第9話  ガルトンの世間話

 ガルトン達の箱馬車に積まれていたアリナシナ工房製の武具は、上司のカザーからの許しを得て、魔獣使いのシルティへと貸与された。

 西の砦から逃げ出した敗走兵のねぐらへと乗り込む準備はできた。


 「俺はシルティと共に奴等やつらねぐらへと向かうつもりだ」

 ガルトンはこれからの行動を説明するため、村の主立った者を呼び集めていた。

 シルティやティラ、へミリなどもこの場にいる。


 「ねぇ、ガルトンさん。……お父さんが起きるまで、この村にいてくれないの?」


 「昨晩の奴等やつらからの夜襲もなかった。すぐに村が襲われることもないさ」

 そう判断をしたうえで、パドンの失われていた右足を治療したのだ。


 「ガルトンさん。それって、どういうこと?」


 「実はシルティを助けたときに魔獣使いの男がいたんだ。俺は、その男と魔獣に魔法を使った。……夜襲がなかったのは、俺が使った魔法の効果があったからだと思う」


 「だと思う? ……ガルトン、ずいぶんと曖昧な言い方じゃないか。あたしもその場にいたから見ていた。……なぁ、あの魔法を使った意味を教えてくれないか?」

 シルティは魔術式を使った、“のろい”としか教えてもらっていない。


 「……魔法の効果について簡単に言うとだな。あの魔獣使いの男がねぐらに戻ることで、奴等やつらの仲間内で意見の相違や、ちょっとした内輪もめになるように仕向けたんだ。奴等やつらがこの村に夜襲を仕掛けようにも、仲間内で、その話し合いもできなくなる」


 「ガルトンさん、その魔法を使うと、ずぅっと喧嘩をしているの?」

 ティラが魔法の効果時間について尋ねる。


 「いや、魔法の効果は最初だけだ。今頃はそのことで反省してるか、仲間内でちょっと気まずくなってる感じだな」


 「じゃ、お父さんとお母さんの痴話喧嘩くらいかぁ……」


 「ティラ、余計な事は言わなくていいのよ!」

 母親のへミリが恥ずかしそうな表情をしながらツッコミを入れる。


 「ガルトン、なんでその魔法を使ったんだ? アンタなら、もっと効率よく相手を無力化できる手段があったハズだ」


 「シルティ、お前からティラを助けた話を聞いて、その理由を知ったからだよ。……奴等やつらの中に、シルティと同じ境遇に悩んでいるヤツがまだいるかもしれないからな」


 「あの砦から逃げ出した奴等やつらは、あたしと同じ傭兵だよ。……そんなふうに悩んでいるようなヤツなんて、いるとは思えないよ」


 「そのシルティだって、ティラを助けるまでは、奴等やつらに知られないよう隠していたんだろう?」


 「そりゃ、そうだけどさ……」


 「ガルトンさんは、シルティと同じ境遇の人を助けようって考えているのね」


 「いや、俺は手助けをするつもりはない。今回の件、ティラを助けてくれたシルティは特別扱いなんだよ。……それにダミラ商会は客でもない、知らぬ存ぜぬの相手に慈善事業をするつもりはない。いちおう捕縛してから、その確認はする。ただし、シルティとはちがう。奴等やつらには相応の対処をするつもりだ。……それに、これは戦争じゃない。奴等やつらを殺してしまったら、俺の魔法で蘇らせることはできないからな」

 この村の者が襲われ、そして負傷者は出た。しかし、ガルトンが完全に治療したことによって、それが帳消しとなるわけではない。

 しかし、奴等やつらを敵として認めざる得ないとわかるまでは、魔法を使って殺害をするつもりはない。この世界には、死者を蘇らせる魔法など存在しないからだ。


 「…………ガルトンの考えはわかったよ」

 シルティは自分の考えを喉元まで出しかけたが、その言葉を飲み込んだ。


 「とりあえず、村は警戒態勢のまま、俺とシルティの帰りを待っていてくれ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 村から出立すると、ガルトンは昨日使用した魔法を使って身軽な足取りで森を駆け抜け、シルティはシャッコウの背に乗って併走した。

