第6話 奇跡の再生治療魔法①

 ガルトンは、連れてきた魔獣使いのシルティが村の者から警戒されている状況を打開すべく、負傷者が収容されている大部屋へと入った。

 今回の件で負傷した3人の男達は、各々距離を置いたベッドに横たわり、その周囲には悲しげな表情で見守る家族達がいる。


 「ズッド、ケガ人にちゃんとメシは食わせたんだろうな?」


 「ガルトン、無茶言うなよ。……手足を失っちまって、これからの生活をどうするのか、家族共々で悩んでいるところにメシを食えって言えるかよ」


 「なんだよ、じゃ誰もメシを食ってないって言うのか?」


 「1人だけいたよ。……ほら、あの右腕を失った男だ。なんでも結婚してまだ1年くらいって話だ。……子供も生まれるらしい」

 独り者で根無し草の身であるズッドとしては、今回の件の被害者となった若夫婦の状況を見てなんとも苦しい思いをしていた。


 「よし、1人でもいてくれたならいい」


 「おいおい、まさか、あの夫婦になんて言葉をかけるつもりだよ?」


 「まぁ、見ていろよ」

 ガルトンはコートの内側から短杖を取り出すと、右腕を失った男のベッドへと向かった。


 「ガルトンさん、俺を助けてくれたって聞きました。……ありがとう」

 そのベッドから上半身を起こした男が受けた怪我は右肩から腕を切り落とされていた。


 「……夫を助けてくれてありがとうございました」

 すこしお腹が大きくなった妻が、悲しげな表情で礼を述べる。


 「身体の具合は……まぁ、気を悪くしないでくれ。しっかりメシを食ってくれたようで良かった」


 「ええ、これから子供が生まれます。……たとえ片腕でも、なんとか生きていこうと。だからメシはいただきました」


 「ああ、それでいい。……よし、これから起こることをよく見ておけ」

 ガルトンが連れてきた者たちは、患者のベッドの周囲を取り囲むように並んだ。

 その手にした短杖をゆっくりと失った男の右肩部分へと寄せる。

 一瞬力強い光が短杖の先から放たれると、見ていた者たちの前で奇跡が起こった。

 男の右肩から失われたはずの右腕が生え出すようにして現れたのだ。


 「…………ふぅ、これで大丈夫だな」

 ガルトンは3分ほどしてから治療を完了したことを告げた。


 「ほ、本当に腕が? ……ねぇ、どうしたの!? アナタどうしたのよ!!」

 妻は夫の腕が元に戻ったことに驚いていたが、その本人に意識がないことに気づいた。


 「この魔法を使うと、患者の身体に負担がかかるからな。見てのとおり気を失うか眠ってしまうんだ」

 この魔法は瀕死の状態となった患者には使えない。適切な治療を終えた患者に滋養をつけさるため、ズッドに食事を用意させた。


 「……本当に眠ってる」

 ガルトンの説明を聞いて、慌てていた妻は横たわる夫の寝息を確認して安堵した。


 「明日の朝、もういちど右腕の具合を確認するよ」

 ガルトンの言葉に妻は何度も礼を述べた。


 「お、おい、ガルトン。そ、その魔法はいったいなんだよ」

 ズッドは問い詰めるようにいまの魔法について説明を求めた。


 「そう難しく考えないでくれ。半日くらい右腕が切り離れていたって、そう思ってくれたらいい」


 「んな馬鹿なことあるか! とんでもない奇跡の魔法じゃないか!」

 ズッドの言葉に周囲の者たちも賛同を示すように頷いている。


 「この魔法は説明が難しいんだよ。詳しく知りたければ王立学園にでも入学すればわかるよ。……ただ、この魔法を習得できるかは、別の話だけどな」

 連れてこられた者たちは、この奇跡の光景を見せた意味を理解した。

 あのティラを助けてくれた女兵士が死にそうであったという事、それをガルトンの魔法による治療を受けたということは想像に難くない。


 「これを見てわかったろ? この俺が魔法で治療したから、いまのシルティが……」

 説明している最中さなか、そのガルトンの腕を強引に引っ張ったのは、他の患者の家族達であった。


 「お願いします、うちの子の腕と足を治してください」


 「お願いです、夫の両足を治してください」

 患者の家族達から、ガルトンはすがりつくように頼まれる。


 「あぁ、今日はダメだ! 治療するにも、その空きっ腹で泣き疲れた状態の身体には、この魔法は使えないんだよ。とりあず、今晩はしっかりメシを食って寝ていろ。明日の朝、その手足をちゃんと治してやるから心配するな」

