第8話 水輝の回想




『妹と付き合うことになったんだって?よかったね、おめでとう!妹を大事にしてあげてね』


 俺はベッドに寝転がり、スマホに表示されたそのメッセージを眺めたまま、返事をする事が出来ずにいた。


 何でこんな事になってしまったのだろう・・・


 いや、そもそも佐倉さんのこのメッセージを見る限り、俺の事は友達としか思っていなかったのだろう。

 最初から望みはなかったんだ・・・


 でもそれならそれで、こんな終わり方なんかじゃなくて・・・

 きちんと告白して、フラレて終わるべきだった・・・


 自業自得とは言え、さすがに後悔しかない・・・


 本当になぜこんな事に・・・


 あの時の俺は、人生で初めて告白されたという事で、あまりの緊張と驚き・・・そして若干の嬉しさを感じていたのだと思う。

 そのせいで頭が真っ白になり、そこに柚希の勢いに押されてしまった事もあり、つい“はい”と言ってしまった。


 それに、柚希が佐倉さんと似ている事も1つの要因だったのだと思う。

 頭が真っ白になった所に、柚希に彼女の面影を見てしまって反射的に・・・


 そして柚希に佐倉さんの面影を重ねてしまったが故に、柚希にも佐倉さんにも罪悪感を抱いてしまう・・・


 とはいえ、柚希の事は佐倉さんの妹という事以外、彼女の事は何も知らない。

 だから、本当ならきちんと自身の気持ちを説明して、告白に間違って返事をしてしまった事を謝った上で、お断りしようと思った。


 なのに・・・


 俺はスマホを握りしめたまま、柚希が告白してきた後の事を思い出す。



 ・・・・・



「夢みたい!由比先輩と付き合えるなんて!本当に嬉しいです!」

「・・・あの、柚希さん?・・・一つ聞いてもいいかな?」


「えっ?なんですか?」

「・・・何で俺の事が?」


 正直、柚希さんが俺を好きになった理由がわからない・・・


「・・・やっぱり、私の事は覚えてませんよね?」

「えっ?・・・俺達、どこかで出会った事があったの?」


「はい、ありますよ!それも、半年以上前から何回もです」

「ええ!嘘っ!?何回も!?どこで!?」


 半年以上前から何回も会っている!?

 そんなに会っているなら、知らないはずはないのに・・・


 どうして俺は覚えていないんだ・・・?


「じゃあ、ヒントです・・・1つ目、不良」

「えっ?不良?柚希さんがそうだったって事じゃないよね?」


 まさかね・・・


「そんなわけないですよ・・・わかりませんか?」

「うん、ごめん。わからない・・・」


「じゃあ、2つ目。チョコレートケーキ・・・なら?」

「・・・あっ!!」


 それを言われて、さすがに思い出した。

 不良とチョコレートケーキのキーワードに当てはまる人物は1人しかいない。


「思い出しました?」

「あのファミレスで受験勉強していた女の子!?」


「はい!そうです!ようやく、思い出してくれましたね!」

「うん・・・ごめん、全く気が付かなかったよ・・・」


「まあ、そうですよね・・・あの時の私は受験勉強に必死で、身だしなみに気を使う余裕がなかったので、髪は下ろしていましたし眼鏡もしていましたからね」

「・・・そうだね、今の柚希さんとは雰囲気が全然違うからわからなかった」


 そう、あの時は仕事だったからじっくりと見ていたわけではないから気づかなかったのもあるけど、それ以上に今とは雰囲気がまるで違う。


 あの時は、柚希さんが言うように髪を下ろして眼鏡をかけて、真面目そうな雰囲気だった。

 でも今は、髪をサイドテールに纏めて眼鏡もしていないためか、雰囲気は凄く明るい。


 だから印象が全く違うため、わからなかったのだろう。


「でも、思い出してもらえて良かったです・・・というか、あの時の事を覚えてもらえていた上に、ちゃんと私・・・その子の事を覚えていてもらえて良かったです」

「まあ、ああいう事は中々ある事じゃないし、それにあんな目にあったにも関わらず、その後に柚希さんは何度も来てくれて勉強していたから印象は強いよ・・・それに、よく俺に話しかけてきていたしね」


 あんな目にあったのだから、正直それ以降はもう来ないと思っていた。

 でも、その後も来店してくれた上に、俺に一言二言必ず話しかけてきていたのだ。


「えへへっ、本当に覚えていてくれて嬉しいです。それを考えると、彼らにナンパされたのもマイナスじゃなかったですね。それに何度も話しかけておいてよかったです!」

「いや、無理矢理ナンパされたのはいい事ではないと思うけど・・・でも、そうか。あの時の子が柚希さんだったのかぁ・・・じゃあ、もしかしてその時から?」


「はい、そうですね!もちろん、助けていただいたからというだけではありませんけどね」

「・・・そっか、そうだったんだ」


「それで受験で合格したら告白しようと思ったのに・・・合格発表を見てからお店に行ったら、辞めたと聞かされて・・・告白すら出来ず、私の思いが宙ぶらりんになったとわかったあの瞬間は、本当に落ち込みましたよ」

