第8話 アリナシナ工房製の武具

 ガルトンは元冒険者仲間のパドンの失われた右足を再生治療魔法によって治した。

 治療を終えたパドンは寝息を立てながらベッドへ横たわっている。


 「ガルトンさん、お父さんの足を治してくれてありがとう」


 「ガルトン、本当に本当にありがとう」


 「別にいいよ。……でも、本当に残念だな。本来ならパドンが寝ているときに勝手に治してやって、起きたときの驚く反応が見たかったんだけどな」

 ガルトンは治療したパドンの娘ティラと妻のへミリから感謝の言葉に、少し照れた顔を見せるながらも、破綻した計画に未練があるとぼやいた。


 「お父さんなら、“これは夢だぁ”って大騒ぎしちゃうわ」


 「で、へミリが平手打ちビンタをかまして、それが夢じゃないって、ようやく気づくんだろ? 俺はそれが見たかったんだよ」

 ガルトンは予想していたとおりの展開を口にした。


 「さすが、ガルトンさんはよくわかってるわ」

 ティラが腕を組みながら、感心したように小さく頷いている。


 「……ねぇ、わたしが感激する場面ってないのかしら?」

 このへミリの言葉を最後に周囲から大爆笑が起こった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ガルトンは朝メシを食べようと、ズッドのいる箱馬車へと向かった。

