第5話 村への帰還

 さらわれたティラは、元メルヴィン公爵側に雇われた傭兵で魔獣使いのシルティによって逃げ出すことができた。

 しかし、そのシルティは毒矢を受け、従えた魔獣のシャッコウと共に倒れてしまう。

 動けなくなったシルティとシャッコウをその場に置いて、ティラは村へ戻る途中でガルトンと5年ぶりの再会を果たした。


 「此奴コイツの処置ってどうするのさ? わたしがこの場で始末しても構わないんだよ」

 シルティは腰に下げた短刀を抜くと、倒れている魔獣使いの男へと歩み寄る。


 「まてまて、ティラを助けてくれたとはいえ、お前の言い分を全て信用しているわけじゃない」


 「此奴コイツらを生かしておいたら、後々厄介なことになるよ?」


 「たしかにそうだ。……ところで、この大魔爪熊だいまそうぐまは、俺が知る体色と違うんだが?」

 アルスタージア王国の南東部に生息する大魔爪熊だいまそうぐまの体色は黒毛で青みがかっている、

 しかし、目の前で倒れているこの大魔爪熊だいまそうぐまの体色は茶色だ。


 「バルバニア帝国の内陸部に生息しているからね。こちらじゃ珍しいかもしれないけどさ」


 「まぁ、お前の稀少種のシャッコウよりは普通の魔獣って事か……」

 ガルトンは倒れた魔獣使いの男の服装を剥ぐと、その腹部に短杖を使って魔術式を描き写した。


 「なんか細かいけど、それって魔術式かい?」


 「シルティは魔術式がわかるのか?」


 「いや、あたしの本職じゃないからね。見てきた魔術式に似てるってだけで、その内容まではわかないよ」


 「これは魔術式を書き写してる、この男にのろいをかけているんだよ」


 「じゃ、それって呪術式ってことか? アンタは呪術師なのかい?」


 「呪術式で行使する魔法も、その基本は同じで、こうやって魔術式で行使することもできるんだ。ただし、複雑な工程を必要とする術式なら相応の知識と理解力、そして経験がなければ無理だ。……と、俺の先生は教えてくれた」


 「魔法を行使する魔術式って、人から教えてもらった程度で覚えることなんてできるのか? ……ところで、アンタはなんののろいをかけてるのさ」


 「いや、普通なら何の問題もないのろいさ。……此奴コイツがシルティの言っていたとおりのようなヤツでも、いまの仲間達と上手くやっているようならば、こののろいは発動しない」