 ガルトンの言葉を聞いて、その家族達はズッドの元へと押し寄せると作り置きしていた食事を手に取り、すぐに負傷した者へと配膳して強引に食事をさせた。


 再び村の入り口へと戻ると、パドンとティラの親子のにらみ合いはまだ続いていた。

 親子のにらみ合いの側に置かれた篝火かがりびの明かりが、その場の雰囲気になんともいえぬ効果を出していた。


 「……パドン、このシルティと魔獣のシャッコウが死にそうだった事は事実だ。……なんだよ、その顔は」

 戻ってきたガルトンの言葉に、パドンはうんざりした表情でふりかえる。


 「このティラが、お前と同じ台詞をズッと言い続けてるんだよ」


 「だって、お父さんが全くわかってくれないんだもの!」


 「なら、俺が連れて行った者たちから、あの怪我をした患者に何が起こったのか聞いてみろよ」


 「患者だって? ……おまえたち、いったい何を見てきた?」

 このパドンの質問に、先ほどの奇跡の魔法を目の当たりにした者たちが詰め寄るように群がった。


 「パドンさん! ガルトンさんの言ってたことは本当なんですよ!」


 「なくなった腕が、あっという間に生えてきて……」


 「初めて見ましたよ。たとえ死んじまいそうなヤツだって、ガルトンさんの魔法なら元通りにしちゃいますよ」

 パドンはガルトンの奇跡の魔法を目の当たりにした者たちからの報告責めにあう。


 「わかった! わかったよ! …………ガルトン、お前が使ったのはどんな魔法なんだよ」


 「詳しく説明するにも難しい魔法なんだよ。……この魔法は、お前の足を治してやるつもりで習得したんだ」


 「その魔法なら、俺の右足も治せるってことか? 5年も前に失った足だぞ?」


 「まだ5年しか経ってない。……さすがに10年過ぎたら治せないって実例が報告されているけどな」


 「そんな奇跡の魔法なんてあるのか?」


 「それについて詳しく説明するよりも、こうして証人を前に実証してきたわけだ。……まずはへミリにティラが無事に帰ってきたことを伝えろよ」


 「わかった信じるよ。……だが、その魔獣は村に入れることはできない。わかるだろう?」


 「ああ、それは理解している」


 「ティラ、母さんが待ってるから家に戻るぞ」


 「お父さん、1人で家に帰ってお母さんに、わたしが帰ってきたって伝えてちょうだい」


 「お、おい……」


 「パドン、いまのティラにはとりつく島もないってことさ。……とりあえず、お前は言われたとおりに家に帰って、この事を伝えて来いよ」

 ガルトンは困惑しているパドンの背中を押して、この場から立ち去るように指示した。


 「……なぁ、ガルトン。……いや、これは俺の家族の問題だ」


 「ああ、魔獣のことは俺が見ていてやるから安心しろ」

 ガルトンは、家へと戻るパドンの背中を見送った。


 「……ねぇ、あたしとシャッコウが邪魔になるなら、この場から立ち去るよ」


 「ダメよ! シルティの抱えた問題がなんも解決してないじゃない」


 「ティラのいうとおりだ。それにシルティが命じれば、シャッコウだっておとなしくしてるんだろう?」


 「でも、シャッコウを残して離れるわけにいかないよ」


 「俺がシャッコウの側にいてみているから、ティラはシルティを連れて浴場へ連れて行け。とりあえず、その汚れた身体を綺麗に洗ってこい」

 小汚い姿のシルティは、このガルトンへ返す言葉もない。

 ただ、面と向かって言われたことに対して、なんとも恨めしそうな視線を送っている。


 「が、ガルトンさん、女の人にそんなことを言ったら失礼でしょ!」


 「とりあえず、いまのシルティが身綺麗になれば、それを見た村のヤツらの対応も少しは変わるだろう。俺たちが運んできた積み荷で服や下着を持ってきたから、そんな兵服は捨てちまえよ」


 「……シャッコウ、ここでおとなしく待ってるんだよ」


 「ガルルゥ」

 シルティの命令に従って、シャッコウはこの場に伏せた。


 「じゃ、シルティ。わたしたちは身体を洗いに行きましょう」

 ティラはシルティの手を引いて村にある浴場へと向かった。


 しばらくすると、ガルトンのところにへミリが走ってやって来た。


 「ガルトン、ティラはどこ? ウチの人から無事に帰ってきたって聞いたのよ」


 「いまティラは助けてくれた恩人を連れて浴場へ行ったよ。へミリ、俺たちが運んできた下着や服を持って行ってくれないか」


 「ティラのサイズはわかるけど、その助けてくれた人のサイズはどれくらいかしら?」


 「背は少し高いけど、ティラと同じくらいのサイズで大丈夫だろ」


 「わかったわ。……それと話を聞いたんだけど、ウチの人の足を治せるって本当なの?」


 「ああ、本当はパドンが寝ているときにでも、俺が勝手に治してやろうかと思っていたんだ。……せっかくのドッキリ計画が台無しだ」


 「……ガルトン、ありがとう。……本当に色々とね」


 「なんだよ、しんみりするなよ」


 「そうね。……そこにいるのが、その恩人が連れてきたって魔獣ね」


 「ああ、ティラを乗せて無事に届けてくれた。……近づいたり、手を出したらダメだぞ。魔獣使いの主人以外には噛みつくようにしつけられているからな」


 「わかったわ。……娘を助けてくれて、ありがとうね」

 へミリは魔獣のシャッコウに礼を述べると、この場から立ち去った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 シルティはティラに連れてこらられた村にある浴場に入った。