 森を抜け、やがて開けた場所へと出た。


 「ここからは平野、そしてねぐらまでの平地が続くワケだな」


 「このまま奴等やつらねぐらまで、まっすぐに行くにも、その途中に罠が仕掛けてあるよ」


 「その罠に掛からなくても、何かの拍子で、それが作動したら奴等やつらにバレるだろうな」


 「そのとおりさ。……あたしはシャッコウに乗って罠を避けて行けるけどさ。ガルトンはシャッコウの足跡を踏みながら、あとを追いかけて来てくれよ」


 「いや、罠に掛からない条件は、その場所の地面に足を乗せなければ良いんだろ? だったら……」

 ガルトンは手にした短杖をつかい、魔法で自身の体を低く浮かせた。


 「浮遊魔法ってやつかい? それって移動に不便なんだろう?」


 「そうでもないさ。移動する速度はあまりないけど、罠に掛からないように足下を注視して追いかけるよりは、こっちの方が楽だからな」


 「本当に便利を魔法を持ち合わせているね」


 「冒険者をしていた頃に使いたかった魔法だよ」

 ガルトンが冒険者を辞めてから、多くの魔術式を学べる機会と魔法が扱えるようになった事は、なんとも皮肉なことであった。


 シルティを乗せたシャッコウが罠を避けるようにしながら先行して、その後をガルトンが低空で浮遊しながら追いかける。

 平野が終わり、土が露出する殺風景な平地へと踏み入れた。

 ガルトンとシルティは土が盛り上がった所へと身を伏せながら、これから先に進む事についての打ち合わせをした。


 「……罠が無いとは言えないけど、ここからの移動は慎重にしないと、奴等やつらに見つかっちゃうよ」

 赤い魔獣のシャッコウはどうしても目立ってしまう。


 「奴等やつらねぐらがある方向はわかるよな?」


 「ああ、わかるけど。たとえ身を伏せて移動したとしても、奴等やつらの方が、あたし達を先に見つけるだろうね」

 敵をいち早く感知するため、このような見晴らしの良い場所をねぐらにしているのも傭兵の戦術によるものであった。


 「いや、ねぐらの方向さえわかれば、魔法を使った俺の目で確認ができる」


 「そんな便利な魔法があるのか?」


 「魔術師の俺は近接戦闘が不得意でね。敵に見つかって近寄られるのが一番マズいからな」


 「じゃ、あっちだよ」

 シルティが指さす方向へと、背負っていた魔導銃まどうガンを構えて銃口を向ける。

 そして銃口をやや斜め上空へと向けると、低速弾を撃ち出した。初速が低速のため、その発射時の音もしない。

 その弾丸は地表と周囲の景色を魔導銃まどうガンを通じて、ガルトンの目へと映し出した。


 「……こいつは、どういうことだ?」


 「ねぐらにいる、奴等やつらは確認できたのか?」


 「ああ、ちょっと想像していた事態と違っている。……なぁ、奴等やつらの人数だが16名で間違いないよな?」


 「……弓手兵が8名、軽装兵が7名、そしてあの魔獣使いの男だけさ」


 「数でいえば、その全員が死んでる。……どうやら襲われたらしい」


 「はぁ? だって……まさかっ!?」


 「もしかしたら、ヘルド伯爵側が追撃してきた可能性がある。あの砦について、もう少し情報が欲しい。シルティ、もうすこし詳しく話してくれないか」


 「あの砦には食料が山ほど保管されていたんだ。……だけど1年以上も居座っていたからね、全部食べ尽くしたよ。……つまり、食べ物の恨みってことかい?」


 「いや、砦にあった何かしらの金品か、それ相応の品を盗み出しているヤツがいたって事はないか? ヘルド伯爵が取り返したが、あるべきそれが見つからなかったって事さ」


 「最初にいっておくけど、あたしは違うよ。それに誰かしら内緒にして持ち出していたとしても、身に隠せる程度の大きさだよ」


 「小さければ、いや襲った狙いは別にあったって事か……」


 「ガルトン、まさかとは思うけど。……ただの追撃じゃなくて、王国へ攻め込んできているって事じゃないのか」


 「いや、ヘルド伯爵側が王国へと宣戦布告を出したという情報は得ていない。……それこそ小競り合い程度じゃ済まないことになる」


 「なら、ヘルド伯爵側は不法性組織を使ったかもしれないよ。ガルトン、いまのアルスタージア王国ってどうなってるのさ?」

 シルティがいう、この不法性組織とは暗殺や破壊工作などの依頼を受けて暗躍する組織である。

 この不法性組織を使う理由は、その依頼主との秘匿性にある。このように王国内に踏み込んだ事実でも、知らぬ存ぜぬで言い訳ができるためだ。


 かつて、アルスタージア王国内にも暗殺集団・“霞の来訪者”と呼ばれる組織があった。

 黒髪の魔術師アリナを暗殺するため、暗殺率100%の“完殺のリバル”と呼ばれる暗殺者を差し向けた経緯がある。

 自らののろいの効果により、失敗しても死に戻りたらればという、自身の魂を過去へと送りこむ。そして何事もなく暗殺を繰り返す、というトンデモな呪法を行使した。

 そもそも時間の流れ、その世界のことわりを、たった1人の人間ができるわけがない。こののろいは、あくまでも酷似した平行世界パラレルワールドへ自身の記憶を送るだけでしかなかった。

