ADが持ってきたもの
桐谷はる
ADが持ってきたもの
もう4年前くらい前になるのかな、テレビ局で契約社員をやっていたことがありまして。
大学卒業して勤めた会社が、2年くらいで潰れちゃってね。まだろくに貯えもないし、奨学金の返済もあるしで、どうにも困っていたときに運よく見つけた仕事でした。
テレビ局って、下請けの会社をいっぱい抱えていて、そういうところの契約社員なら結構いつも求人を出してたりするんです。私が採用されたのは、ニュース番組に出る文字全般――字幕とか、人名地名とか――に誤字脱字がないかどうかチェックする下請け会社でした。
24時間いつでも仕事があるから、夜勤があるし、休みも取りにくくて、結構人の出入りは激しかったですね。でも、そのぶん給料は良かったんです。特に夜勤に入れる人は手当てがつくから、積極的に入るようにして、すぐに手取りが前職の5割増し以上になりました。身体はなかなかきつかったけど、経済的に余裕が出てきたのは嬉しかったな。夜勤を嫌がらない若手は貴重だって、年長のおじさん連中からもずいぶん目をかけてもらいました。
――そうだな、これ、もう話しちゃってもいいのかな。
辞めるとき、一応、ちょっと念押しはされたんですよね。でも、はっきり言われたわけじゃないし……。時効ってことで、いいかなあ。
夜勤だと、事件ものの素材のチェックがまわってくることがありました。
写真が多かったです。あとは、動画とか。
初めて見たのは飛び降り自殺したおじさんでしたね。居合わせた高校生がかなり遠くからスマホで撮って、SNSにアップして、削除されるまでの十数分の間にネットに出回っちゃったってやつ。
小さくてピントもはっきりしなくて、血だまりだけなんとかわかるかなあって感じの。でも拡大してみると結構、細かいところまでわかったりするんですよ。飛び降り自殺したおじさんのときは、これたぶん腸なんだろうなっていうのわかって、びっくりしましたもん。そういうのをテレビ的にOKなところまでモザイクかけたり、サイズを調整したりする仕事でした。
きついのは災害写真ですね。
撮影者も知らないうちに、死体とか映ってるのもありますから。拡大したらいきなり目が合っちゃったりね。あれは結構、向き不向きがありますよ。僕はわりとやれましたけど、病気になった人もいるって聞きました、心の。
その動画が入ってきたのも、やっぱり夜勤に入っていた日でした。
午前2時くらいだったと思います。持ってきたADさん、顔見知りだったんですけど、やたらとおどおどしてて。いつもはうるさいくらい明るい人だったんですけどね。居酒屋の店員みたいな人だったな。明るくて人好きのするタイプでした。いつもは身なりもちゃんとしていたのに、その日はなんだか薄汚れていました。どこかロケ先から帰ってきたばかりなのか、機材用の大きなリュックを背負って、ウエストポーチをつけて、VHSが何本も入った紙袋まで持って。
「この動画送ってきた先輩、2日前からなんか連絡つかなくて…。とりあえずチェックしてもらわなきゃいけないから持ってきたんだけど、どうしよう、これ」
死体でも写ってるのかと聞くと、そうじゃないけど、と要領を得ません。
見ればわかるからとにかく頼むと言われると、こちらは下請けなわけですから、断る理由もありません。リーダーには適当な理由で断りを入れて、とにかく視聴ブースに行きました。
「心霊スポット探検の企画だったんだよ。ネットで出るって噂の廃病院でさ」
テープをまわすと、何の編集もしていないまっさらの動画がいきなり始まりました。若くてかわいいけど見覚えのない女性レポーターが廃墟みたいな建物に入っていきます。音声がひどくってね、雑音ばっかりで。
「――これ、まずいんじゃないですか。何言ってるかろくにわかんないじゃないですか。音声は別に録ってないんですか。チェックしようがないですよ。」
「……いや、これ、音聞けたら、ほんとまじでまずかったかも……。この子、やばいっすよ、なんでこのテープが……。」
ADはもう尋常じゃないくらい震えていました。閉じた空間で二人きりになると、汗臭さがむっと鼻を突いて、こいつ大丈夫かなという気になりました。
「この人、青柳さんっていうレポーターさんなんですけど、もう死んでるんですよ。ば、バラバラ死体で、見つかって……。」
若い女性レポーターはライトを片手にどんどん奥へ踏み込んでいきます。そこでようやく気が付いたんですが、彼女、自分でライトを持ってて、しかもしれが懐中電灯みたいなやつなんです。画面にはレポーターしか映ってなくても、ライトやら音声やら、カメラ以外のスタッフが何人もいるのが当たり前なのに。
とにかくADを落ち着かせないと、と思いました。もう真っ青でしたし、今にもひきつけを起こして倒れそうな顔をしていました。
「落ち着いてください。とにかく、一度止めましょう。バラバラ死体なんて、そんなニュース聞いたことないですよ。何かの間違いじゃないんですか。」
「本当なんです。まだどこにも公表されてないだけですよ。もしかするともみ消されちゃうかもしれなくて、チームリーダーの武井さんも連絡つかないし、おれ、ほんとどうしたらいいのか……、でも、確かにあったんです。おれ、死体を見たんですよ。ほんともう、どうしたらいいのか……」
彼は重そうな荷物を降ろしもせず、突っ立ったままうつむいていました。ふと、顔を上げて、
「ここに証拠の右腕もあるんですよ。見てみます?」
――え?
彼の背負っている大きな黒いリュック、機材を入れるのによくある黒いナイロンのリュックでした。大きなものを無理やり詰め込んでいる感じに、少しいびつにふくらんでいて。よく見ると、そのふくらみ具合が、もしかすると指――みたいな。
気がつくと、仮眠室のベッドの上に寝ていました。
夜勤明けにいつも使うやつです。慌てて仕事場に行ってみると、もうシフトは変わっていて、一緒に仕事をしていた同僚は誰もいませんでした。タイムカードを見たら「体調不良により早退」になっててね。わけがわかりませんでした。夢にしては、ADの様子も生々しく覚えていたし、なぜか体のあちこちに青あざがあるんです。まるで、気絶して倒れる拍子にあちこちぶつけたみたいに。
「具合が悪いって聞いたけど、大丈夫かい」
うろうろしていた僕に声をかけてくれたのは統括リーダーでした。ちょっと付き合いなよと誘われて、応接ブースで温かいコーヒーをもらいました。「顔色が悪いけど、大丈夫? 何か気になることでもあったんじゃない?」と
頭がおかしいと思われたら嫌だなという気持ちはあったので、「ちょっと怖い夢見たんですけど…」みたいな前置きをくっつけてね。でも、全部しゃべりましたよ。
統括リーダーは最後まで一言も口をはさまずに聞いて、少し考え込みました。あの頃もう50代くらいだったかな。みんなに頼られる、仕事のできる人でしたね。
「これは仕事の立場抜きで聞いてほしいんだけど、たぶん、すぐ他の仕事探してもらった方がいいと思う。――似たような話、前いた子からも聞いたことあるよ。その子、半月後くらいに急に出勤しなくなっちゃって、なぜかこの会社の食堂で死んでた」
とりあえず今日は早く帰りな、と言われて、帰ってすぐに他の勤め先を探しました。
後から調べたら、青柳さんってレポーター、本当にいたらしいです。
ADが持ってきたもの 桐谷はる @kiriyaharu
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