第3話 ファーストコンタクトその後・・・そして最初の席替え



「あれ?水輝。お前、佐倉さんの隣なの?」


 駆は自分の席に鞄を置くと俺の席へとやってきて、隣の佐倉さんを見ながらそう言った。

 佐倉さんと話していた俺は、声をかけてきた駆に返事をする。


「ああ、そうみたいだわ」

「いいなぁ、佐倉さんが水輝の隣なんて羨ましいなぁ!」


 こいつは思った事を口に出しすぎだろう!

 そんな事言われたって、佐倉さんが困るだけだろうが!


 そう思った俺は、佐倉さんが嫌な思いをしていないかを確認するために彼女の顔を見た。

 すると俺と目が合い、なんだか嬉しそうにしていた。


「(ふふっ、ちゃんと私の事は名前で呼んでくれているみたい。由比くんがあの時、彼にああ言ってくれたおかげなんだろうなぁ)」


 佐倉さんは何かを呟いたような気がするが、良く聞こえなかった。


 それはいいとして、彼女が何を考えているのかわからないが、別に嫌な思いをさせたわけではない事に安心する。


 そして、佐倉さんは楽しそうに口を開く。


「ふふっ、残念でした。由比くんの隣は私に決まってるんです♪羨ましいでしょう?」

『えっ!?』


 佐倉さんの言葉で、俺達は驚いて固まってしまった。


「えっ?えっ?な、何?」


 佐倉さんは俺達の反応を見て、自分が何か変な事を言ったのかと慌てているようだ。

 そして・・・


「えっ?今、君は由比くんの隣になりたくて私の事が羨ましい、って言ったんじゃないの?だから私も冗談で自慢したんだけど・・・?」


 ああ、佐倉さんは駆の言葉を勘違いしたんだ。

 駆は佐倉さんの隣になりたかったって言ったつもりだからな。


 そして俺は一瞬、佐倉さんが俺の隣なのは当たり前で、かつ嬉しいと言っているように聞こえてしまった。


 3者3様の勘違いである。


 さすがに自惚れも甚だしいな、俺。


「ちげええええ!!なんで俺が、水輝の隣を羨ましがらないといけないんだぁ!!」


 駆は、魂からの雄叫びを上げた。


 ま、そりゃそうだろうな。

 俺だって駆と佐倉さんでは、天秤にかけるまでもないし。


「えっ?えっ?違うの?」

「当たり前じゃん!何が悲しくて、野郎の隣を羨ましがらないといけないんだよ・・・」


 佐倉さんは心底わからないという表情を浮かべ、駆は泣き真似をしながら否定する。


「えっ?だって、由比くんと君は仲が良いから、由比くんから本当に離れたくないんだなと微笑ましく思ったんだけど・・・」

「だあああああ!!違う!いや、水輝と仲良いのは間違いないが、野郎の側から離れたくないなんて思う訳がねえ!!」

「うん、駆のそれには同意するな。俺もお前と離れられないなんて、考えただけでゾッとするわ」


 うん、駆と離れられない事を想像したら、吐き気がしてきたわ・・・


 てか・・・


「ははっ、佐倉さんは意外とおちゃめというか、なんか面白いね」

「えっ?私なんか面白い事言った?」


 佐倉さんは天然なのか、わかっていてわからないフリをしているのかは知らないが、佐倉さんの少しずれた会話がおかしくて、俺は笑ってしまった。


 そんな俺の言葉にも、不思議そうにしながら首を傾げる。

 どうやら、わからないフリをしているわけでは無さそうだ。


 その仕草も可愛いなと思ってしまう。


「いや、わからないならわからないで良いと思うよ」


 むしろ、そんな佐倉さんのままでいてほしいと思う。


「??」


 俺の言葉の真意などわからない佐倉さんは、更に頭にクエスチョンマークを浮かべているようだった。


「よくわからないけど・・・それはそれとして、由比くんにはさっき言ったけど、君もこれから宜しくね」

「おう!こちらこそ宜しく!」


 佐倉さんは、わからない事を考えても仕方が無いと頭を切り替え、駆にも宜しく伝える。


 駆もそれに元気よく答えたのはいいが、自分の席に戻ろうとする瞬間にボソッと「俺の名前は覚えてくれていないのね・・・」と、寂しそうに呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