 暗殺に失敗したリバルの死に際の言葉から、アリナはそれを看破した。

 あえてリバルを殺さず、その呪術を逆手にとって術式を組み替えると、深い谷底に生息する食肉昆虫の巣へと送りこんだ。リバルは逃げることも叶わず、虫に生きたまま食われ死ぬという、繰り返される永遠の苦しみを受け続けている。


 「その話は長くなるぞ」


 「なら大丈夫だよ、いまはシャッコウが周囲を警戒しているからさ。ちょっとくらいの長話はできるさ」


 「わかった。……あの不滅の魔女・イローマを倒した、シルヴァール・アル・スタージア新国王陛下は、すぐにあの魔女に加担していた北西へと侵攻した。メルヴィン公爵側はその情報を得て、王国へと宣戦布告を出して攻め込んできたわけだ。これはシルティも関わってることだな」


 「で、7日程度でメルヴィン公爵側が負けたって話だったよね」


 「ああ、メルヴィン公爵領に隣接していた王国の南城塞街みなみじょうさいまちメルーアはすでに陥落し、メルヴィン公爵側の兵は北東へと進軍した」

 アルスタージア王国の東城塞街ひがしじょうさいまちダリアを狙った作戦だった。不滅の魔女・イローマの策略により、城主のミラー伯爵家は真綿で首を絞められるかの如く、権力と力を失いつつあった。

 東城塞街ひがしじょうさいまちダリアのもつ兵力は微々たるとの情報を得ていた。魔鉄が採掘できる鉱山があるとの情報も得ており、王国との戦いを進めていく上で、この東城塞街ひがしじょうさいまちダリアを奪うのが主目的であった。


 「メルヴィン公爵側の主戦力だね。……たしか合計兵数は万軍だと聞いているよ」

 東城塞街ひがしじょうさいまちダリアの衰退は知っていた。傭兵のシルティには、この勝ち戦に加わる権利はない。


 「そうだ。……しかし東城塞街ひがしじょうさいまちダリアの城主・ミラー伯爵が即座に対応したって話しだ。あの武人で名高いサガラ子爵家の前当主であったミツナガ様が近隣にいらしてな。進軍してきた敵を見つけ、わずか10数名の手勢と強襲を仕掛けて、その3000の兵を連れた敵将を討ち取ったって話だ」


 「ち、ちょっと、あの武人ミツナガって、まだ現役なのかい!?」

 バルバニア帝国の出身のシルティですら、その武名を馳せた武家のサガラ子爵家を知っている。代々サガラ子爵家の当主は相応の実力を兼ね備えていて、ミツナガの引退後は嫡男ヨリナガが現当主となっている。


 その武名を耳にした当時のバルバニア帝国の皇帝は、なんとしても自身の元へ招こうと重臣に命じて使者を送った。

 王国貴族の子爵家よりも、さらに上の待遇で迎え入れる条件の旨を伝える。しかし仕えているミラー伯爵家への忠義を重んじて、この皇帝からの誘いを断った事は、ひっそりと語り継がれている逸話である。


 「ああ、そのミツナガ様はアリナ先生から魔槍・カゼツキを授かっていてな。……聞いた話だと、まさに鎧袖一触で瞬く間に敵将を討ち取ったってことだ。このミツナガ様の嵐を起こすような暴れっぷりを目の当たりにした敵兵は逃げ出したって話だよ」


 「その討ち取ったいう敵将の名前はわかるかい?」


 「たしか、1人はバッシュといわれていたな。……それと元暗殺集団・“霞の来訪者”の生き残りの蛮浪バンロウのゴウバだと聞いている。このゴウバってヤツは罪人として指名手配されていたらしいからな」


 「串刺しのバッシュと蛮浪バンロウのゴウバだって!? あの2人を……いや、武人ミツナガの前には相手にならなかったんだね」

 このガルトンの話を聞いて、シルティはその戦いに加わらなかったことに安堵した。


 「シルティは、その2人を知ってるのか?」


 「まぁ、あたしが聞いた程度の情報だけどね。そのバッシュってヤツは味方ですら串刺しにする、女好きでクソ野郎の嫌われ者。……あと蛮浪バンロウのゴウバは散々とバルバニア帝国で悪さしていたからね指名手配されても仕方がないね」


