第4話 幸せな日常・・・



 席替えが行われてから数日。


 俺は授業中に、佐倉さんの後ろ姿を眺められる幸せを噛みしめていた。


 長くてサラサラで綺麗な黒髪。

 これに触る事が出来れば、どんなに気持ちがいいのだろう。


 彼女の一生懸命板書している姿。

 後ろからでも、なんだか可愛らしく見えるから不思議だ。


 休憩時間になると彼女が振り返ってきて、笑顔で話しかけてくる姿もすごく可愛い。


 そんな事ばかりを考えている自分に気づき、俺は自覚した。


 ああ、俺は彼女が好きなんだと。


 別のクラスの時には、本物のアイドルの様に恋愛するには程遠い存在だと一度は完全に諦めていたが、同じクラスになり身近になってしまえば、やはりアイドルという存在なんかじゃなかったとはっきりした。


 彼女はただの・・・可愛いクラスメイトだ。


 だったら、俺が彼女に恋をしたって不思議じゃないし、おかしな事でもない。


 むしろ、ごく自然な事だと思う。


 もちろん、彼女が俺の事を好きだなんて自惚れるつもりはない。

 俺が告白したとしても、彼女に振られるなんて事は当たり前くらいに考えている。


 それでも彼女を好きになる、この気持ちだけは抑える事が出来ない。

 いや、抑える必要はない。


 でも、だからこそ・・・

 俺はこの気持ちは自分の心の中だけに留めておいて、周りには知られる訳にはいかない。


 なぜならば、彼女と今の関係が好きだし楽しい。

 俺は彼女と付き合う事が出来なくても、この関係だけは壊したくはないからだ。


 男子が彼女に告白して玉砕した後で、ギクシャクしている姿はいくらでも見てきている。


 そんな事になるくらいなら・・・


 俺は彼女に告白する事はないと決めていた・・・


 ・・・・・


 そんなある日の事。


 朝、登校して教室へ入り自分の席に向かうと、佐倉さんはいつものように既に俺の前の席に座っていた。


「由比くん、おはよう!」


 そして自分の席に近づくと、俺が教室から入ってくる所を見ていた佐倉さんが、俺が挨拶する前に声をかけてくる。


「おはよう、佐倉さん。いつもだけど来るの早いね」


 今は始業のチャイムが鳴る15分前。

 俺は遅れるのが嫌いな性質タチだから少し早めに来ているのだが、それでも佐倉さんはいつも俺より早く来ている。


 そして、俺を見つける度に彼女から挨拶をしてくれるのが、俺にとってはたまらなく幸せな瞬間であった。


「うん、まあ、なんとなくね」


 えへっと笑いながら答える佐倉さんだが、彼女にも色々と事情があるのだろうと、深く聞く事はしなかった。


「でも、今日はちょっとだけ寝坊したから、焦っちゃったよ」


 俺が席に座ると、佐倉さんは椅子に横座りしながら、顔をこちらに向けて話しかけてくる。

 その姿も、可愛いと思ってしまう。


 しかし、それを表情や態度には出さないように気を付けながら、俺も言葉を返す。


「いや、寝坊して俺より早いんだから、別に何も問題ないじゃん」

「ううん、問題大ありだよ!いつもの時間に家を出ないと、私の生活リズムが狂っちゃって、気持ちが1日中落ち着かないの!」


「ああ、確かにその気持ちはわかるなぁ」

「そうでしょう?ああ、よかった!由比くんも、私と同じ人種で」


「同じ人種って・・・」

「ふふっ。まあまあ、深くは気にしないの・・・でも、本当の理由は別にあるんだけどね・・・」


 佐倉さんの後半の言葉が、小声すぎて聞き取れない。


「えっ?何?最後の方、ごにょごにょ言っててよく聞こえない」


 俺がそう言いながら、耳に手を当てながら彼女の口に近寄せた。


「ちょ、ちかっ!」

「ぶへっ!!」


 顔を近寄せた俺の頬を、佐倉さんは顔を真っ赤にしながら手で押してきたので、意図せずに変な声が口から漏れてしまった。