 「その問題ないって、どういう意味なんだよ?」


 「まぁ、詳しくは結果が出る明日だ。そのときの様子を見てから説明をするよ」

 ガルトンは大魔爪熊だいまそうぐまにも、魔獣使いの男と同じのろいををかけておいた。


 「じゃ、あたしはアンタと一緒に村へ向かうんだね」


 「ああ、その途中でティラと合流する。あとは村のみなに説明してはみるが、うまく説得できれば良いんだけどな」


 「……わかった。アンタに任せるよ」


 「シルティ、俺の名前はガルトンだ」


 「わかったよ、ガルトン」


 「じゃ、シルティの相棒を起こさないとな」

 ガルトンは魔法を使ってシャッコウを覚醒させた。


 「ガルルゥゥ……ガルルゥゥ」

 目覚めたシャッコウは、ガルトンに向かって威嚇をはじめる。


 「大丈夫だ。……ホラ落ち着くんだよ。…………そう、それでいいんだ」

 シルティはシャッコウの首に抱きつきながらなだめる。

 ガルトンはシャッコウに威嚇されてから、徐々に後退あとずさりしており、その距離は10メートルに達しようしている。

 健康体になった大型の魔獣なら、それでも十分に飛びかかるに足りるだけの距離だ。


 「もう大丈夫だよ。……ただし、シャッコウに迂闊に触れたり手を出す素振りを見せたら大怪我するよ」


 「ああ、わかった。できうる限り近づかないようにする」

 ガルトンはシルティとシャッコウを連れて、ティラの待つ場所へと向かった。



 「……この辺りなんだけどな」

 ガルトンは周囲を見回しながら、いるはずのティラを探す。


 「本当にこの場所なのか? シャッコウもあのの気配を感じていないよ」

 魔獣使いのシルティも、自信のもつ感知能力に関しては自信がある。

 ティラの匂いを覚えているシャッコウですら、この周囲から気配を感じ取れないというのだ。


 「ティラ、もう大丈夫だ! 俺の声が聞こえていたら、その場から少し動いてくれ!」


 「ガルトンさん! わたし、ここにいるじゃない! 二人して聞こえないフリをするなんて、酷いじゃないのよ!」

 探していたティラはガルトン達の目の前に突然と現れた。


 「なぁ!? な、なんで? どっから出てきた??」

 シルティは突然現れたティラを見て驚いている。

 魔獣のシャッコウですら、その大きく見開かれた目をパチクリしているほどだ。


 「はじめからいたわよ。ガルトンさんが、動くなって言ったから……」

 ガルトンが怒るティラの頭に手を置いて落ち着かせると、先ほど渡した宝石を返してもらった。


 「この石は魔道具なんだ。……この石を両手の持ちながら、自身の心音を重ねるとその能力ちからを示す。その魔法の効果はティラの姿や声そして匂いすら、こうして近づいてきた者に感づかれることはない。ただし、使った場所から大きく動いたら、いまのように姿は見えるようになって魔法の効果はなくなる」


 「いや、なんだよ。あたし、そんな凄い効果のある魔道具なんて見た事ないよ!」

 なにせ従えた魔獣のシャッコウですら、目の前にいたティラの存在を全く感知していない事に驚いている。


 「俺も、これほどの効果があるなんて思わなかったんだよ」

 ガルトンはコートのポケットから細いくさりを取り出すと、その宝石の台座に取り付ける。


 「その宝石ってすごいお守りなのね。…………えっ!?」

 ガルトンの手がティラの首へと回る。

 魔道具の宝石はくさりを取り付けたことでペンダントになった。


 「……ほら、これは遅くなったがティラの成人祝いだ」


 「が、ガルトンさん。……こんなに綺麗な宝石もらっちゃって良いの?」


 「ああ、ティラに危険が迫っている時に使ってくれ。今みたいに姿を隠して守ってくれるからな」


 「ガルトンさん、ありがとう! この贈り物は大切にする!!」

 ティラは頬を赤くしながらペンダントをくれたガルトンに気持ちのこもった感謝の言葉を述べた。

 この2人のやりとりを前にして、シルティは居心地が悪いと感じているようだ。


 「そう言ってくれるとうれしい。……さぁ、村へ戻ろう」


 ガルトンは村へ帰る途中の道中で、今回の経緯いきさつを聞いた。

 ティラもシルティと魔獣のシャッコウとの自己紹介を済ませる。


 「……あたしがティラの尋問をするからって事で、隙を見て半ば強引に連れ出したんだよ」


 「あのままだったら。……わたし、酷い目にあわされるところだった」

 村の情報を聞き出した後、そのティナの身をどう扱うか、男達の会話を聞けば想像に難くない。


 「人質のティラにキズをつけられたら、あたしの目論見もくろみも破綻しちゃうからね」


 「さっきの罪人認定の話だな?」


 「ああ、だから絶対に無事な姿で村へ届けてやろうと必死になってやったことさ」


 「シルティ、本当にありがとう」


 「ティラ、あたしはアンタを利用しようとしたんだ。……だから、礼なんて言わなくていいよ」


 「ううん。それでも、わたしを守ってくれたことに変わりないわ」


 「ティラのいうとおりだ。……シルティ、そしてシャッコウも、ティラを助けてくれてありがとう」


 「アンタまで……」


 「砦を奪っちまった罪人認定の取り消しと、これから傭兵を続けていけるようにする事も、とりあえず俺の方でなんとかしてみるよ」


 「アンタ、それを本当にできるのか?」


 「シルティ、俺の名前をいい加減に覚えろよ」


 「わ、わかったよ。ガルトン、こんな無理なことを本当に頼めるのかい?」


 「ああ、俺の上司に直接頼んでみるよ。……まぁ、それがダメでも別の手があるからな」


 「うん、大丈夫だよ。なんていったって、ガルトンさんは何でもできるんだもん」


 「ティラ、お前は昔から俺を勘違いしているぞ」


 「だって、お父さんが言ってたわ。“俺が知るかぎり、あのガルトンは魔術師として最高の冒険者だ”って」


 「俺に関するパドン父親の話は半分以上は盛ってるからな、ちゃんとした大人になりたければ信じちゃダメだぞ。それに俺は冒険者は引退してるから、その話の評価は無効だ」


 「全部本当の話よ。それに今回だって助けに来てくれた。……こんなに素敵な贈り物まで頂いちゃったからね」


 「ティラのそういうことろはへミリ母親に似てきたな。……そのうち平手打ちビンタを振るうんじゃないか?」


 「やめてよ! わたしは、そんな乱暴な事はしませんからね」

 日が暮れて周囲が暗くなりはじめた頃、ようやく村を囲う高い壁が見えてきた。


 ――シュ!

