第2話 佐倉瑞樹の思い
「だからね、廊下とかで・・・そういう事がある内に・・・」
私は彼の名前を知っていた理由を説明しながらも、本当の理由は違うんだけどねと思っていた。
だけど、本当の事は間違っても口に出す事は出来ない。
なぜなら、それは自分の中で本当に嬉しかった事であり、その事を彼に伝えてしまえばそれを強要する事になるだろうから。
何があったのかというと。
それは1年の頃・・・
私は高校に入学して間もないのに、気がつけば学園のアイドルとか、私にとっては不名誉極まりない呼ばれ方をし始めた。
私は別にアイドルになりたいと思った事はないし、そう呼ばれたいと思った事もない。
むしろ学校でそう呼ばれるなんて、ただただ恥ずかしいだけ。
そんな私の心情などは差し置いて、噂だけがどんどん広まっていく。
そのせいで、休み時間などに他のクラスの男子や上級生までもが見に来る始末。
私は見世物じゃないのに・・・
と、少し嫌気がさした事は今でも覚えている。
それでも私は気にしていないという風を装い、友達と楽しく過ごしていた。
もちろん、友達はみんな女子ばかり。
勝手に学園のアイドルにされた事で、男子に対しては必要以上に距離を縮めようという気持ちにはならなかった。
それでも話しかけられれば言葉を返すし、用事があれば男子に話しかける事もある。
それが元で、いらぬ誤解を生んだりした事も多々あった。
毎日浴びせられる好奇の視線と、男子と関わる事による誤解などのせいで、少しずつ気分が落ち込んできた頃。
「ミズキ!!」
ん?
誰か私の名前を呼んだ?
というか何で男子が勝手に、私を下の名前で呼んでるの??
と思いながら振り返ると・・・
名前を呼んだらしき人は見当たらなかった。
ただ少し離れた場所で、ある男子がもう1人の男子に向かって「ミズキ」と呼んでいる事がわかった。
ああ、なんだ・・・
私の事じゃなくて、あの人の事だったんだ・・・
という事は、あの人もミズキという名前なんだね。
そう理解した事で、勘違いして振り返った自分が少しだけ恥ずかしくなった。
それと同時に、少しだけ興味が沸く。
そこで振り返ったついでに、そっちに用事があったんだという風を装い、彼らの近くを通り過ぎてみようと考えた。
すると・・・
「お、学園のアイドル・佐倉瑞希じゃん!」
と、先程ミズキと叫んでいた男子が徐々に近づく私に気付き、私に聞こえるくらいの声で呟いた。
私は一瞬ムッとして、やめれば良かったと後悔しはじめた。
その時・・・
「おい、そういう言い方はよせって」
と、ミズキと呼ばれた男子が相手の男子に向かって言った。
「何でだよ。事実なんだし別にいいじゃん」
それでも、相手の男子は食い下がっている。
「それはお前の勝手で、本人がそう呼ばれたいとは限らないんだ。何よりも佐倉さんは佐倉さんだろう!?」
彼は私に聞こえない様に話しているつもりみたいだけど、丸聞こえだった。
私はその言葉に驚いて一瞬立ち止まりそうになったけど、歩みを止める事はせずに通り過ぎる。
その間際に、ミズキと呼ばれた男子の顔を確認せずにはいられなかった。
その顔は、相手の男子を本気で戒めてくれているようで、男子の中でもこういう人がいるんだなと考えると、私の心は何だかだんだん温かくなった。
些細な一言だったとはいえ、私は本当に嬉しかった。
私は学園のアイドルとかそんなんじゃない。
それは周りが勝手に言っているだけ。
私は私・・・ただの佐倉瑞希。
少なくとも、貴方はそう思ってくれてるんだよね?
そう考えると、それ以降は誰に何を言われようと、それほど気にする事は無くなっていった。
それからは気持ちに余裕が出来て男子と接するのも気が楽になり、誤解を生みそうになる場合は早めにその気がない事をはっきりとさせる様にしていった。
そうしている中で、以前自分の友人であろうと私の為にたしなめてくれていた彼の事が気になり始めている自分に気がついた。
ただ、彼の事は何も知らない。
ミズキという名前は知ってはいるものの、それが苗字なのかどうかもわからない。
そこで友達に「私と同じ名前の男子がいるみたいだね」と、笑いながらさりげなく言ってみた。
すると「へえ、そうなんだ?ちょっと調べてみるね」と言って、すぐに調べてきてくれた。
由比水輝、私と同じく下の名前がミズキだった。
本人には失礼かもしれないが、由比という苗字も何か可愛らしいなと思ってしまった。
それからというもの、由比水輝くんを見かけるたびに私の心は弾んだし元気になっていった。
クラスが違う為、仲良くなるきっかけが無い事が悔やまれるけど、それはどうしようもない事。
でも、もう少しで2年になる。
その時のクラス替えで、彼と同じクラスになれる事を祈りつつ、1年生の残りの時を過ごしていく。
そして春。
少し早めに登校した私は、ドキドキしながらクラス表を確認する。
自分の名前を見つけた後、男子の名前を確認していく。
そして・・・
いた!
同じクラスに彼の名前を確認した私は、嬉しくて自然と顔に笑顔が浮かぶ。
教室へと入った私は、更に嬉しくなった。
なんと、彼が隣の席だったのだ。
まだ少し早めの時間のため、まばらなクラスメイト達に挨拶をしながら自分の席へと向かう。
彼が来るのを待ちわびながら・・・
そして、その待望の瞬間が訪れる。
「あ、おはよう!え~と、由比水輝くん、だよね?」
私は、
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