第2話 元冒険者仲間が住む村

 ガルトンは上司のカザー主任との会話を一方的に切られてしまった事に苛立ちながらも、木の上から難なく地表へと降り立つとズッドの待つ馬車へ向かう。


 「ガルトン、西の様子はどうだった?」

 馬車で待っていた御者のズッドが心配そうな表情で尋ねる。


 「ああ、カザー主任からの情報に間違いはなさそうだ。西にある砦から黒煙が上がってることが確認できた」

 ガルトンは馬車に乗ると、手にした魔導銃まどうガンを座席へと置いた。


 「……まさかとは思うけど、その砦からの敗走兵がこちら側へ逃げてくるって事はないよな?」


 「いや、カザー主任の情報だと、すでにヘルド伯爵側の襲撃を予想して、3日前に砦から逃げ出したヤツらがいるらしい。……その情報が確かなら。最悪、こちらへ逃げ込んでる可能性があるって、カザー主任からも忠告された」


 「嘘だろう……ああ、俺が思っていたとおりの最悪な展開じゃないか」


 「ズッド、何をぼやいているんだよ。ほら、さっさと村へ向かうぞ」


 「お、おい、ここから引き返すんじゃないのか?」


 「馬鹿を言うなよ。これから向かう村は、この西側で起きた情報をまだ知らないんだぞ」


 「……とほほ、アンタと乗り合わせると、本当にろくな事がないよな」


 「もう諦めろよ。……それに文句があるなら、カザー主任に言え。こうなることを、最初はなから知っていたようだぞ」


 「……なら、今回の仕事の手当を上げてくれるように交渉してくれよ」


 「ああ、お前の望みとおりに言ってはみるよ。……しかし、あのカザー主任は自分の都合が悪くなると会話を打ち切るからな、あんまり期待するなよ」


 「本当に雇われ根無し草の身は辛ぇよな……」


 「その話を蒸し返すなよ。ほら、はやく村へ行くぞ」

 2人を乗せた馬車は目的地の村へと向かった。


 昼を過ぎた頃、馬車は目的地の村へと到着した。

 その村は高い壁に覆われていて、遠目では中の様子を見ることはできない。


 「どうやら、何事もない様子だな」

 ガルトンは魔導銃まどうガンを手にしたまま、騒ぎのない村の様子からも、何事もないと判断した。


 「よう! まさかと思ったが、ガルトンじゃないか!!」

 村の門が開かれるとガルトンの元へ、長弓を手に持ち矢筒を背負った細身の男が歩み寄ってきた。

 だが、その男の右足は膝下から無い、代わりに木製の簡素な作りの義足で補われている。


 「パドン、久しぶりだな」

 ガルトンは手にした魔導銃まどうガンを背負うと、歩み寄ってきたパドンとお互いの拳を軽く突き合わせた。これは冒険者時代からの親しい者の間で行われている挨拶だ。


 「あれから4年、いや5年が経つのか……」


 「ああ、あんときは俺の力不足ですまなかったな」


 「ガルトン、何を言い出すんだよ。……これは仕方が無いことだ。それにお前がいてくれたから、この村は助かったし、いまの俺もこうして生きている」

 パドンは義足の足を指さし、そして自らの胸に手を当て感謝を示した。


 ガルトンとパドンは幼なじみで冒険者仲間であった。

 13才で共に村を飛び出してから、駆け出しの冒険者として各地を渡り歩いた。

 一人前の冒険者となってから20才を過ぎた頃に、パドンはこの村で出会ったへミリという娘と恋に落ちた。

 パドンにとってそれが冒険者を辞める切っ掛けとなり、ガルトンとの別れでもあった。

 その後もガルトンは冒険者を続け、何度かこの村に訪れることもあった。


 5年前、このパドンの住む村の周辺地域で異質な事件が起こった。

 消し炭のように焼き殺された者、また鋭利な刃によって惨殺さた者などの遺体が多数発見された。

 鑑定によってわかったことは、これらは全て魔法による大量殺人であると、そう判断された。

 様々な魔法が使われていた事を考えると、1人の魔術師ではなく複数犯の可能性が考えられた。

 殺害に使われた魔法の威力から、その詠唱時間のことも考慮された。

