第3話 1日使い捨てコンタクト(2)『コンタクトをつける前に』



「じゃあ、今からワンデーコンタクトの処方をやっていくわけだが・・・ちょっと手ェ見せろ」

「え? はい」


 遥がおずおずと机の上に手を出す。

 どちらの手も肌荒れのない血色の良い手。指先に視線を移すと、爪先は下の皮膚が隠れるほどに伸びている。


「爪が長ぇ。そんな手で目を触ったらケガするぞ。とりあえず爪切りからだな」


 青龍は洗面台下の棚から爪切りを取り出す。


「具体的に、どれくらい切ったら良いんですか?」

「イメージとしては1〜2ミリくらいは残していても構わん。手のひら側から見て爪先の白い部分が見えるか見えないかくらいにすれば良い」


※爪やすりも使用して丸みをつけたほうがより良いですが、作中は省略致します。


「できました!」

「どれどれ……?」


 やや角はあるが、深爪もなくきれいに切り揃えられた爪先に、青龍はにっこりご満悦。


「上出来だ、これからは今くらいをキープしてくれよ。んじゃ、次は手洗いだ」


 遥を机の隣にある洗面台に立たせる。


「制服か・・・腕は少し捲ってくれ」

「は、はい」


 遥には両腕の袖を肘くらいまで一旦捲らせる。稀に袖を気にして手洗いが正しく行えない場合があるため。続けて青龍は感知式の水道を手動で流し始める。


「まずは軽く両手を水洗い、そのあと石鹸かハンドソープを手に取り泡立て。手のひら、手の甲、爪先、指の間と洗い、指一本ずつもう片方の手で捻るように洗え。最後に手首もな」

「割と丁寧に洗うんですね」

「国の推奨している洗い方とほとんど同じだよ。たまに水洗いだけしてコンタクトをつけようとする輩がいるが、そんなもんは雑菌を直接目につけるようなもんだ。絶対やるなよ? きれいにすすげたら家ならタオル、ここならこれ何枚か取って水分を拭き取れ」


 青龍は洗面台の右、壁に備え付けられたペーパータオルを指差す。遥は遠慮したのか一枚取るが、すぐに水分でふやけてしまう。


「一枚じゃ足りないことが多い。常識的な範囲なら2,3枚とっても構わん」

「は、は〜い」


 少し気恥ずかしそうに、遥は手拭きを終え元の席に着いた。


※よっぽど何枚も取らなければ眼科にあるペーパータオルは2、3枚取っても大丈夫です(むしろ水分が残っているほうが良くないです)。


「よし、これで下準備は完了だ。今回の予算は良くわからんが、初回サービスだ。両目で3千円にしてやる、大丈夫か?」

「それなら大丈夫です!」


 段々と返事の良くなってきた遥。それに呼応するように、青龍の接客も丸くなる。

「了解した。眼科の方で事前に行った検査を元に選定してやる。そうだなぁ・・3千円まで割り引いても良いやつなら、これかな」


 検査用レンズ(トライアルレンズと呼称)の棚から数枚取り出す。


※メーカー名・商品名は伏せておきます。


「今日のところはコレ、X社のワンデーでいこう」


 青龍が遥の前においたのは直径二センチほどの、長方形型ブリスターケースーー透明なプラケース――に水色のフタがされた物体。少女が一つを手に取ると、ケースの底に薄い青色の円板状に見える物体が沈んでいる。


「あ! これがコンタクトですか?」

「そうだ。検査でのやり方は様々だが、今回初っ端からお前自身にコンタクトをつけてもらう!」


 ビシッと遥の前に手を広げ宣言。元々のルックスと相まって、様にはなっている。


 ※検査員が患者の目につけることもありますが、基本はご本人に付け外しを行ってもらいます。



「そういや、利き手はどっちだ?」


 冷静に戻った青龍が遥に問う。


「右です、右利きです」

「なら、コンタクトの付け・外しはどっちも右手が主体になる。あくまで基本だから、慣れたら逆手を使っても構わん。じゃあ早速やっていくぞ―――と、その前に」


 再び遥の顔を見た青龍。

 芋と揶揄したのは黒縁メガネと洒落っ気のない黒髪を見た第一印象から。そして表情の読み取りにくい目までかかる長い前髪。


「前髪が邪魔だな。大体長い前髪なんてメリットはねぇぞ」


 胸ポケットに挿していた2本のヘアピンを取り出し、少女の前髪をカーテンのように開け、額が見える位置で留める。年相応にニキビでもあるかと思ったが、きれいな肌だった。


「芋っつーのは俺の見当違いだったな、悪かった。だがコンタクトをつける時はまずこれ! この状態にするか髪を切れ! 髪ってのは意外と汚いもんだ。眉上くらいにとどめるか、思い切ってセンター分けくらいにしろ!」


 テンションの上がってきた青龍は少女に早口で説き伏せる。


「なんだからこのメガネだとダサいなって隠したくなったから……」

「なら、この機会にメガネも新調することも考えとくんだな。元は悪くないんだ、フレーム変えるだけで印象は変わるぞ」


 軽くアドバイスをしてやると、少女が止まった。


「どうした?」

「青龍さんって、実は優しいですよね?」

「あ」


 うっかり高揚と共に口数の増えていたことに気づく。説明していくうちに、また感情の昂りを隠せないでいることを自覚する。


「ち、ちがわい! ズブの素人に説明するならこれくらい説明がいるんだよッ!」


 若干紅潮する顔を見て、遥は緊張が解れたのかクスリと笑った。その表情を確認して、青龍は安堵した。


「……いい感じに肩の力も抜けたようだし、コンタクトの付け方に移る!」


 いよいよ実践、コンタクトの装着である。

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