 昨晩のこともあり、ズッドの元には鍋を抱えた村人達が並んでいる。


 「ズッド、おまえ料理人になって店を任されてみろよ」

 ガルトンは朝メシを食べながら、このズッドの料理が十分に店に出せる味だと評価した。


 「この料理に使っている食材は、誰でも手間をかけずに簡単に作れるようになってるんだよ。……これくらいで、この俺が料理人になれるわけねえだろう」


 「とりあえず、カザー主任にでも申請してみたらどうだ?」

 ダミラ商会は多くの料理店を経営もしている。いまの行商人から料理人として変わることも可能だ。


 「……とっくにやったよ、そんでダメだった」

 行商人として荷馬車であちこちへと往来するズッドは、とりあえず希望転職先として申請してみたが、その適性評価は行商人が相応しいとの理由で押し返されてしまった。

 王国の街道や村道、そして長年培った幅広い顔がその理由だ。中年男の転機としての新たな試みは難しいと知って落胆した。


 「俺は今回の件で自信がついた。……この仕事が終わったら、王都か他の主要の大きな町の治療院勤めでも申請してみるつもりだ」


 「んなの通るわけないだろう。……いいところ、使いっ走りであちこちにいる、患者の治療をさせられるのがオチだよ」


 「なんだよ、随分な言い方だな」


 「あのカザー主任が、いまのガルトンの利便性を損なうような役回りを与えると思うか?」


 「……まぁ、俺は俺なりに交渉はしてみるよ」

 ガルトンはズッドの言葉で現実へと引き戻される。


 「その交渉とやらで、俺の手当も上げてくれるように頼んでくれよ」


 「わかったよ。……俺は少し村を離れる」


 「昨日の件か?」


 「ああ、奴等のねぐらを突き止めるため、シルティにも協力してもらう。……たしか、馬車に冒険者の装備を積んでいたよな?」


 「期待してるような魔剣や魔槍は積んでないぜ。……まてよ? 女性用ならアリナシナ工房製の武具があったな」

 思いだしたズッドは目録リストを確認する。


 「まだその装備はあるか?」


 「…………女性用なんだが、ちょっとした問題で一悶着あったらしい」


 「問題? 装備に符呪された効果に問題があるって事か?」


 「いや、問題となった原因は、どうやら機能性というよりも、そのデザインに難があったようだな。……つまり売れ残り品だ」


 「……そうか」

 先日のへミリに土産で渡した妖精鞄ようせいかばんのことを思いだした。


 「まぁ、売れ残り品とはいえ、アリナシナ工房製ともなればカザー主任の許可はいるだろうな」


 「……わかった交渉してみるよ。ズッド、それをとりあえず出しておいてくれ」


 「あのシルティに使わせるにもサイズが合ってりゃ良いけどな。…………とりあえず、この目録リストの記載では問題はなさそうだぞ」


 「なら、あの上司を納得させるだけだな。…………カザー主任、こちらはガルトンです」

 ガルトンはコートの襟に組み込まれた通話の魔道具を使い、上司のカザー主任へと連絡を入れた。


 ――『ガルトン、貴方あなたの方から続けざまに連絡があるのは珍しいですね』

 このカザーはガルトンよりも若く、その年齢は30前である。ダミラ商会のダンパー会長が、そのカザーがもつ目利きの資質を見抜いて育てあげ、相応の役職を与えた。

 その後、カザーは冒険者を辞めていたガルトンを雇い入れた。この2人は上司と部下として、その付き合いは5年が経つ間柄だ。


 「ええ、昨晩も報告しましたけど……」

 これから、砦から逃げ出した敗走兵の居場所へと向かうため、その協力者として魔獣使いのシルティを連れていくことは話していた。

 その必要な装備として、箱馬車に積んでいたアリナシナ工房製の武具の使用と貸与してもよいか、その確認である。


 『……こちらでも積まれていることを確認しました。ガルトンの判断でその装備の使用を許可します』


 「それと、シルティの件ですけど……」


 『ええ、今回の働き次第ということで判断いたします』


 「……きびしいですね」


 『当然です。今回の要求内容を考えれば、その全てを満たせるとは限りませんよ。とくに元メルヴィン公爵領の冒険者組合には、ダミラ商会は殆ど関与していませんからね』


 「まぁ、その意味で俺たちの積み荷があるんでしょうけど」


 『野良ヌコにエサを与えるように、そう簡単にはいきませんよ』


 「面倒くさいまつりごとはカザー主任にお任せしますから」


 『はっきりと物を言いますね。……でも無理はしないでください。今回の件、もし貴方あなたの手に余るようでしたら、こちらから人を送ることも考えています』


 「つまり支援要請を出すんですか。……で、こちらに誰を送ってくれるんです?」


 『対人戦なら双撃舞人そうげきぶじん流の一派から手練れの方を、または王都にいる剣撃舞人けんげきぶじん流の使い手となるでしょうね』


 「まさか、双撃舞人そうげきぶじん流・ガージィ総師範なんて事はあり得ませんよね?」


 『状況にもよりますが、そのガージィ総師範がお手すきであれば可能だと思います。とりあえずは、貴方あなたの目で相手の戦力を確認するのが先決でしょう』


 「ええ、わかりました。できうる限り、俺の方で処置できればと考えておきますよ。……また後ほど報告させてもらいます」

 ガルトンはカザー主任との通話を切った。


 「……どうした。俺が頼んでいた賃上げ交渉はしてくれたか?」


 「この話でいえるかよ。……ちょっと大事になりそうだ」


 「なんだよ、もったいぶらずに言えよ」


 「この件が俺の手に余るようなら、場合によっては、あの双撃舞人そうげきぶじん流・ガージィ総師範を、こちらの方へ送ってくれるらしい」


 「本当かよ! あのガージィ総師範は武人でありながら、とても人当たりがいいお人だぞ。……ところで知ってるか? 少し前の話だが、そのガージィ総師範が1人で下竜種3頭を殴り殺したってことだ」

 下竜種とは人が相手にできないほどの存在の魔獣を示す呼び名である。

 シルティのシャッコウや、あの大魔爪熊だいまそうぐまなどとは比べるまでもなく強大な力を持つ魔獣だ。

 双撃舞人そうげきぶじん流・ガージィ総師範とは闘気術の使い手であり、対人戦はおろか、このような魔獣を相手にして勝利するほどの実力者でもある。


 「その話は知ってるよ。そん時の下竜種の肉を使った料理が王立学園の食堂に期間限定で出されていたからな」


 「……ガルトン、それ食ったのか?」


 「当然だ、俺は迷わずそれを食った。そして食堂に出されていた期間中、ずっと食べ続けた。……すげぇ美味かったからな」


 「くっそ、羨ましいな……」


 「まぁ、砦から逃げ出した敗走兵が下竜種3頭の戦力を持ってるとは思えないからな。ちゃんと調べて報告しないと、……俺の不甲斐ないという事が先生たちの耳にも届いちまうよ」


 「双撃舞人そうげきぶじん流っていえば、アリナお嬢様と関係が深い組織だよな」


 「そうなんだよ。あと剣撃舞人けんげきぶじん流もな。……よほどの相手じゃ無い限り、カザー主任からの支援要請は出させたくはないな」


 「なら今回の件、ガルトンがなんとかして収めないとダメだな」


 「昨日までオオカミの群れを怖がっていたクセに随分と余裕な言い方だな?」


 「何いってるんだよ、いまお前はあの時の元冒険者ってわけじゃない。……期待してるぜ相棒、この俺は村で留守番してるからな」

 いまのガルトンなら、たとえ手足を失うほどの大怪我をしても治療ができる。

 そして、黒髪の魔術師アリナから受け取った魔導銃まどうガンも相応に期待できる代物だと判断していた。

 なにより、上司のカザー主任からの支援要請によって、凄腕の助っ人が送られてくるのであれば安心するのも当然であった。


 「……俺任せとわかれば、やたらと嬉しそうだな」


 「ほら、朝メシを食い終わったら、その装備の入った積み荷を運び出すのを手伝えよ」

 