 「その戦いで悪名高き2人が死んだって事か」


 「それにしても、やたらと詳しいよね?」


 「ああ、この戦いにアリナ先生が参戦されたからな。この攻め込まれた、ミラー伯爵様の奥方様とアリナ先生はご友人の関係なんだ。王国への宣戦布告の知らせを受けて、すぐに駆けつけた。……そして南城塞街みなみじょうさいまちメルーアを奪還した後、アリナ先生はこれ以上の無益な戦いはせず、ミラー伯爵様と共にメルヴィン公爵の元へと直接乗り込んだ」


 「そ、それで……メルヴィン公爵は討ち取られて負けちまったのか?」


 「そういうことだが、アリナ先生はメルヴィン公爵と和解の交渉をしたんだ。一方的に攻め込まれたにも関わらず……しかし、メルヴィン公爵は先生からの申し出を受け入れずに拒否した」


 「……なるほど、あたしの部隊はそれを知らず、あの砦を攻め込んでぶんどったって事だね」

 しかも、攻め込んだヘルド伯爵側はすでに王国を裏切り、国土を割譲して領地を主張していた。

 シルティの部隊は王国側を攻めたのではなく、賊軍としてヘルド伯爵側の砦を分捕ったことになる。

 ヘルド伯爵は王国との国交を断たれているとはいえ、この行為は犯罪である。


 「すぐに終戦の知らせは出していた。……傭兵だったシルティの部隊には、その知らせが届くのが遅かったわけだ。あの砦はヘルド伯爵側が所有しているし、王国としても治外法権の場所だからな。話を戻すと、アリナ先生のおかげで、メルヴィン公爵領に被害はないって話だ。いまはミラー伯爵様が滞在して統治されているので、メルヴィン公爵領と呼ばれているわけさ」


 「なら、ガルトンはどう見る? ヘルド伯爵側が王国へ進軍をはじめた場合、その予想は?」


 「王国はすでに北西側とも休戦協定を済ませている。いまの国王陛下には参謀役のイレーナ・ヴォン・バートン子爵様と剣撃舞人けんげきぶじん流の本元であるスレイアー伯爵様、さらに英雄の万屋よろずやジンベー殿がいらっしゃるんだ。下手したら英雄の双撃舞人そうげきぶじんランカ様が呼び戻されて参戦される可能性もある、そうなったら大事になるぞ」


 「でも、そのアリナ先生が、なんとかしてくれるんじゃないか?」

 シルティもガルトンの話に合わせてるように、黒髪の魔術師アリナのことを“アリナ先生”と呼称した。


 「いや、アリナ先生のお考えでは“敵であれば容赦はしない”そう仰ってる。ヘルド伯爵は保身のため本来守るべき王国を裏切った。そしてダミラ商会との取引を一方的に破棄したうえ、多くの王国民を苦しめる結果になった。いまのアルスタージア王国には自国で対応できる武力がある。わざわざ、アリナシナ領主のアリナ先生にご助力を願わなくても、ヘルド伯爵なんて鎧袖一触で蹴散らすことができるのさ」


 「だったら、なぜそれをしないんだ?」


 「王国としては、罰としての見せしめであり、また反省の機会を与えているのさ。……ヘルド伯爵側とは一切関わりをもたないってことだ」


 「そういうことか。……ところで万屋よろずやジンベーに双撃舞人そうげきぶじんランカって、あの白い魔獣英雄殺しの討伐に万軍を率いて加わった2人の英雄だよね」


 「そのとおりだ。いまのお二人はアリナ先生から、アリナシナ工房で作られた武具を与えられているんだ。先生の話だと“あの英雄殺し程度なら、どちらが相手をしても瞬殺だぞ”って仰った。……俺には想像できないよ」


 「このアルスタージア王国は盤石ってことだね」


 「そういえば、教えてなかったな。アリナ先生は複数の国家と同盟を組まれている。あのバルバニア帝国も1年前にこの同盟に加わっているぞ」

 保身に走ったヘルド伯爵はバルバニア帝国の貴族と取引していたが、これによって完全に破綻し、そして手詰まりとなった。


 「そ、それ本当のことかい?」


 「ああ、本当のことだよ。俺が尊敬するアリナ先生は凄いお人なんだよ」


 「……ああ、あたしが砦に引きこもっている間に、ずいぶんと世間が様変わりしていたんだね」

 シルティは、いまの世間の情報を聞いて、まさに浦島太郎のような状態であった。


 つづく

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