 哀れ駆・・・



 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・



 それから一ヶ月ほど経った。


 隣の席になった事で、佐倉さんについて色々とわかってきた事がある。


 俺ともすぐに打ち解けた事からわかるように、彼女は人当たりが良いと言う事。

 それに人を批判するような事は全く言わないし、俺がくだらない冗談を言ったりしても、それに乗っかってくれたりもする。


 だから彼女と話していると楽しいし、自然と笑顔が生まれてくる。


 そんな彼女だからこそ友達も多い。


 俺は席が隣のおかげで彼女と話す機会がそれなりにはあるのだが、それ以上に彼女の周りには友人が集まっている事が多い。


 どちらかというと女子の方が多いが、男子もちらほらと混ざっていたりもする。


 もちろん男子が相手でも、彼女の人当たりの良さは変わらない。

 だからこそ、自分に気があると勘違いする男子も多いのだろう。


 俺は近くで見ていたからわかるが、彼女は俺を含め特に気を持たせるとかそんなつもりは一切ないようだ。

 うまく話を躱そうとしたりしているし。

 ただ友人として話しているというだけに過ぎない。


 それをわかっていない男子が多いため、2年になって1ヶ月しか経っていないのに、すでに数人に告白されたらしい。

 その全てが撃沈したらしいが・・・


 そのせいなのか、男子が話しかけてきた時に、一瞬だけ陰りのある表情を見せたのを俺は見逃さなかった。

 もちろん次の瞬間には、いつもの様に満面の笑顔を見せていたのだが。


 だから最初は、俺の気のせいなのかとも思ったのだが、その姿を何度か目にした事で間違いではないと確信した。


 普通にしているように見えても、彼女はそこまで男子と話したいと思ってはいないのだと。


 そりゃそうだろう。


 異性として好きな訳じゃ無く、ただ仲良くなっただけでその気がない事もそれとなく伝えているはずの男子が相次いで告白してきたりすれば、嫌気もさすというものだろう。


 だから、俺もあまり話しかけない方がいいのかな?

 と思ったりした事もあった。


 しかし、俺は隣の席だからなのだろう。

 佐倉さんは男子とあまり話したくないと考えているのであればと、俺もなるべく話しかけない様にしていると、彼女の方から話しかけてくる事も結構多かった。


 それからは、彼女から話しかけてくれるのに俺から話しかけないのも悪いと考えて、普通に話すようにしていた。



 ・・・そういえば、彼女と話している中で俺の苗字の話になった事がある。


「そういえば、ずっと思っていたんだけど・・・由比って苗字、珍しいし可愛いよね?」

「それは、女の子の名前みたいだって言いたいの?」


 彼女の言葉に、俺はジトッとした目を向ける。


「え、あ、いや。そういう事じゃなくて・・・」


 その視線に、佐倉さんはアワアワし始める。


「プッ。いや、いいんだよ。むしろ、ユイちゃんと呼んでくれても構わないさ」


 俺はそう呼ばれる事に慣れているため、その程度で怒るような事はない。

 ちょっとからかっただけだ。


「え?で、でも・・・」


 佐倉さんは俺が怒っているわけじゃない事に安心していたようだが、さすがにユイちゃんと呼ぶ事には抵抗あるようだ。


「佐倉さん。こいつは自分で言うように、ユイちゃんと呼ばれても全然動じないぞ」

「そうなの?」


 突然、話に加わってきた駆に、佐倉さんは本当に?という目を向ける。


「ああ。俺も最初の頃はからかって、女の子を呼ぶようにユイちゃんと言ってたんだけど、水輝は自分がそう呼ばれた時の周りの驚きを楽しんでいるみたいなんだ。だから俺は動じないこいつの反応に飽きちゃって、水輝と呼ぶようにしたんだけどな」