 箱馬車から積み荷を運び出すと、シルティの装備の着合わせを行った。

 ティラが、その装備の着合わせを手伝った。


 「……ガルトンさん、入ってもいいわ」

 装備の着合わせを行っている部屋から、ティラのなんとも元気のない返事が返ってきた。


 「……なるほど」

 ガルトンはその女性用冒険者の装備を着用したシルティを見て、なぜ売れ残った品であるのか納得した。


 「この装備はとても軽くて動きやすい。……あたしの身体の動きが、ほとんと阻害されないよ」

 シルティは上半身をねじるように動かしながら、身につけた装備に不満はないようだ。

 女性の身体のラインがはっきりわかる薄手の装備、一部を除いては露出が少ない。


 「……ガルトンさん、なんで下着が丸見えなんですか?」

 ティラはこの武具として売れなかった最大の問題点でもある、シルティの下半身を指摘していた。

 両足は太ももまでの高さがあるグリーブとよばれるロングブーツを着用し、下半身に切れ込みスリットが入ったミニスカートを問題視していた。


 「まぁ、それじゃないと用が足せないから。……それに丸見えってワケじゃない。ほら、少し下から覗いたら見える程度だ」

 冒険者は装備を身につけたまま、危険が伴う場所に足を踏み入れる。

 また用を足すためとはいえ、その装備を外していたら時間を取られるうえ、相応の危険を伴う。

 シルティが着用している下着はやや厚手の生地で作られたひもパンツである。

 腰の部分の紐を取るだけで前後から被せるように着用ができる。これなら両足につけたグリーブを脱ぐ必要がない。


 「ガルトンさん、またお父さんみたいなことをいう!」

 ガルトンの軽率な言葉を耳にして、ティラが憤りをみせる。


 「このパンツは、とても機能的でその作りもいい。あたしがシャッコウにまたがっても、なんら申し分ない」

 シルティは身体を回転させ、スリットの入ったスカートを動かしながらパンツをチラリと見せる。


 「シルティ、なにやってるのよ! もう少しくらい恥ずかしく思いなさいよ!!」


 「ティラのそういうところは、ますますへミリ母親に似てきたな」

 このガルトンの言葉に、ティラは項垂うなだれてしまう。


 「ただ難点を言えば、やたらと薄手な作りだという点だな」


 「いや、相当なまでに堅い作りの品だぞ。…………ほら」


 ――カンカン!

 ガルトンはシルティの胸元を指先で叩いてみせた。


 「どういうことだ?」

 シルティは自分の胸に手を当てるも、その表面は布のように柔らかく、聞いた音のような硬い感触は感じられない。


 「矢や投石によるつぶてなどの高速で飛来してきた物体や、斬撃などの振るわれた刃からシルティの身を守ってくれる。ただし、圧で押してくるような攻撃には反応しないって事だ」


 「なるほど、これなら致命傷を避けられる」

 先日の毒矢を受けたこともあり、この装備であればそれらの攻撃から身を守れる。


 「……ガルトンさん、わざわざシルティの胸を叩かなくてよくない?」


 「ま、まぁ、そういうことで、このシルティのその装備の具合は良い感じだな」


 「まって、頭はどうするの? このままだと危ないよ」


 「そうそう、ティラのいうことも尤もだ。……ほら、こうして首元にあるフードを頭に被せればいい」

 シルティの首元を覆っていたスカーフがフードになることを説明した。


 「……いがいと視界も悪くない、首も十分に動かせる。……なるほど、これも同じ作りか」

 シルティは自分の頭を被ったフードの上から指先で叩いた。

 先ほどの身体と同じく、衝撃に対してその部分が硬くなるという特性があることを確認できた。


 「これで、ある程度の身の安全は確保できたな。……あと、その腰につけた短剣を見せてくれないか?」


 「ああ、これだな……ほら」

 シルティは腰の後ろに備えていた短剣を抜いてみせる。


 「……さすがはアリナシナ工房製だな、とても丁寧な作りがいい。その刃は魔鋼鉄製か……ん? これに魔法の付与ができそうだぞ」

 それは刃長30センチほどの片刃の短剣で、その刃は精錬された魔鋼鉄を鍛造によって加工されていて、市場に出せば一級品に値する武器だ。

 ガルトンの冒険者時代には、とてもお目にかかれなかった素晴らしい武器である。


 「ガルトン。なぜ、あたしにこれほどの装備を貸してくれるんだ?」

 魔獣使いとはいえ、体術とそれに伴う近接戦闘術は身につけてきた。

 身体の動きが阻害されない、しっかりとした防具を身につけている万全の状態だ。

 シルティは、これ程の装備を身につけた事はない。


 「昨晩も話したが、相手が罠を張って待ち構えてる可能性がある。……道案内を頼んだシルティには、できうる限り怪我はさせたくはない」


 「わかったよ。あたしがガルトンを奴等やつらねぐらまで、しっかりと案内するよ」


 つづく

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