第4話  1日使い捨てコンタクト(3)『コンタクト装着!』



「利き手側からレンズ装着を行う!」


 青龍は遥の前でもう一つ、用意していたブリスターケースのアルミホイルのフタを開けてみせる。密封されていたフタを外すと、コンタクトを沈ませていた保存液が少し飛び出てくる。


「こんな風に、開封時コンタクトの保存液が出てくることがある。濡れたくなければ注意するように。あと、割と固く封がしてあるからそれも気をつけろ。まずはここまで」


 少しずつ、青龍は行動を合わせて説明していく。やはり固めのフタに若干苦戦する遥の様子にニヤリと笑う。


「取れました!」


 遥はフタを完全に外したブリスターを掲げ、青龍に見せつける。


「よし次だ! 実際にコンタクトを取るぞ。コンタクトの入ったケースは一回机に置けよ」


 準備ができたところでまずは青龍が手本を見せる。


「利き手の人差し指を立てて、このケースに入れる。沈んでいるコンタクトに触れる———底まで指を入れたら、真上に上げる。そうすると、こうなる」


 青龍の人差し指に、コンタクトが膜のように着いていた。


「注意点としては爪を立てないこと。今切ったからって油断してるとコンタクトを傷つけるからな。あくまで指の腹にコンタクトをくっつけるイメージだ、やってみろ」


 遥は恐る恐る右手の指をケースへ入れる。ゆっくりと保存液の中へ沈ませ、底に触れる。真上に上げるが、肝心のレンズは付いていなかった。


「あれ?」

「良くあることだ。少し中の液捨てるぞ」


 水道へケース内の保存液を少しだけ流して、もう一回やらせてみる。すると今度は指にくっついてきた。


「あ、取れた!」

「他には中の液ごと手のひらに全部出す方法もある。これもレンズが傷つかなければ問題ない。では次。この指にくっついているレンズをひっくり返せ。こうしてお椀みたいな形にできる」


 青龍は人差し指についたコンタクトを左手で摘み、逆さに返す。するとレンズが自立してきれいなお椀の形を見せる。


「ん? あれ、え? なんかきれいにできない」


 遥はレンズの縁を触って自立させようとしていたが傾くばかりで成功しない。


「形を一発で安定させるなら逆手でつまんだ時点できれいに立てたほうがいいな」

 なんて助言している間に、遥の指先できれいに立った。


「できた! これで次は目に入れるんですよね?」

「実はまだなんだなぁ。コンタクトには表裏があってな、裏側のままつけると違和感があったり見えにくいんだ。その確認をやってからだ。ほれ、これが裏側だ。自分のと比べてみろ」


