第5話 予期せぬ展開へ・・・
予鈴5分前になり、クラスメイトのほとんどが教室にいる中・・・
「あっ、いたいた!ちょっとお姉ちゃん!!」
教室の入り口辺りで、そう叫んでいる女の子の声が聞こえてきた。
お姉ちゃんと言う事は、このクラスの誰かの妹なのだろう。
そう思っていると、その女子生徒は躊躇する事無く教室へ入ってきた。
下級生が上級生の教室に入るのって、かなり勇気がいる事だと思うんだけど、全然気にした様子もないし度胸あるなぁと思っていた。
そして女子生徒は、スタスタと俺の近くまでやってくる。
俺の方に向かってきているけど、俺には妹がいるわけでもないし、ましてやお姉ちゃんではない。
と、バカな考えが頭を巡らせていると、俺の前の席で止まった。
「お姉ちゃん!」
「あれっ?柚希じゃない。どうしたの?」
ああ、なるほど。
佐倉さんの妹だったのか。
ぱっと見の印象は違えど、確かによく見てみると顔立ちは似ている。
髪はサイドテールにしていて、初めて見たにも関わらず彼女にはよく似合っていると感じた。
そして、佐倉さんに似ているだけあり、彼女も負けず劣らずの美少女だ。
実際、クラスの男子は妹さんを見て呆けている。
そう思いながら、俺はボーッと彼女達のやり取りを見ていた。
「どうしたもこうしたもないよ・・・はい、お弁当。忘れていったでしょ?」
「えっ?ああ、本当だ。ありがとね、柚希」
ほんわかとした姉に比べて妹さんは気が強そうというか、元気いっぱいという感じだ。
妹さんに言われて鞄の中を確認した佐倉さんは、お弁当を忘れてきたことに今気がついたようだ。
「もう、寝坊したと言っても、たった10分でしょ?そんなに慌てなくてもよか・・・」
ん??
佐倉さんに向かって話していた妹さんが、ふと俺の方を向いた事で目が合った。
その途端に、話の途中でなぜか固まってしまった。
俺が見ていた事で、嫌な気分にさせたのだろうか?
それとも、俺が何か気に障る事をしたのだろうか?
俺が妹さんを不快にさせてしまったのかもしれないと考え、謝った方がいいのだろうかと思考を巡らせていると・・・
「お姉ちゃん!!」
俺の顔を見ながら、そう叫んだ。
え、いや、だから、俺はお姉ちゃんではないんだけど??
と考えていたのは、俺の勘違い。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、こっち来て!!」
「えっ!?えっ!?でも、もう少しで予鈴が鳴るよ?」
そう言って、佐倉さんの腕を引っ張っている。
さっきのは佐倉さんに向けて言っていたらしい。
でも、だったらなんで俺の顔を見ながら叫ぶんだよ・・・
「大丈夫。すぐ、すぐ済むから!!」
「え、ええ、わかったから、そんなに腕を引っ張らないで」
そして妹さんは、姉を道連れに嵐の様に去って行った。
・・・・・
少しして、予鈴が鳴るギリギリの所で、佐倉さんが戻ってきたのだが・・・
なぜか浮かない顔をしている。
何か嫌な事でもあったのだろうか・・・
でも、「どうかしたの?」と聞いても「う、ううん、大丈夫。何でもないよ」と言われたので、それ以上踏み込む事はできなかった。
そして席に着くなり、後ろからでもわかるくらいの溜息を吐いていた。
そして、佐倉さんは一呼吸置くと俺の方に振り返る。
「ねえ、由比くん?今日の放課後って予定ある?」
「えっ?いや、ないけど?」
急に予定を聞かれて、もしかしてデートのお誘い!?なんて事を考えてしまい、一瞬ドキッとしながらも予定がない事を伝える。
ま、デートな訳はないだろうけどね。
「そっかぁ・・・じゃあ、少し時間を空けてもらってもいいかな?」
俺に予定がない事を知った佐倉さんは、なぜか顔を曇らせたように見えた。
「ああ、うん、それは構わないけど、何かするの?あ!もしかして、さっき言ってたケーキ屋の事?」
俺は佐倉さんの表情に気がつかなかったフリをしながら、そういえばケーキ屋を教えると言った事を思い出して、場所を教えてほしいという事だろうと考えた。
しかし・・・
「ううん、違うの・・・それはそれで教えてほしいけど、今回は別の事・・・詳しい事はその時に話すから」
「ああ、うん、わかったよ」
そう話す佐倉さんの笑顔には少しだけ陰りが見えた為、それ以上の事は聞けなかった・・・
「ありがとう。じゃあ放課後、学校裏の林の奥に桜の木があるよね?そこに来て・・・もらえるかな?」
「えっ!?」
佐倉さんが俺の耳元に口を寄せ、小声でそう呟いた。
俺はドキッとした。
それは、佐倉さんが顔を近づけてきた事だけではない。
もちろん、それにもドキッとしたのだが、待ち合わせに指定されたのが例の場所。
その事実が、俺の心臓を更に跳ね上がらせる要因であった。
俺は佐倉さんに心臓の鼓動が聞こえるのでは無いかと、心配になるほどドキドキしていた。
そんな俺の緊張や動揺を悟られないように、なんとか声を絞り出す。
「あ、ああ、うん。わ、わかったよ」
あの場所に呼ばれるという事は、それ以外には考えられない。
あそこの桜は、もう散りゆく間際。
だからこそ、見に行きたいという事も考えられなくもない。
