04 壬生浪(みぶろ)

 山王台は大砲アームストロングが決定打となり、制圧された。

 しかし、黒門はまだ抜けない。

 いち早く突撃していった篠原が辛くも戻り、半次郎に言った。

「槍使いじゃ」

 篠原の発言は最小限だが、半次郎はその使であると察した。

 半次郎は篠原の肩を軽く叩く。

おいく」

 篠原はうなずき、半次郎に代わって攻撃の指揮をる。

 ちょうどそこへ、西郷が川路を伴って駆けてきた。

「篠原さんサア、戦況は?」

 篠原は黒門の方へ目を向ける。

「あん槍使いば、邪魔しちょります」

か」

 西郷は槍使いを見た。

「あん男、壬生浪新撰組じゃ。確か、十番隊の頭」

 これには沈着な篠原も目をいた。

 だが西郷は「か」と笑った。

 そして槍使い――原田左之助へと突進する半次郎の背に、叫んだ。

「半次郎どん!」

 半次郎が一瞬だけ、振り向いた。

「泣こかい、ぼかい!」

 その西郷の唄に、半次郎も走りながら唄った。

「泣こよっか、ひっべ!」

 それは薩摩藩の子弟の教育で唄われる里謡りようで、泣くよりべという、薩摩兵児さつまへこの心意気を示していた。


 半次郎は立てつづけに三人斬り伏せ、黒門に立ちふさがる――左之助と対峙した。

黒門ここが抜けんは、おはんるからか」

 左之助はと笑うと、昔取った杵柄と言った。

彰義隊こいつらが、不甲斐ねえからよ」

でおはんが」

 ここまで黒門を守っていたのかと言いかけて、半次郎は黙った。

 左之助の構えた槍が、殺気を帯びたからである。

癸丑黒船以来、ずっとって来た」

 槍の穂先が少し震える。

「だが、そのしまいに」

 槍の震えが止まる。

「お前のような薩賊とれるは、果報」

 半次郎も納刀し、居合の構え。


 瞬間。


 雨滴は空中で静止し、飛び交う銃弾も凍りつく。

 左之助と半次郎だけが、その中で視線を交わし、槍と刀が――光った。

 左之助の槍が一瞬早く、半次郎の左手の指をった。

「ぐっ」

 抜かれかけた刀が、鞘に戻る。

 これで、刀は持てぬ。

 勝った。

 そう思った左之助の槍を、半次郎のつかむ。

「……ぬっ」

 指を落とした手にもかかわらず、は、左之助の槍を固め、そして――

「チェスト!」

 右手のみで、抜刀。

 走る刃は、槍を断ち、そのまま雨中を滑って、左之助の鉢金はちがね穿うがった。

「がっ」

 もんどりうって、左之助が後方へ弾き飛ぶ。

「今じゃ!」

 左手より流れる血をかえりみず、半次郎が叫んだ。

 機なりと呟き、篠原がまず黒門内へと突入した。

 それを見た川路は、征け、と怒号し、薩摩藩兵を突っ込ませる。

 こうして――黒門口の戦いは、薩摩の勝利に終わった。


 彰義隊は、唯一官軍がいなかった根岸から――飯能はんのうへと逃げて行った。

 これこそが大村の空けていたであり、大村は一人うなずき、武蔵野から彰義隊を排除すべく、作戦を実行に移すのであった。


 そしてその彰義隊の逃走を最後まで支えた、穴の空いた鉢金を巻いた男がいたとか、いなかったとか。

 それを聞いた半次郎は言った。

「そげんこつ、もうか。より、湯じゃ」

 洒落者として知られる半次郎は、戦いが終わると、敬愛する西郷らと共に、湯屋へと向かった。


【了】




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Battle of Black Gate 〜上野戦争、その激戦〜 四谷軒 @gyro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