた。
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