第2話 1日使い捨てコンタクトレンズ
患者、
「ふぅ………悪かったな。朝からあの女に小言をネチネチ言われてたから態度に出しちまった。こっからは真面目にやるから、安心しろ」
だったら初めからやってよという眼差しで、遥の視線が突き刺さる。
「あと角については気にすんな。どうせ説明しても意味わかんねぇだろうから」
「は、はぁ」
改めて聞き取りを始める。
「まぁコンタクトを始める理由なんてどうでもいいんだ。問題は用法を守れるか、ただそれだけだ————————で、お前親は? 今日一緒には来てないのか?」
相変わらず患者への態度とは思えないソレで、青龍は会話を続けた。遥はややムスッとしながらも返す。
「『コンタクトにしたいなら一人で行ってきなさい』って言われたので!」
「ふぅん。ま、よくあるパターンだな」
少女の返答を一蹴して、青龍は事務的にカルテをめくった。
「それと、今日はどんなコンタクトにしたいんだ?」
「え? どんなって………コンタクトはコンタクトじゃ………」
青龍は大きく息を吸い込み、大きく一気に吐き出した。そして首を大袈裟に左右へ振る。
「服や靴買うにしても色々な種類、材質があるだろ? それに値段。『どんな時に、どのくらい使うか』………コンタクトを選ぶときはまずそれを考えなきゃいけねぇな」
「どんな時に、どのくらい使うか……?」
「それを含めて、本来は保護者にも説明したいんだが………さっきの会話の限りじゃ親はどうせ、『コンタクトじゃなくて眼鏡でいいでしょ! コンタクトなんて高いだけなんだから!』………みたいな言葉から軽く言い合いになってそのままココに来たんだろ?」
「あ、あたりです」
遥は恥ずかしそうに俯く。
「よくあることだよ…………まぁいい。ただコンタクトレンズの説明をする前に、大前提として———————これから目に付けるモノは、本来人間の身体にはつけないモンだ。ぶっちゃけて言えばお前くらいの年齢なら理由がフワッフワならまだ眼鏡のままでいいからな。眼鏡の時よりもリスクがあること、これは絶対忘れるな」
注意を超え、警告とも表現できる念押しを青龍は遥へ行う。吸い込まれそうな蒼い瞳に、少女は小さいな声で答える。
「はい!」
※ ※ ※
「まずコンタクトレンズには大まかに分けて二種類が存在する。それが、ソフトコンタクトとハードコンタクトだ」
洗面台の隣の机で、眼科で作ったパンフレットを広げる。
「分かりやすく言えば柔めか硬めだ。ソフトレンズは柔らかく付け心地も違和感が少ない。ハードコンタクトは硬く、違和感も大きい」
「あれ? それだとソフトコンタクトの方がいいんじゃ………?」
「そう思うだろ?」
「思います」
「単純に今の話だけ聞けばな………ハードコンタクトの方がより綺麗に見える。視力自体は同じでもソフトレンズの方が見え方は劣るんだよ」
※見え方には個人差があります。慣れるとハードコンタクトの方が見やすいです。
「えー………じゃあどっちがいいんですか?」
混乱した遥は困惑した表情で青龍に聞く。
「そこで種類を絞る方法として、『どんな時に、どのくらい使うか』だ」
コンタクト選びの基準として、一週間の内何日使用するか、何時間付けているかによって種類は変わる。
「ほぼ毎日かつ、長時間コンタクトを使うならハードコンタクトの方が良いな」
「じゃあ、私はそっちが…………?」
「簡単に決めるなよ…………まだまだ、話は続くぞ。説明は滅茶苦茶多いからな」
「えー………」
年相応につまらなそうにする遥に、またしても青龍はため息をつく。
「あのなぁ…………なら簡単にまとめてやろうか?」
考えてみれば中学生一人に色々説明しても理解するのは難しいか、と諦観。
「それでお願いします!」
「しゃあねぇなぁ、本当だったらもっと話さないといけないんだが…………『コンタクトを使う』ってんならソフトコンタクト―――中でも一日使い捨て(ワンデー)が手っ取り早い。ソフトコンタクトにもいくつか種類はあるが、ハードコンタクトと同じで洗浄・保存が必須だから、要は面倒なんだ。ワンデーなら一日の終わりに外して捨てればそれでおしまいだからな」
「え! それじゃあそのワンデーってすごいいいじゃないですか!」
「そうだな、便利だ。代わりに毎日新品に変えるわけだから、費用は一番高くなる」
金銭の話を切り出すと、遥は露骨に嫌そうな顔をした。
「えぇ………高いのはちょっと」
「だから親と一緒に来て欲しかったんだよ。特にお前みたいな学生は親からの小遣い中から自分で買うか、親同伴で買ってもらう事が多いんだからな」
※ 現在多くのコンタクト販売店では未成年だけでもコンタクトレンズの購入は可能ですが、初めての場合は保護者の方も同伴し話を聞いた方が良いです。
「大体の相場で言えばワンデーなら三千~一万だな。モノによってピンキリだ」
「結構かかるんですね…………」
「そりゃ片目ずつ用意するからな。ショッピングモールに入っている大手やネット通販で値段が違う事が多いが大体そのくらいの幅があると考えとけ。だから言っただろ、ぶっちゃけ眼鏡の方が良いって。
眼鏡だったら安けりゃ五千円くらいで一本作れて、それ持っとけばそれが数年使えるんだからな。余計な手入れいらないし」
※ 状態にもよりますが、コンタクトの方が視力の出やすい目だったり眼鏡をかけられない環境でなければ眼鏡を使用していた方が目にも負担が少なく、コストも低いです。近年はマスクをつける機会が多いので眼鏡が曇ってしまうのでコンタクトに変えられる方もみられます。
「まぁ……まずは年間にかかる費用とか云々考える前に、コンタクトをちゃんと使えるかどうかだな。実際これから毎日使うか……なんてのは後でいい」
本来ならコンタクトの種類、素材、性能を説明して値段と相談しながら選定した方が良いが、今回は省略。実際に扱えなければ意味はないのだ。
「だ、大丈夫なんですか? そんな適当で」
心配になってきたのか、遥は不安そうに聞いてくる。
「フワッフワの理由で来た奴が今更それ言うか?」
大人げなく、青龍は遥に質問で返す。
「大丈夫だ。正直理由なんてなんでもいいしな………ただもし検査中に少しでも体に違和感があったらすぐ教えろ。絶対に我慢するなよ」
「わ―――わかりました! じゃあワンデーでお願いします!」
遥が気合を入れなおして返事をすると、青龍はニコッと笑った。カルテとは別にメモに記す。
患者、長野遥。十四歳。近視。メガネ装用時の視力、共に0.8。
種類 一日使い捨てコンタクトレンズ。
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