 この事件は冒険者組合所より対策を練られた冒険者組チームが多数送り込まれるも、無残な遺体となって発見された。

 当然、この仕事を引き受ける冒険者はいなくなる。

 その被害は近隣の村へと広がりを見せた。


 事件を知ったガルトンは単身でパドンの村へ向かう。そして駆けつけた現場付近で倒れているパドンを発見したが、そのときに右足は失われていた。

 魔術師であるガルトンの治療魔法によって、パドンは一命を取り留める事ができたのは幸いだった。

 そしてガルトンは負傷したパドンの代わりに村を守るために滞在した。


 この事件は意外なほどに、あっけない終わり方を迎えた。

 とある1人の若者が、この事件を起こした犯人を殺したというのだ。

 それ以降、この猟奇的な殺人事件は起こっていないのでこれは事実だと証明された。

 しかし、この事件を解決したその男の年齢が15才成人になったばかりの若造であるという事が注目されることになる。

 この男はその後も活躍をして、後にヘルド伯爵の目に止まることになる。そして一代限りファンの貴族名が与えられたことで男爵位をもつ貴族となった。


 「……で、家族の方はどうだ? みんな元気か?」


 「ああ、カミさんのへミリも、娘のティラも元気にしているよ」

 パドンのこのような言い回し方も、5年ぶりに再会したガルトンが妻子の名前を忘れているかも知れないとの配慮からだ。


 「そいつは良かった。……俺からの土産もあるから、二人が喜んでくれるとうれしいけどな」


 「あれから、おまえが冒険者を引退して、あのダミラ商会に勤めてるって話は聞いてはいた。どうやら、今もうまくやってそうだな」


 「まぁ、俺の上司が“次はあっちだ、終わったらこっちだ”って、いまもていの良い使いっ走りをやってるよ。なんら冒険者時代と変わらない根無し草の生活ってわけだ」


 「そうか。……この村は、そのダミラ商会から本当に良くしてもらってるよ」


 「この王国が危機で苦しい時、おまえの村は落ち目だったダミラ商会に協力してくれたって聞いてるぜ」


 「俺の村はダミラ商会と昔からの付き合いがあるからな、だからこそ協力をしたわけだ。……まさか、西側のヘルド伯爵が王国を裏切るとは思わなかったよ」


 「王国内部に位置していたこの村が、まさか国境ができて、その緩衝地帯の隣り合わせになるとはな……」


 「だが、今のところは問題ない。いまだ元メルヴィン公爵の敗軍が西の砦に居座ってくれてるから、こちら側へちょっかいを出すなんて余裕がないだろうからな」


 「パドン、その事なんだけどな。……その西側の砦がヘルド伯爵側に襲われて奪い返されたようだ」


 「なっ!? そ、それは本当か?」


 「ああ、どうやらヘルド伯爵側から襲撃される前に、あの砦から兵が逃げ出しているって情報を得ている」


 「その逃げ出した兵は? いったいどれくらいの数なんだ?」


 「逃げ出した兵の数はわからない。ただ、逃げ出したのが3日前って事だから……」


 「……すでに、この近隣へと踏み入れてるって事も考えられるな」


 「ああ、そういうことで警戒をしてくれ。この俺も村に滞在して、できうる限り協力するつもりだ」


 「ガルトン、そう言ってくれると助かる。……すまないな」


 「なに気にするなよ」


 馬車は村の倉庫前へと案内される。


 「久々とはいえ、随分と立派になったなもんだな」

 ガルトンが記憶していたのは、掘っ建て小屋のような家が集まった村であった。

 現在の村にある住居の家は、しっかりした作りの建物へと変わっていた。


 「ああ、ダミラ商会から資材が送られてきてな。すでに組み立て式に加工されていたから、俺たちでも意外なほど簡単に建てることができた」


 「なるほど、これらの家屋はアリナシナ工房製って事か。……って事は風呂場もあるんじゃないか?」


 「ああ、ちゃんと浴場も作ってくれたよ。身体を洗えて身綺麗にできる場所を作ってくれたことに、カミさんも娘も大喜びさ。……男女別々で分けられてるから、変な期待はするなよ」