 確かに駆と仲良くなった最初の頃は、執拗にユイちゃんと言っていたはずだが、パタッと呼ばなくなったのはそう言う理由からなのだと始めて知った。


「へぇ、そうなんだ。じゃあ、ちょっとだけ・・・ユイちゃん?」

「おう!ユイちゃんですよ!」


 女の子みたいな名前で呼ばれたのに対し、男らしく返事をする。


「あははっ!・・・でも、ごめんね。なんかやっぱり・・・由比くんをバカにしているように感じるから、やっぱり止めるね」

「そう?俺は全く気にしないんだけどなぁ」


 やっぱり彼女は、人当たりがいいだけあって性格も良かった。

 俺自身は気にしないと言っても、それでも俺を少しでもバカにしているような呼び方は出来ないと謝っている。


 それを見ながら俺は、可愛くて優しくて楽しい彼女の隣の席だった事を心から嬉しく感じていた。




 そんな何気ないやり取りの毎日も楽しかった。


 しかし、その幸せな時間も終わりを迎えようとしていた。


 と言っても、普通ならそれほど大した事ではない。

 俺にとっては終わる可能性があるというだけ・・・


 そう、それは・・・


 2年になって初めての席替えの日を迎えてしまったのである。


 今は登校して朝のHR前。

 席替えは本日1時限目がLHRに充てられており、そこで行われる。


 再び彼女の近くの席になれるほど、俺の運は良くないだろう。

 それでも、一縷イチルの望みを願っていると・・・


「今日で、この席ともお別れだねぇ」


 と、佐倉さんが俺に話しかけてきた。


「ああ、そうだね」


 俺は佐倉さんとの席が離れるかもしれないと、寂しい気持ちになっているのを悟られないように、何とか平然を装う。


「違う席になる事や周りの人が誰になるかという楽しみもあるけど、せっかく仲良くなった周りの人と離れるのも、なんか寂しいよね」


 意外にも、佐倉さんも同じような事を考えてくれていた事に驚いた。

 とはいえ、俺と離れるのが寂しいと言ったわけではないのだけれど。


「やっぱり、佐倉さんもそう思うんだ?」

「そりゃそうだよ。でもまあ、クラス替えっていうわけじゃなくてクラス内での事なんだから、本当は寂しがる必要はないんでしょうけどね」


 彼女はそう言いながら、えへへっと笑っていた。


「いや、俺も佐倉さんと同じ気持ちだよ」

「あ、そうなんだ!よかったぁ、そう思っているのは私だけじゃなくて」


「同じクラスでも席が離れると、話すタイミングが無かったりするしね」

「そうなんだよねぇ。近くの席だと気兼ねなく話せるけど、席が離れると用事がないと中々ね・・・」


 それが同性なら別に対した事はないのだろうけど、異性となるとなおさらだ。


 佐倉さんも、同じ事を思ってくれているのかな?


 そう考えるのは、俺の自惚れだろうな・・・


「まあ、席替え後の事なんて今考えてもわからないし、なるようにしかならないよね」

「そうだね。クラスでもまだ話した事が無い人と仲良くなれるチャンスだと、前向きに考えればいいんじゃないかな?」


 佐倉さんは考えても無駄無駄と、自分に言い聞かせる様にしながら俺に話しかけてくるので、俺も前向きにいこうと助言する。


 その俺の言葉に、佐倉さんは俺の顔を見ながら何かを考えるように少し間を開けてから「・・・うん!」と笑顔で頷いていた。


 その後、朝のHRを終えて1時限目のLHRにて席替えの時間を迎えた。


 席替えは、黒板に書かれた席にランダムに番号が割り振られ、担任の教師が用意してきた箱の中から番号の書いてある紙を引いて決める。


 そしてクジを引く順番を決めるために、廊下側の一番前の男子と窓側の一番後ろの女子がじゃんけんをする。


 結果、男子の勝ち。


 と言う事で、廊下側の前から順にクジを引いていく事になった。


 順番にクジを引き、徐々に席が埋まっていくのを見ている時・・・


「クジ引きを待っている間って、なんかドキドキするよね」

「そうだね。先に良い席が取られると“ああ!”ってなるから早く引きたいけど、でも確率的には後の方がいいようなってジレンマもあるしね」


「ふふっ、本当にその通りだよね。早く引いた人が、前列埋めてくれればいいのに!って意地悪な事を考えちゃったりしちゃうよね」

「そうそう。逆に後ろの席や窓側が先に埋まっていくと、マジかよ!ってなるし」


 佐倉さんとそんな話をしている内に、俺の順番が回ってきた。


 そして、佐倉さんの近くになれるかどうかは希望が薄いにしても、窓側の後ろから2番目と3番目の席が空いている。


 是非とも、そこだけは確保したい!