 突然、ガルトン達の目の前に矢が飛んできた。

 しかし、その矢は瞬く間に減速して地面へと落ちた。


 ガルントンは自分の手で輪を作ると、すぐさま口元に当てて村の方角へと魔法で声を飛ばした。

 『パドン、矢を射るな! 無事にティラを取り戻してきた!!』

 すると村の方で明かりを灯した松明を大きく振った合図が確認できた。


 「……あの距離から、シャッコウを狙った?」


 「ああ、矢を放ったのはティラの父親だな。……シルティ、すまないな悪気はないんだ」

 体色が赤く目立つ大型魔獣であれば遠目でも確認できる。

 しかし、シャッコウを狙った矢の射角精度から判断しても、射手として相当な腕の持ち主だとわかる。


 「でも、なんで矢が落ちたの?」

 ティラは地面に落ち田を拾い上げ、それが狩猟で使う父親の矢であると確認した。


 「俺の周囲には、矢のように早い飛来物を減速する魔法の効果が常に働いているんだ。飛んできた矢はその効果によって落とされたんだ」


 「……つまり、そのガルトンが着ている服も魔道具ってことか?」


 「そのとおり、このコートのお陰で何度も助けられたからな。……まったく意識していないときの不意打ちは怖い」


 「お父さんに文句を言わなきゃ! ガルトンさんがいなければ、シャッコウに当たっちゃうところだったからね」


 「ティラ、そう怒るな。これは村を守るためにやったことだからな」


 「……お父さんには文句だけにするわ」

 ガルトンはこの言葉を聞いて、ティラがへミリ母親の娘であると実感した。


 村に到着すると弓を手にしたパドンと村人が出迎えてくれた。


 「ティラ! 良く無事で帰ってきてくれた!」


 「お父さん! 危ないでしょ!」

 ティラは歩み寄ってきたパドンへ手にした矢を突き出した。


 「あ、いや……まさか魔獣を連れて帰ってくるとは思わなかったんだ」


 「ガルトンさんがいなかったら大変だったんだからね」


 「……やはり、この矢を止めたのはガルトンなのか」

 パドンの矢は赤い魔獣シャッコウに命中していたハズだ。

 なぜか動きがないと編に思いつつも、続けざまに2射目の矢をつがえたときにガルトンの声が聞こえたので止めた。


 「まぁ、もう終わった事だ。……それより、この警戒を解いてくれないか?」

 ティラとパドンのやりとりをしている最中も、周囲の村人はシルティとシャッコウから目をはなさい。

 何人かは矢を番えている者すらいる。


 「……ガルトン、その女は元メルヴィン公爵側の兵士だよな? その赤い魔獣を連れているって事は、その女は魔獣使いだろ?」


 「ああ、みなが警戒する気持ちはわかる。だが、ティラを救い出してくれたのは、このシルティと魔獣のシャッコウのおかげだ」


 「そうよ! シルティとシャッコウがいなかったら、わたしは酷い目にあわされていたんだからね!!」


 「本当にそうか? 村に引き入れるためにわざと仕向けた罠じゃないか?」


 「お父さん、なんて事をいうのよ! わたしを庇ってくれて、死んじゃうくらいの大怪我をしたのよ」


 「パドン、そう疑うのはわかる。……しかし、このシルティもシャッコウも、俺がいなければ確実に死んでいたんだ」


 「……どうみても、その女と魔獣はとても死にそうには見えない」


 「あぁ、わかった。それを証明しろって言うのなら見せてやるよ。……ティラ、この場に残ってシルティとシャッコウを見ていてくれ」


 「うん、わかったわ」


 「パドン、ティラが心配ならお前もここに残れ。……あとは数人残して、他の者は俺について来てくれ」

 ガルトンは今回の件で負傷した者たちが収容されている場所へと向かった。


 つづく

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