 「村の女に手を出したら、それこそ大変なことになる。……お前のようにカミさんの尻に敷かれるのはゴメンだよ」


 「うちのカミさんの前でいってみろよ。容赦なく平手打ちビンタを食らうぞ」


 「よしてくれよ。若いときに散々食らったからな」


 「今じゃ笑い話だけどな。……あのあと申し訳ないといって、カミさんには散々泣かれたんだぜ」


 「まぁ、お前を村に残して行くには良い口実だった。……弓使いのお前が抜けた後、その代わりは見つからなかったから、正直なところ大変だったけどな」


 「それ初耳だぞ?」


 「この俺も冒険者を辞めたから話せることさ」


 「なぁ、お二人さん。そんなところで昔話に盛り上がってるところ悪いけどよぉ。そろそろ、荷下ろしをはじめるんで手伝って貰えませんかね?」

 ズッドは箱馬車の後部扉を開けながら大声で呼びかける。


 「パドン、あと何人か集めてきてくれるか?」


 「いや、俺たちだけで良いだろう?」


 「おいおい、どれだけ運ばせるつもりだよ。……若いならともかくさ、俺の歳を考えろよ」


 「互いに、まだ30なかばだろ。……この村じゃ、十分に若者扱いだよ」


 「もう40近いの間違いだろ。……その片足あしを理由に泣き言は無しだぞ」

 このガルトンの言葉に対して、パドンは胸を張りながら鼻先で笑う。


 「……って、この馬車の車輪は別々に動くのか?」

 パドンが箱馬車の構造を見て驚くのも無理もない。

 ガルトン達が乗ってきた箱馬車の左右の車輪は車軸で繋がっていない。

 荷台の外側には可動式の軸受けあり、それに取り付けられた車輪は独立している構造となっている。

 どのような悪路でも、車輪が独立した動きによって傾きを制御する仕組みとなっている。

 車輪が沈むように動いて、荷台の底部を地面へと降ろした。


 「これなら荷台への積み卸しは楽だろ。……まぁ、驚くのはこれからだけどな」

 ガルトンはそういうと、パドンに箱馬車の開かれた扉の中を覗かせた。


 「…………なんだこれ?」

 中は薄らと明るく、その見える範囲だけでも箱馬車よりも明らかに広い空間となっていて、そこには膨大な物資が積まれていた。


 「パドン、この中に入って見ろよ」

 ガルトンは驚いているパドンの背を押しながら荷台の中へと入る。


 「……この荷台はどんだけ広いんだ? それにこの量は……」

 そこに積まれた物資の大きな荷馬車の数十台分を超える量はある。

 村にある倉庫の数倍の広さがある空間には、奥にまで山のように積まれた物資があった。


 「これらは行く先々の村で降ろす予定の物資だ。その大半は元メルヴィン公爵領に卸す予定だけどな」


 「じゃ、俺の村に卸す量ってどれくらいあるんだ?」


 「卸す量だって? まず袋に入った麦が50と干し豆が50だろ、あと塩と砂糖の袋は20だな。大樽に入った酒と明かり油に衣料品と医薬品とかの日用品とかもある。……ほら、二人ともさっさと運びださないと日が暮れちまうぞ」

 ズッドは大きな袋を担ぎ上げた。

 パドンはすぐに村の者を呼び集めると、馬車から卸した積み荷を倉庫へと運び入れる。


 しばらくすると倉庫の前は村人が集まり、賑わいを見せていた。

 女性達は目を輝かせながら、手にした衣料品のサイズを確認しながらも、服の色柄にこだわった選別をしている。

 「この服は中央町ダロスで流行の色柄だね。そっちは南港街ミラで好まれているデザインの服だよ」

 行商人のズッドは商品の説明をしながら、ようやく自分らしい仕事だと、生き生きとした表情をしている。


 「これは内服薬で、こっちは外用薬だな。この大量の油は倉庫とは別の場所に保管してくれよ。下手に火事になった時に大変なことになるからな。あと各家庭には必要分だけを分けてくれ」

