身近な他者の幸福を求むることは、どうしてこれほど難しいのか

 視点人物が定年後の高齢男性、しかも純粋に現代社会を舞台にした作品ということで、昨今のウェブ小説としては少々異端視されるかもしれない一作。
 ただ、私個人としては「これこそ小説らしい小説だ」という感想を抱かされる一遍であった。

 文章に浮ついたところがなく読み心地が軽すぎない。物語の展開や扱うモチーフに文化的な教養が感じられる。かつ、話の本筋においてはあくまでも普遍的なテーマが中心に据えられている。「良き家族であること」の困難さは、個々人の多様性が注目される昨今だからこそ多くの人々にとって他人事ではいられない問題であろう。

 くわえて、本作では物語の起承転結、とくに「転」の部分もきちんと練られている。そういう観点からすれば、一定のエンターテイメント性も確保されていると言えるだろう。

 主人公の行動としては移動と会話とが主で、画の動きとしては確かに地味な印象があるものの、しかしながらアメリカはアーカンソーの田舎町の情景や、そこで出会うムスリムの方々の暮らしぶりなど、想像力と視神経とを刺激してくれる要素も随所に見られた。

 以上のような点から、本作は「落ち着いた大人の読み物」としての小説を求める読者にとくに強くオススメしたい一作だと、私には感じられた。
 あるいは、少しでも宗教に興味がある方であれば読んで損はないはずである。