 「すごいな……お湯がこんなに使えるなんて」

 シルティは頭からお湯を流しながら、久々に身体中にこびり付いた汚れを落としはじめる。


 「ねぇ、シルティどっちの石けんを使う?」

 ティラは両手に持った香りが違う石けんを差し出すように選ばせる。


 「……できれば匂いがない方が良いんだが」


 「じゃ、お父さんが使ってる石けんね。……狩りをする人が使うんだけど、これを使う女の人は珍しいわ」

 ティラは狩人が使う、無香料石けんでシルティの髪を洗いはじめる。


 「匂いが……あると、シャッコウが……困るから」

 シルティは頭髪と頭皮をゴシゴシされながら、その心地よい感覚に満足している。


 「そうよね。お母さんが匂いのきつい香料を使ったときね、お父さんが“臭い”って文句言ったら、平手打ちビンタを飛んできたわ」


 「……とても仲が良い両親だな」


 「ねぇ、シルティの両親は?」


 「……あたしが子供の頃に死んだよ」


 「……ごめんなさい」


 「いいんだ。……いまはシャッコウがいる」


 「あのシャッコウとは長いの?」


 「あたしが子供の頃から、……だいたい10年くらいかな」


 「魔獣って長生きするの?」


 「あのシャッコウは大山虎とよばれている魔獣なんだ。……100年くらい生きたって、あたしを育ててくれた師匠からそう教えてもらった」


 「じゃ、シルティより長く生きるってことよね」


 「そうでもないさ。……いまのような稼業をしていれば寿命なんて関係無しに、あっという間に死んじゃうからね」


 「……そうだよね。他の仕事ってできないのかな?」


 「いろいろ考えたよ。……シャッコウは雑食なんだけど、けっこう食費がかさむんだ。……魔獣は村に入れてもらえないのも、家畜が食べられる恐れがあるからね」


 「こっちで冒険者やらない? それならシャッコウにだって活躍できるんじゃないかな?」


 「それでも村や町には入れない事にかわりないんだよ。なんにせよ、あたしの罪人認定を取り消さない限り、別の登録すらできないからね」


 「難しいね。……いい人を見つけて、結婚しちゃうしかないかな」


 「あのシャッコウが、あたし以外に懐くとは思えないよ」


 「うーん、どこかにいるんじゃないかな。……世界は広いって、お父さんもいってたから」

 身体を洗い終えた2人は脱衣所へ向かった。


 「ティラ、おかえりなさい。貴女あなたが娘を助けてくれた恩人さんね。ほんとうにありがとう」

 脱衣所では身体を拭うタオルを持ったへミリが待っていた。


 「お母さん、ただいま。……変な場所だけどね。こっちが、わたしを助けてくれたシルティよ」


 「……助ける必要があったから」


 「それでも、娘を助けてくれた事にかわりないわ。……ありがとう」

 へミリの感謝にシルティは少し照れた表情で小さく頷いた。


 「あれ、これ違う? なんで用意した服がないの?」

 下着姿のティラは、自分が用意した服が違うことに気づいた。

 浴場へ来る途中で、ようやくケガ人の看病から解放されて片付けをしていたズッドに頼んで、服と下着を手に入れた。


 「そこにあった服は、お母さんがズッドに返しておいたわ」


 「お母さん、せっかく選んで持ってきたのに、なんで返しちゃったのよ!」


 「あんなチャラチャラした赤い服なんて、お母さんは絶対に認めません」


 「別にいいじゃない! それになによ、この飾り気のない服は!」

 ティラが文句を垂れながら、その手にしていたのはシンプルなデザインのワンピースだった。


 「何いってるの。そういう飾り気のない服装が似合ってるのよ」


 「い、色だって……なんで、よりによって茶色なのよ!」


 「その方が服に着せられてるって感じじゃなくて、中身の見栄えが良いからよ。それに汚れも目立たないし、ほら、ティラはよく汚すじゃない」


 「もう泥遊びをする子供じゃないのよ」


 「ぷ、ぷぷぷ……」

 その親子のやりとりをみて、シルティがいまにも吹き出しそうな口を押さえながら我慢している。

 自分にはいままで縁が無かった、このようなやりとりにも、面白いと思えるところがあったようだ。


 「ほら、シルティに笑われてるじゃない」


 「……で、あたしの服は青色なんだね」

 へミリが用意した服のデザインには不服はない。

 しかし、以前の元メルヴィン公爵側が採用していた青色の兵服の色と同じであった。


 「あら? 青色は嫌い? けっこう似合ってると思うけど……」

 へミリはそんな事情を知らない、だが、赤い髪と小麦色の肌のシルティに似合っていた。

 ティラは鏡の前で茶色のワンピースを来た自分とにらみ合いをしてる。


 つづく

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