第7話 奇跡の再生治療魔法②

 村にある浴場で身体を洗ったシルティとティナは再びガルトンが待つ、村の入り口へと向かった。

 篝火かがりびに照らされたガルトンの姿が見える。


 「よう、2人ともしっかり洗ってきたようだな」


 「ガルトンさん。……そういうところ、お父さんに似てるからやめて」


 「ははは……。へぇ、2人ともその服似合ってるじゃないか」


 「そ、そう? 本当にそう思う?」


 「ああ、ティラが小さかった頃を思い出すよ。……ほら、よく泥だらけになって、へミリ母親に怒られていたろ?」


 「……うぅぅ、それ言わないでよ」


 「シルティも似合ってるな」


 「……でも、この色がね」


 「いまじゃ見違えるほどに綺麗になった。たとえ、それが前の服に似た色でもな」


 「そ、そうか……」


 「うぅ……なんか差別されてるぅ」


 「……ところでシャッコウに何をした?」

 赤い魔獣シャッコウがおとなしく伏せている様子から、なにか違和感を感じていた。


 「ん? いや腹を空かせてると思って、俺がメシを食わせた」


 「はぁ!? あたし以外からシャッコウがエサを食べるなんてあるわけ……」

 シャッコウの口元と、近くの地面によだれの跡が確認できた。


 「ガルトンさん、いったい何を食べさせたの?」


 「ああ、丁度いいから見せてやるよ」

 ガルトンは近くの者に頼んでズッドの元から調理に使う、容量15リットルはある大鍋を持ってこさせていた。

 2人の目の前でその大鍋を足下に置くと、取り出した水筒を逆さにして数回上下に振った。

 小さな口元から、水道の蛇口から出たような水が勢いよく大鍋の中へと注がれる。

 ガルトンは大鍋に入った水に手をかざした、すると瞬く間に湯気が立ち上った。


 「わぁ、火も使わずにお湯になった。……これも魔法かしら?」


 「俺が使ったのは振動魔法なんだ。すぐにお湯を作り出すことができから便利なんだよ」


 「でも、ふつうは火を使って水を温めるでしょ? 魔法つかって、火を水の中にいれちゃダメなの?」


 「それは絶対にやっちゃダメだ。そもそも水の中に火の魔法を入れてたら爆発するんだよ。……これくらいの鍋だと、周囲にいる者は大火傷することになる」

 いわゆる水蒸気爆発が起る、その被害程度を簡単に説明した。

 ガルトンは手から、2センチほどの小さな塊を沸騰した鍋の中へと落とした。


 「……ふつうの知識で魔法を使ったらダメだということか」

 魔獣使いのシルティも、ガルトンの説明を聞いて頷いている。

 出会った魔術師の多くがその日常生活において、少しズレた感覚と考えを持っていることに疑問を感じていたからだ。


 「じゃ、お伽噺とぎばなしに出てくる魔法のように服や食べ物はだせないの?」


 「できるワケがない。……もしできたとしたら、人間の世界は駄目になる。考えながら様々な物を作っている技術をもった職人はいなくなだろう。なにより、それを売り歩く商人もいないから、ウチのような商売はあがったりだ」


 「商売? でも、ガルトンさんが持ってきた積み荷ってお金いらないよね? この村の壁や建物なんかもそうだって聞いてるわ」


 「ああ、この村は特別なのさ。それは俺を雇っているダミラ商会を手助けしてくれたからだ。……苦しいときに助けられた恩はちゃんと返す、それがダミラ商会の流儀ってことだ。この村に使われた資材に関しても、西側にここが王国の領地だと示す必要があるからな。……まぁ、俺の上司の話だと、これは投資だって言ってた。つまり、ダミラ商会の縄張りを主張してるのさ」