「あ、ああ、そうなんだ、ごめん・・・知らぬ事とはいえ、本当に申し訳ない事をしてしまったね」


 俺は元々、1年の終わり頃にはバイトは辞めるつもりでいた。

 それは社会勉強を兼ねて1年生の時にバイトでお金を貯めて、2年生になったら気ままに楽しもうと思っていたからだ。


 そのせいで、柚希さんを落ち込ませてしまったのは申し訳なかった。


「いえ、いいんです!私が勝手にそうしようと決めていただけですから」

「それでも、本当にごめん・・・」


 でも、どちらにしても・・・


「あの時はあの時です。なのでもう気にしないで下さい!」

「うん、ありがとう・・・ただ、言いにくいんだけどね・・・柚希さん・・・えっと」


 俺が大事な事を伝えようとするのだが、柚希さんはそれを遮って口を開く。


「柚希!柚希でいいですよ!」

「あ、ああ、うん・・・わかったよ柚希」


 敬称はつけるなというような強い口調で言われ、それに押された俺は彼女を呼び捨てで呼ぶ。

 すると、柚希は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「はい!ふふっ、先輩にそう呼んでもらえるなんて嬉しい」

「それでね、柚希・・・」


「あ、私は先輩の事、水輝くんって呼んでもいいですか?」

「あ、う、うん、それは構わないけど・・・」


「やったぁ!本当に嬉しい、水輝くん!」

「それは、いいんだけどね・・・それよりもさ・・・」


 ・・・俺の話を遮って全然聞いてくれないな。

 と思っていたのだが・・・


「・・・言わないで下さい・・・水輝くんの言いたい事わかってますから」

「えっ!?」


 柚希は俺の言いたいことが分かると言い出し、それには正直驚いた。


「私は自分でもずるいと思っています。完全な不意打ちで、なあなあにしようとしているんですから」

「それは、どういう・・・」


「水輝くんは、本当なら“はい”と答えるつもりはなかったんですよね?・・・そりゃそうですよね・・・水輝くんにとっては初めて会う相手なのに、いきなり付き合うなんて考えられませんよね。それは最初から私もわかってるんです・・・だから水輝くんと友達だったお姉ちゃんにお願いしたんです。友達の妹から、しかもいきなり告白されたら断りにくいだろうと思って・・・」

「・・・・・」


 本当に・・・

 分かっていた上で、全部計算していたのか。


 いくら初めて告白されてビックリして勢いに乗せられて返事をしてしまったとはいえ、確かにあれが全くの他人であれば“はい”と答える事はなかっただろう。

 それが佐倉さんの妹が来た事で驚いた上に、柚希には彼女の面影があったから、つい“はい”と言ってしまったのだと思う・・・


「卑怯な事をしているとは思っています・・・お姉ちゃんにも恥ずかしい思いをさせてしまったのも、水輝くんを騙すような形になってしまったのも、本当に申し訳ないと思っています・・・でも、私は水輝くんを見たら感情が抑えきれなかった・・・後悔だけはしたくなかったんです・・・それほど私は水輝くんの事が好きだったんです!・・・でも、水輝くんは私とは付き合えないほど・・・私の事嫌いですか?」

「い、いや、嫌いも何も・・・柚希の事はまだ何も知らないから・・・」


「そうですよね?だったらこれから知ってもらえばいいんです。その結果・・・私の事が嫌いになったのであれば、それはそれで仕方ないと思います・・・でも、付き合ってからお互いを知っていく、そんな恋愛の仕方があってもいいと思うんです」

「・・・」


「・・・それでも水輝くんは嫌ですか?」

「それはもちろん、嫌ではないけど・・・」


 何とか断ろうとする俺に、柚希は俺が嫌とは言いにくい聞き方をしてくる。

 そのため・・・


「よかったぁ!じゃあ、このまま私と付き合ってください・・・お願いします」

「う、うん、わかったよ・・・よろしく・・・ね」


「はい!!」

「・・・」


 こうして、俺は完全に柚希と付き合うという流れになってしまった。

 そんな彼女は本当に嬉しそうに、俺に満面の笑みを向けるのであった・・・



 ・・・・・



 あの後は柚希と連絡先の交換をして、今日の所はこれでという事で別々の帰路についた。


 今ベッドに寝転がりながらも思い返してみると・・・


 一番悪いのは、俺の意志の弱さ。

 それと、今まで女性と付き合った事も告白された事すらもない為、対処法がわからなかった・・・


 柚希は俺を言いくるめた形にはなったけど、それに関しては彼女がそれほど真剣だったというだけ。

 俺の本当の気持ちも知る由はないのだし・・・


 だから彼女に全く非はない。


 成り行きに任せてしまい、俺の望む結果ではなくなってしまったのは完全に俺の責任。

 であれば、俺は柚希の真剣な思いに報いないといけないだろう。


 そうじゃないと、ただでさえ俺の気持ちが彼女に向いていないのにも関わらず、柚希と付き合うという失礼な事をしているのに、更に失礼になってしまうから。


 そう考えて、俺は佐倉さんへの思いを心の奥に押し込めて、柚希と向かい合う事に決めた。


 そして、持っていたスマホで佐倉さんへ・・・


『ありがとう。必ず妹さんを大切にするから』


 と返事を送ったのであった・・・





 ―――――――――――――――



 あとがき


 お読み頂きありがとうございます。


 ここまでがストック分となります。

 一応続きも少しずつ描いておりますが、前作では1話毎に書き上げて投稿して失敗した部分もありますので、ここからは最後まで描いてから投稿致します。


 おそらく、あと数話+おまけで完結する予定ですので、少しだけお待ち下さい。


 これからも、よろしくお願い致します。

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