 青龍が自分の指先に乗せているコンタクトを再度ひっくり返し、遥の目線の高さに寄せた。


「えぇ………どっちも同じですけど?」


 むむむと、遥は目を細める。無理もない、初めて見るコンタクトの形状を判別するのは難しいのである。


「お前の持ってる方はレンズの縁が上へ、俺の持っているのは縁が横へ向いていないか?」

「う〜ん? ん! たしかに!」


 ※実物を見ると表側は縁が上を向き綺麗なな丸みのあるお椀型、裏側では縁が横を向き、丸みのない外側へ開いたカーブの形になります。


「メーカーによっては表か裏かわかるマーキング付きのもあるがな。それがない場合はこうして判別しろってことだ。あとは傷がないか確認してなければOKだ」

「へぇ………」

「さぁ、ここまで出来たらいざ装着だ!」


 感心している遥に次の行動を促す。



「まずはコンタクトを目に付けるためにはレンズが目に入るだけのスペースを確保する必要がある………要は目を開けろってこった。ちょっと触るぞ、眼鏡外せ」

「え、はい!」


 そう言うと、青龍は眼鏡を外した遥の顔に触れる。両手の中指を使い、右は下、左は上の瞼———睫毛の付け根から皮膚を引っ張る。


「今回は右利きだから、右手の中指で下の瞼、左の中指で上の瞼を引っ張って大きく目を開けろ。目安は黒目全体が鏡で見えるように、だ」


 鏡には少女の右眼が大きく開き、角膜全体が露になる。透き通った茶色がかった目が鏡に映し出される。


「あとはこの目にコンタクトを『のせる』………着けるとか目に入れるって考えていると目に押し付けるだけで入らねぇから気を付けろよ」

「のせる? ………コンタクトって目に入れるモノじゃないですか?」

「意識の問題だ。実際は目の上にのれば勝手に吸いついていくからな………なんにせよ習うより慣れろだ、やってみな」


 青龍の手が遥の顔から離れる。いよいよ装着。少女は青年に教えられた通りに右眼の瞼を大きく開け固定する。


「い、いきますよ………!」


 必要もないのに遥は宣言し、コンタクトを右眼に接近させる。右眼は開けられているが、左目は閉じ、開けた右眼は近づくレンズを拒むように閉瞼が始まる。


「ん…………んんん………!」


 数ミリ、数ミリずつレンズを近づけ、ようやく眼球へ触れる頃には瞼が半分ほど閉じかかっていた。そして角膜の頂点に接触した刹那、


「いだッ!」

「………まぁ、そうなるわな」


 右眼を擦りながら少女は悶えていた。


「こ、こ、こんなのホントにのせられるんですか!」

「焦んな………まずレンズを目に近づけるまでが長ェ。普段の瞬きそんなに我慢してんのか?」


 若干涙目の遥。


「だ、だっていざ近づくと怖いじゃないですか! ………何かコツとかな」

「ない! 気合で乗り切れ」

「えぇ…………」

「結局どれだけわかりやすく説明しても、アドバイスしたとしても。最後は異物に対する恐怖心に打ち克てるかどうかだ。最初からうまくやれる奴なんていねぇよ、慣れだ、慣れ」


 すっぱりと言い切ると、遥はあきらめたような、呆れたような顔で脱力した。


「なんか根性論みたいですね」

「みたい、じゃなくてそうなんだよ。ほら、こんなもんはトライアンドエラーだ。さぁさっさとやったやった」


 パン、パンと手を叩いてレンズ着用の練習を促す。


「大丈夫だ、ゆっくり慣れればいい。だって—————」


 そう。検査員と患者双方に余裕があるならゆっくりやればいいのだ。なぜなら。


「多分、お前の他に誰も来ねぇし……………」


 万年閑古鳥の鳴く『キリンコンタクト』なら練習し放題なのである。先刻から熱く語る青龍には、そういった裏があるわけで。


「なんというか………お疲れ様です」


 少女は哀れみの視線を青龍に向け、すぐに練習を始めた。肩をすくめる青龍もすぐに元の態度に戻り遥の練習に付き合う。


「ん~!」


 遥の眼球にレンズが触れる度、上下の瞼がビクっと閉じる。


「そこで指の力を緩めるな! 接触時の瞼の反射は自分で抑えろ」

「や、やってます!」


 次第に閉瞼しようとする力は少なくなり、コンタクト全体が角膜に触れても瞬きはほどんとなくなる。だがまだ目に入れるという意識が強くなりレンズのカーブが崩れる。


「言っただろ! 目に入れるじゃない。あくまで目の上に被せる……のせるように!」


 幾たびの装着を失敗し、そして。遥は深呼吸をして息を整える。


「…………!」


 何度もやった通り、遥は瞼を開ける。鏡に映るはくっきり丸い瞳。固定された上下の瞼は一切力が抜けない。

 右手の人差し指にのせたレンズが近づく。ゆっくりではあるが、躊躇いはない。

 コンタクトの縁全体が遥の眼に触れる。ほんの一瞬、瞼が閉じようとする。が、少女は手を緩めない。


「そう………そのまま!」


 角膜にのったコンタクトが、ゆっくりと黒目を覆う。密着した透明な膜は、少女の身体に同化する。


「………成功だな!」


 少女の眼から、そっと手が離れる。瞬きをすると眼鏡のない視界に少女は驚く。


「よくやったな。あともう片目だ!」

「はい!」


 一度成功を体験した少女は失敗することなく左眼に難なくコンタクトをのせる。両目ともフレームから解放された状態に、遥は言葉を失う。


「よく見えるだろ?」


 ニカっと青龍が笑うと、遥も明るくはにかんだ。


「————はい! とっても!」


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