 西側の元王国貴族であるヘルド伯爵は、過去にダミラ商会との取引のすべてを一方的に破棄した事がある。

 この村に投資した理由も、王国とダミラ商会を裏切ったヘルド伯爵への意趣返いしゅがえしの意味が込められていた。


 「じゃ、ガルトンさんは定期的に、わたしの村に来てくれるのね?」


 「それは無理だな。いまの俺は使いっ走りで、あちこちに回されている。……俺がこの村に来たのも5年ぶりだろ?」


 「そうか……また、しばらく会えないのか」


 「……お、できあがったようだな」

 大鍋の中から大きな物体を取り出して、別に用意したまな板の上に置いた。


 「……これは肉か? しかし、何の肉だ?」

 シルティは大鍋から取り出した、その肉塊を不思議そうに見ている。


 「ねぇ、さっき魔法じゃ食べ物をだせないって……これはなんなの?」


 「俺が鍋に入れたのはコレだよ」

 ガルトンはてのひらに乗せて見せたのは一辺2センチの立方体をした塊だった。


 「これが湯を含んで大きくなったのか?」

 シルティの指摘したとおり、大鍋の中にあった大量の湯は殆ど無くなっていた。

 その取り出した肉塊の大きさから、その重さは8キロもある。


 「できあがったのが、この合成肉の塊ってことさ」


 「ねぇ、その合成肉って?」


 「俺もこれを作る工程を詳しくは知らないんだが。この合成肉は錬金術を使って様々な肉を分解してから合わせて作るって聞いた。…………ほれ、食ってみろよ」

 ガルトンはナイフを取り出すと、合成肉の塊を小さく切り分けて2人へ差し出した。


 「……いただきます。…………なにこれ、美味しいわ」


 「…………塩気は全くない。……味は薄い、いや香草が入っているのか?」


 「ああ、それは調理用の合成肉だからな。だからそれの味付けは料理人に任せるのさ」


 「でも、精肉のように血が全く感じられないわ」


 「まぁ、最初から血が抜かれた肉を使ってるからな。……って、なんだその手は?」


 「もう少しちょうだい」


 「……あたしも」

 ガルトンは2人のおかわりの要求に少し呆れた表情を示すも、先ほどより少し大きく切り分けた肉片を差し出した。


 「……グルゥゥ」

 低いうなり声が聞こえる。


 「……なんだ、まだ食べたいのか?」

 ガルトンは残った合成肉の塊を乗せたまな板を念動魔法で浮かせると、シャッコウの口元へと放り投げるようにして転がした。

 シャッコウはその合成肉の塊にもの凄い勢いで食らいつく。


 「な、なにやってるんだよ! ……そ、それにシャッコウ! アンタも、あたし以外からエサをもらったらダメじゃないか!!」

 このガルトンの突然の行動を目の当たりにして、シルティは合成肉を口にしたまま動揺している。


 「…………味付けされてないから魔獣も食べられるのね」

 ティラはシャッコウの食いつきを見て感心している。


 「シャッコウ、それを食べるのは止めな!」

 シルティは魔獣使いのあるじとして、魔獣のシャッコウへと命じる。

 シャッコウは口を動かすのを止め、前足を使って食べかけの合成肉の塊を押し出した。


 「シルティ、なんで止めたのよ」


 「ダメだよ。……こういう形でエサを与えたらダメなんだ」


 「シルティだって食べてるのじゃない? シャッコウが家族なら別にかまわないでしょ?」


 「あ、あたしは……」

 ティラの突っ込みに返す言葉がない。


 「これは、俺が悪かった。シルティすまない。……最初はシャッコウも食べなかったんだよ」


 「ねぇ、ガルトンさん。シャッコウは、なんで食べるようになったの?」


 「……いや、俺が美味そうに食いながら、シャッコウの鼻先にペタペタ当てたりしていたらな……ガブって食らいついた」


 「アンタがそうやって挑発したのか!」


 「だから謝るよ。……ならシルティがシャッコウに与えてやってくれ」


 「……ほら、シャッコウ、この残りを食べていいよ」

 シルティの許し得て、シャッコウは食べ残した合成肉の塊に食らいつく。


 「美味しそうに食べるね」


 「そういうところからしつけるんだな」