「ぷっ、くすくす。ぶへっ!って。ぶへっ!て言った!あはははっ!う、生まれて初めて聞いたよぉ」


 俺の漏れ出た変な声がよほど可笑しかったのか、佐倉さんはお腹を抱えて笑っていた。


「ははっ、それは佐倉さんのせいじゃないか!」


 俺も笑いながら佐倉さんに抗議する。


「ふ~ん、乙女の秘密を無理矢理聞こうとした罰で~す!」


 俺の抗議に対して、腕を組みながらフンとした顔を俺に向けた後、舌をチロッと出してべーをしてくる佐倉さんの仕草が可愛かった。


「乙女・・・乙女・・・その肝心の乙女はどこに??」


 俺は手をおでこ辺りに持って行き、わざとらしく周りを探す仕草をする。


「あ~!!ひっどいんだぁ!もう口をきいてあげないんだからね」


 俺が佐倉さんをからかったせいで、彼女は俺とはもう話をしてくれないらしい。


 さあ、これは困った困った、困ったぞ。


 なんて思ってみたりして。


「そっかぁ、それは残念だなぁ・・・せっかくこの前、学校の近くに美味いケーキ屋を見つけたから、教えてあげようと思ったのに。残念無念・・・ああ、本当に残念だ」

「えっ!?それ本当?そのケーキのお店、教えてくれるの?」


 案の定、佐倉さんは俺の話に食いついてくる。


「教えてあげたくとも、佐倉さんは俺とは口をきいてくれないらしい・・・ああ、残念だ。あんなに美味いのになぁ。仕方が無いから、これは俺だけの秘密にしておこう」

「ちょっ、ちょっとぉ、由比くん!?ねえってば!」


 佐倉さんの問いかけに答えながらも、佐倉さんは口をきいてくれない風を装い続ける。

 挙げ句の果てに、さっきの仕返しとばかりに秘密ですと言っておく。


 そんな俺の腕を揺すりながら、教えてくれという顔を向けてくるが、俺は知らん顔をし続ける。


「ごめん、もう許して・・・もう口きかないなんて言わないからぁ・・・」


 あ、あれ?


 佐倉さんが、若干涙目になってきたような・・・


「ああ~!!由比が佐倉さんを泣かせてる~~!!」

「いっ!?ちょっ、違くてっ!!いや、違わないけど、違うんだ!」


 他のクラスメイトが、佐倉さんの様子を見て叫んだ。

 それに俺は慌てまくる。


「プッ、クスクス」


 そんな俺を見た佐倉さんが、下を向きながら明らかに笑いを堪えるようにプルプル震えだした。


「ちょっと、佐倉さん!?」


 そんな彼女に俺は詰め寄る。


「プン、意地悪な由比くんへの罰です!」


 身体を起こした彼女は笑いを堪えつつも、ふてくされたフリをしたような顔をしながら答えた。


「意地悪も何も、全部佐倉さんが先にやったんじゃないか」

「そんな過去の事は忘れました!」


「なるほど!では、俺もケーキ屋の事は忘れました!」

「ええっ!?ちょ、ちょっと待って!それは違うでしょ!?」


 佐倉さんが冗談を言い続ける限り、俺も冗談を言い続ける。


「ごめんなさい。冗談ですから、許して下さい・・・」

「うむ、よかろう!!」


 本当にケーキ屋を知りたいらしく、素直に謝ってきた所を俺は上から目線で許してあげる。


「ちょっとぉ!なんでいつの間にか由比くんの方が、そんなに偉そうな立場になってるの!?」

「あははっ、ごめんごめん」


「んもう!・・・それはいいけど、本当に美味しいケーキのお店教えてくれるんだよね?」

「ああ、もちろん構わないよ」


 佐倉さんが念を押して聞いてくると、俺は素直に了承する。


 こんな、やり取りが楽しくて仕方が無い。


 いつまでも続けばいいのに・・・


 と思っていたのだが、それはすぐに崩れ去る事になるなんて・・・

 その時の俺は知る由もなかった・・・


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