 俺は祈りながら席を立つ。


 すると、佐倉さんが俺に向かって小声で「頑張ってね」と、何を頑張ればいいのかはわからないが、応援してくれた。


 俺は佐倉さんに頷くと、少しだけドキドキしながらも教壇へ向かい、箱の中に手を入れる。


 そして紙を取ると、恐る恐る箱から手を出して紙の番号を確認する。

 そして・・・


「よっしゃあ!!」


 俺は思わず喜びの声を上げて、ガッツポーズをする。


 なぜなら、窓側の後ろから2番目を引き当てたからだ。


「由比、お前なぁ・・・席くらいで、そこまで喜ぶことか?」


 俺のあまりの喜びを見た担任が、呆れた顔と声を俺に向けていた。


「え?だって、やっぱ窓際がいいでしょ!しかも後ろから2番目!最高じゃないっすか!」


 実際、一番後ろもいい席だとは思う。


 でも、既に取られていたと言うのもあるが、それ以上に一番後ろだと授業で当てられるのが最初だったり、小テストで回収したりしなければならないなど、面倒な事も多いのだ。


 その点、後ろから2番目は色々と都合がいいため、俺は後ろから2番目が一番好きなのだ。


 しかも窓際とくれば、俺の中ではテンションマックス!


 いやあ、幸先いいなぁ!


 と、周りが俺のテンションに若干引き気味でも気にせず、黒板の座席に自分の名前を書くと、ホクホク顔で自分の席に戻る。


「ふふっ、余程嬉しかったのね?」

「ああ、そりゃあもちろん!俺としては、席の中であそこ以上の場所はない!」


「ふふっ、そっか。それならよかったね」

「うん、ありがとう」


 俺が嬉しそうにしているからか、佐倉さんは笑顔で祝福してくれた。


 あとは、また佐倉さんが近くに来れば何も言う事は無いけど、さすがにそれは高望みしすぎだろうな。


 そう考えている内に、今度は佐倉さんに順番が回ってきた。


 ちなみに、まだ俺の前の席は残っている。


 先程の時とは別のドキドキが俺を襲う。


 出来る事ならお願いします!と祈りながら、彼女がクジを引くのを見届ける。


 佐倉さんは箱から手を抜くと、その紙の番号を見て黒板を確認した。


 そして、こちらを振り返る・・・


 えっ?


 佐倉さんはなぜか、一瞬だけ俺に満面の笑みを向けていた。


 なんだ!?なんで俺に笑顔を向けたんだ!?


 と思っていると再び黒板に向き直り、座席表に自分の名前を書いた。


 その場所は、俺の一つ前の席であった。


 うおおおおおお!っと、心の中で叫んだ。


 俺としては最高の席であり、目の前には最高の人がいる。

 なんて最高なんだ!


 と訳のわからない事を考えてしまっていた。


 あまりの嬉しさに俺の頭がおかしくなっていると、佐倉さんが戻ってきて声をかけてくる。


「ふふっ、よかった。またご近所さんだね」

「あ、ああ、本当だね」


 頭の中がフィーバーしている俺は平静を装う事に必死で、佐倉さんの言葉がちゃんと耳に入らず、適当に返事しているだけだった。


「また、よろしくね」

「こちらこそ、よろしく」


 佐倉さんから笑顔で挨拶されると、俺も笑顔で返した。


 これからしばらくは、俺の目の前に佐倉さんがいるという事実に喜びをかみしめるのであった。


 ちなみに駆は、真ん中の最前列だったのだが、最早そんなのはどうでもいい事であった。


 まあ、一言だけ言うなら・・・

 ご愁傷さま・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る