 「魔獣を使うには、そのあるじがしっかりと面倒を見る。……ところで、シャッコウにどれくらい食わせたんだよ」


 「2人が来る前に、さっきの大きさの肉塊を2つほど食わせた。……まだ食い足りないとは思わなかったけどな」


 「……ふ、ふつうは数日に1回程度で腹を満たせば十分なんだよ」

 シルティは慌ててシャッコウへと振り返るも、先ほどの合成肉の塊はすでに胃袋へと収まっていた。


 「そ、そうなのか? それは知らなかった。……すまない」

 ガルトンは長い冒険者生活で食えないときが一番辛いと知っていた。

 そういう気持ちから、シャッコウにエサを与えてしまった。

 しかも与えたエサの総量が20キロを超えている。これはやりすぎたと反省した。


 「ガルトンさんでも知らない事があるんだね」


 「冒険者時代には魔獣使いなんて仲間にいなかったし、また仕事で組んだこともない。人から聞いた程度の知識しかない。与えるメシの量や、そのしつけ方までは知らなかった」


 「……わかったもういいよ」

 シルティとしても、すでに終わった事を蒸し返すつもりはないようだ。


 「まだそこにいたの?」

 ガルトン達のところにへミリがやってきた。


 「お母さん、どうしたの?」


 「晩食の用意ができたら探していたのよ」

 ガルトン達は、村の外に腹を満たして満足げに伏せるシャッコウを残して晩食を食べに向かった。

 ズッドが箱馬車の積み荷にあった秘蔵の食材で作った料理を振る舞い、村の者たちは大いに喜んで食べた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 早朝、起きたばかりの寝ぼけまなこのガルトンの元には、先日の件で大怪我をした患者の家族達が迎えに来ていた。ガルトンをかして着替えさせるとそのまま、患者のいる大部屋へと連れて行った。

 シルティやパドンの家族も、ガルトンの魔法による治療を見るために訪れていた。


 「言われたとおり、ちゃんと朝メシも食わせました」


 「すっかり元気ですから、おねがいします」

 患者とその家族も、先日までの気が滅入っていた様子など全く感じられないに希望に満ちた表情をしている。


 「いや、……まだ俺が朝メシを食ってないんだけどな。まぁ、いいか」

 ガルトンは短杖を手に取ると膝下から両足を失った男の治療をはじめる。

 その奇跡の魔法による効果を見て、周囲から驚きと歓声が沸き起こる。

 治療を終えた患者の両足が元通りになると、それに伴い気を失った事には動揺することもなく、ベッドへと寝かされた。

 この事も先日の予備知識もあるからだ。患者の家族達が寝息を確認すると、治療をしてくれたガルトンに何度も感謝の言葉を口にした。

 続いて片腕と片足を失った患者を治療すると、ガルトンは本命であるパドンの治療をはじめる。


 「なぁ、ガルトン。……その魔法って、やはり再生治療魔法なのか?」


 「ああ、そのとおりだ。元冒険者のお前なら、何度か耳にしているよな」


 「……本来なら数人の高等魔術式を扱える魔術師と、それに必要となる術式陣を備えた魔道師で行われる大魔法だということもな。……なんで、お前だけでその再生治療魔法を行使できるんだ?」


 「不安か? それとも俺が何かしらの代償を払ってるっていると思っているようだな」


 「でなければ、たった1人でそんな大魔法を行使できるとは思えないのさ。……ガルトン、俺の足を治療する前に正直に教えてくれ」


 「ん……。まぁ、この魔法を使うための魔術式なんかの詳しい説明はやめておこう。どうしても知りたいのなら、王都の王立学園に入ればわかることだ」


 「もし、お前の命に関わることなら、俺の足の治療はしなくていい」


 「パドン、そんな怖い顔するなよ。……まぁ、いずれ知られるだろうからネタばらしだ。この再生治療魔法を使うためには、いま俺が手にしている短杖に秘密がある」


 「その短杖に何が?」


 「こうして俺が手にするまで、この短杖を使っていたお方はイレーナ・永代貴族ヴォン・バートン子爵様だ。あの黒髪の魔術師の一番弟子であり、いまは王都で重臣のお役目に就かれているほどの貴族様だ……」