だとしたら、学校が終ってから一緒に見に行ってもいいはずだ。
わざわざ待ち合わせをするというのであれば・・・
やはり、それしか・・・
そんな事ばかり考えていたため、ずっとドキドキしっぱなしで、その日の授業は全く耳に入らなかった。
そして、そのまま放課後になり・・・
「じゃあ由比くん。朝の件、お願いね。少し遅れていくと思うから、先に行って待っててもらえるかな?」
「あ、う、うん、わかったよ。じゃ、じゃあ、先に行ってるね」
俺は佐倉さんに声をかけられ、ドギマギしている俺はどもりながら返事をした。
「うん、ありがとう・・・よろしくね・・・」
だから俺は、その時の佐倉さんに若干陰りがある事に気がつかなかった・・・
俺は一本桜へと向かう途中、もしかして佐倉さんの悪戯なのでは?と脳裏をよぎる。
だって、佐倉さんが俺に告白するなどという、こんな都合のいい話があるわけない。
しかし、佐倉さんは冗談を言う事はあっても、こんな悪質な悪戯をするような人ではないはず。
そんな事を色々と考えている内に、立派な一本桜が見えてきた。
悪戯なら、それはそれで笑って終わりにしよう。
むしろ、悪戯のほうが気分は楽だ。
彼女から本当に告白されたりしたら、俺の心臓が持たないかもしれない。
でも、そうであってほしいと願う自分がいる事にも気がついている。
俺はそんな事を考えながら、一本桜に近づいていく。
そして一本桜の真下に来ると、上を見上げる。
「すごいな、遠くからしか見た事なかったけど、近くで見るとこんなに立派なんだ」
あまりにも立派な桜を見上げた俺は、今までの考えが一瞬だけ吹っ飛び、思わず独り言が口から漏れてしまう。
それ程に幹はかなり太く全体的に巨大であり、枝の開き方が傘のように綺麗に伸びていて非常に美しい。
ただ、この桜の花が咲いているのを見られるのも、時期的に今年はこれで最後だろう。
今も、もう大分散ってきている。
少しだけ桜に見とれていた俺はふと我に返ると、林が見えるように桜の幹に背中を預けて待つ事にした。
それから十数分後。
林の中から1人の女子生徒が、こちらに来るのが見えた。
ああ、来てくれたんだ。
とりあえず待ちぼうけの悪戯ではなかった。
と、少しだけ安堵する。
まあ、そんな事をするような人ではないけれど・・・
そんな事を考えながらも、徐々に近づいてくるその女子生徒の姿を見た俺は・・・
えっ!?
と、驚きを隠す事が出来なかった。
というのも・・・
その女子生徒が、佐倉さんではなかったからだ。
あまりに動揺した俺は、最初しばらくはその女性が誰なのかわからなかった。
そして彼女が俺の目の前に来た時に、ようやく誰なのかを思い出した。
「佐倉さんの妹さん・・・」
そう。
今朝、佐倉さんにお弁当を届けに来ていた、佐倉さんの妹・柚希さんだった。
「はい、そうです!私、佐倉柚希といいます!」
佐倉さんの妹さんは、俺の言葉を聞いて元気いっぱいに満面の笑みで自己紹介をした。
・・・
こうしてよく見ると、特に笑った顔が佐倉さんによく似ているのがわかる。
「あ、ああ、うん。それで、佐倉さんの妹さんは・・・」
「ゆ・ず・き!柚希と呼んで下さいね」
俺が妹さんと呼んだ事が気に入らなかったのか、もう一度自分の名前を言って、その名で呼んで欲しいと言ってきた。
「ああ、ごめん。で、柚希さんは、なぜここに?」
「さんもいらないんだけどなぁ・・・まあ最初だし、それは仕方ないかぁ」
俺の言葉を聞くと、彼女は下を向いて1人で何かをブツブツ言っている。
そして、すぐに思い直したように顔を上げると・・・
「単刀直入に言いますね!・・・由比水輝先輩!」
「は、はい!」
彼女が真剣な眼差しで俺の名前を呼んだ為、俺も少し緊張して敬語で返事をしてしまう。
彼女は単刀直入に言うとは言いながらも、顔を赤くさせ恥ずかしそうにして少し躊躇する。
しかし、すぐに意を決した顔へと変わり・・・
「私・・・先輩の事が・・・好きです!私と付き合って下さい!」
と、言った。
その瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。
えっ、えっ!?
え~っと・・・この子は今、何て言ったんだ?
俺が呆然として頭が正常に働かず何も言わないため、不安そうな顔になった彼女が問いかけてくる。
「ダメ・・・ですか・・・?」
「えっ、あっ・・・」
俺は言葉を忘れてしまったかの様に、うまく言葉を発する事が出来ないでいる。
それでも彼女は、一度顔を左右に振ると俺に向き直り、再び顔を赤くさせながら、さっきよりも力強く・・・
「私、先輩の事が・・・由比水輝さんの事が
その彼女の真剣な眼差しに押され、頭が真っ白で何も考える事の出来ない俺は・・・
「えっ、あっ、は、はい・・・」
と、答えてしまった・・・
その瞬間に吹いた一筋の突風により地面の桜の花びらが舞い、桜の木からは花びらが全て散ってしまったような錯覚に陥ったのであった・・・
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