 ガルトンは手にした目録リストを確認ながら、各家庭用に常備薬やら油を仕分け作業の指示を出している。


 「ねぇ、ガルトン! この服どうかな?」

 パドンの妻であるへミリが手にした服を身体にあてがいながら、その感想を尋ねる。


 「おいおい、へミリ。……そういうことは、自分のパドン旦那に感想を聞くところだろ?」


 「ウチの人って、“あー似合ってるよ。うん、良いんじゃないか”って、しか言わないのよ」

 へミリの言葉は近場で仕分け作業をしているパドンの耳にも、しっかりと聞こえている。


 「ははは、パドンらしいな。……これは俺からのお土産だ」

 ガルトンが手渡したのは、横40センチ縦30センチ程の大きさ、肩掛けベルトが付いた大口の鞄だった。

 日常的に使い易さを重視したデザインの鞄で、しっかりした作りの品だ。


 「これ、本当にもらっても良いの?」


 「ああ、それは別名、妖精鞄ようせいかばんと呼ばれている品だ」


 「よ、妖精鞄ようせいかばんだって!?」

 パドンは驚いた表情をしながら立ち上がると、すぐさまへミリが受け取った鞄へと手を伸ばす。


 「アンタ、なにするのよ!」

 へミリはパドンを押し退けるようにしながら、もらった鞄を守ろうとしている。


 「オマエ、これが本当に妖精鞄だったら、とんでもなく大変な品なんだぞ」


 「こらこら、俺の前で仲の良い夫婦喧嘩なんかをするなよ。……その鞄は、ウチのダミラ商会の工房で作られた一級品の魔道具だ」


 「ダミラ商会って魔道具を作れるほどの工房を持ってるのか?」


 「ああ、ダミラ商会がアルスタージア王国の職人を集めた工房で作ったんだ。あのアリナシナ工房からの技術指導を受けて、ようやく完成したのが、その魔道具の鞄さ」


 「魔道具の鞄って……普通の鞄と違うの?」


 「まずは、その鞄の口を開いてから、自分の手を中に入れてみればわかるよ」


 「……ほら、アンタが手を入れてみて」

 鞄について説明したガルトンの表情見てから、へミリは何かを察したようだ。


 「お、俺かよ? …………あれ?」

 パドンは文句を垂れながらも、へミリの言葉に従い、自分の手を鞄へと入れた。


 「あ、アンタ……どうしたのよ!?」

 へミリが驚いたのは、そのパドンは腕が肩口近くまで、鞄の中へとすっぽりと収まっているからだ。


 「ま、間違いない。……いや、俺も初めて見るわけだが。そうか、これが本物の妖精鞄ようせいかばんなのか……」

 パドンはやや混乱しつつも、冒険者時代にはお目にかかれなかった魔道具の妖精鞄ようせいかばんを目の当たりして驚いている。

 妖精が持つ不思議の鞄。それは見た目よりも多くの物が入るという不思議な鞄のお伽噺とぎばなしから、その名前が付けられた容量拡張が施された有用性のある魔道具の鞄だ。


 「へミリ、その妖精鞄って品は見た目よりも多くの品物が詰め込めるんだ。……また鞄に入れる物によって出し入れし易いように浅くもなる。つまり入れた物に手が届く範囲で調整されるから扱いやすい魔道具の鞄なんだ」

 そんなガルトンの説明を聞いても、イマイチわからないようだ。


 「ガルトン、本当に良いのか? もの凄く価値がある品だろう?」

 しかし噂程度でも、その価値を知っているパドンからしてみれば、土産で渡されるような安価な品ではない。


 「まぁ、一級品だからな。……パドン、ここだけの話だけどな。その鞄は魔道具しての性能は一級品だが、あまり受けの良いデザインとはいえず、貴族のご婦人方には売れなかったんだよ」

 ガルトンは売れ残りの品であると、土産である鞄の真相をパドンへと耳打ちした。

 しかし、元冒険者であるパドンからしてみれば、新品で作りの良い魔道具の鞄にはかわりない。

 その多くの品物が詰め込めるという機能の利用価値からしても、とんでもない高価な品であると判断はできる。


 「そういえば、ティラはどうしたんだ? 別に土産を用意してるんだけどな」

 ガルトンとパドンは、ズッドの衣料品で賑わっている場所にいると思っていた。


 「あ、ティラなら村の外へ出てるわ」


 「い、いったい何時いつから!?」

 その言葉を聞いたパドンは驚いた表情をしながら、へミリへと問い詰める。


 「な、なによ。……ティラが出て行ったのは朝食を済ませてから、アンタが家を出て行った後よ。別に一人で出て行ったわけじゃないわ、何人か一緒について行ってるから問題ないでしょ?」

 しかし、ガルトンとパドンの二人は嫌な予感をしていた。

 そして、最悪とも思えるその予感は的中する。


 つづく

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