 ガルトンは短杖を譲り受けた経緯を話した。

 冬を迎えた時期、食糧不足となった王国に危機が訪れていた。物流の商いをしているダミラ商会の本部にある倉庫は空っぽで、とっくに食材や塩など底をついていた。

 唯一頼りにしてた西側からの取引も一方的に破棄され、この状況に絶望してたダンパー会長の元へと黒髪の魔術師として名を馳せいていたアリナとその仲間が現れる。

 その中の1人に辺境の男爵位をもった父親を失い、残務処理のため年内限定貴族フェスという貴族名を拝命された、イレーナ・年内限定貴族フェス・バートン男爵がいた。

 行商から帰ってきたガルトンは、上司のカザーから現在の状況を聞いた。そのバートン男爵が、ダミラ商会の本部で数多くの怪我や病気で苦しむ患者たちを魔法で治療しているという。

 長い冒険者として得た知識と経験から、その話の内容が信じられないと疑った。

 だが、ガルトンが目の当たりにしたのは事実であった。さらに信じられない事に、多くの患者の治療を行いながら、ダミラ商会の広い敷地内は春先の暖かさを保つように魔法を行使していた。

 さらに驚くべきはバートン男爵の収納魔法によって収められていた、アリナシナ工房の錬金術を用いて作られた大量の食材や物資が空っぽ倉庫へと運びこまれたことである。

 またダミラ商会にあった石材屑を分解再錬成して作成した、暖かい明かりを発する魔道具を大量に量産して、暖を取れずに寒さに苦しむ住民達へと配布した。

 これらの仕事を手伝いながら目の当たりにした元冒険者のガルトンは、自身の今まで凝り固まった常識と知識が全てぶっ飛んでしまった。

 黒髪の魔術師アリナへのお目通りが行われた際、ガルトンが魔術師であるという理由だけで、一番弟子のバートン男爵が使わなくなったこの短杖を譲り受けた。


 不滅の魔女・イローマとの戦い後、辺境貴族であったバートン男爵はアルスタージア王国へと迎え入れられ、子爵位をさずかることになる。


 「……ということさ。この短杖にはバートン子爵様が組み込んだ様々な魔術式が入っている。俺はその中から使う魔術式を選び出して行使しているだけなんだよ」


 「その短杖を手にすれば、誰でも魔法が行使できるって事か?」


 「いや、それは無理だな。俺だって最初の頃は、この短杖に収められた多くの魔術式を理解する事ができず、かなり四苦八苦したよ。だから、上司に頼みこんで王都に新設された王立学園で魔術を学ばせてもらった」


 「なるほど……いかに名職人が作った弓でも、それを扱える技術が無ければ宝の持ち腐れ、というわけか」


 「ガルトン、話の途中で悪いけど、あたしもその黒髪の魔術師について噂には聞いていたけど。……あの“英雄殺し”と呼ばれた白い魔獣を討伐したって魔術師か?」


 「なんだ、先生のことをシルティは知ってるのか」


 「噂程度だけね。そもそも、その白い魔獣は3人の英雄と万軍をもってしても倒せなかった。……まして、その戦いで英雄の1人、“飛刃ひじんの剣士・バーラン”が倒されたって聞いてるよ」


 「そのことから魔獣としては珍しい“英雄殺し”という二つ名が付いたのは有名な話だな。……その英雄殺しという魔獣は黒髪の魔術師アリナ様の魔法によって、あっさりと討ち取られた。当時のバートン男爵様が黒髪の魔術師アリナ様を雇い入れた事は、有名な話として王都で語られいる事実だ。その後、バートン男爵様はアリナ様の一番弟子となって、その才覚を開花させた。……いまの俺の魔法は、そのお二人の足下にすら及ばない。まぁ、アリナ先生は大領主のご身分でもあるし、一番弟子のバートン子爵様は王国貴族として迎えられ、いまも重臣としてご活躍なさっている。この時点で、いまの俺とは天と地ほどの差があるけどな」


 「ガルトン、おまえはいったい……」

 パドンは、まるで見てきたかのように英雄譚えいゆうたんを語る、そのガルトンの姿が元冒険者仲間とは思えなかった。


 「パドン、なに変な顔で俺を見てるんだよ。いま目の前にいるのは、お前の知っている俺のままだよ。……ほら、朝メシ前にお前の足を治してやるから、その義足を外せ」

 ガルトンは再生治療魔法で、パドンの5年前に失った右足を元へ戻した。


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る