第4話 魔獣使いシルティ

 元メルヴィン公爵の兵に捕らわれていたティラは、女兵士の計らいで赤い魔獣の背に乗って、捕らわれていた場所から逃走することに成功した。

 前にティラを乗せ、女兵士が操る魔獣は虎に似た大山虎とよばれる大型の魔獣で、その全長は3メートルに達するほどの大きさだ。

 その赤い魔獣は平地を走りぬけ、そして森の中へと突き進む。


 「ねぇ、大丈夫なの?」

 話しかけるティラの背後には青色の服を着た女兵士がいる。

 やや小麦色を肌と赤色の髪の女兵士は苦しそうな表情をしていた。


 「アンタを無事に届けてやるからね。……安心しなよ」


 「わたしが聞いているのは、貴女あなたの事よ。……矢を受けてるじゃない!?」

 チラリと振り返るティラの目には、女兵士に矢が刺さっていることが確認できた。

 捕らわれていた場所から逃げるとき、背後から無数の矢が放たれていた。

 女兵士は身を挺してティラを庇いながら、赤い魔獣を走らせていたのだ。


 「あたしは、だ、大丈夫さ。……アンタにケガがなければ……ね」

 しかし、相当なまでに我慢しているのがわかる、その女兵士の表情は思わしくないからだ。


 「無理をさせて、ごめんなさい」


 「あ、謝る必要はないよ。……ぜ、絶対にアンタを村に届けるからね。……はぁ、はぁ……」

 しかし、2人をを乗せた赤い魔獣の足の動きが徐々に遅くなりはじめる。

 とうとう立ち止まると、その場にへたり込んでしまった。


 「シャッコウ……アンタもダメか」

 女兵士は崩れるように、シャッコウと呼ばれた魔獣の背からすべり落ちた。

 そのシャッコウも、数本の矢を受けていて負傷している。


 「ねぇ、しっかりしてよ」

 ティラは心配そうな表情で女兵士へと話しかける。


 「もう、……ここまでだね。……アンタは……このまま……村へ帰りな。……はぁ、はぁ」


 「貴女あなたを残して行けるわけないでしょ」


 「い、良いんだ。……こ、これは毒矢だからね……はぁ、はぁ……」


 「ダメよ! あきらめないから!」


 「これを……村に帰って……ひ、人を……」

 女兵士は自分の首に掛けていた認識票タグをティラへ渡した。


 「わかった。村に戻ってお父さんを呼んでくるよ」

 ティラはその認識票タグが手渡された理由はわからなかったが、村に帰って人を呼んでこなければならないと理解した。

 すぐに立ち上がると、村を目指して走り出した。


 「……それでいい」

 女兵士はポツリと呟いて、走り去るティラの後ろ姿を見送った。


 「ガルルゥゥ……」

 シャッコウは、ゆっくりと身を起こすと女兵士の服を咥えた。


 「も、もういいよ。……シャッコウ、……アンタも逃げるんだよ」

 か細い声の女兵士の命令など聞かず、シャッコウは服を加えたまま、毒矢を受けて弱った身体で這いずるように動き出した。


 「……シャッコウ、……アンタだけなら……ま、まだ……逃げられるよ」

 女兵士は身体を動かすこともできない状態になっていた。


 しばらくしてシャッコウが咥えていた服を放したが、この場から動く気配はない。


 「ガルルゥゥ……」

 この場へと現れた追っ手に向かって威嚇をはじめた。

 それは前足が異様に長い大型魔獣、大魔爪熊だいまそうぐまであった。

 その背に乗っていた男が飛び降りると、女兵士に向かってあざ笑う表情をみせていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ティラは自分の村を目指して、ひたすら走っていた。

 その手には女兵士から託された認識票タグが握られている。

 いまにも泣き出しそうな感情を我慢しながら足場の悪い道なき道を走り続けるも、突然と身体を受け止められた。


 「ティラ!? 大丈夫か?」


 「え、……が、ガルトンさん!?」

 ティラとガルトンの5年ぶりの再会であった。


 「よかった。ケガはないようだな……どうした?」


 「は、早くお父さんを、村の人を呼んできて!!」


 「おい、どうしたっていうんだ?」


 「わたしを助けてくれた人が死んじゃうのよ」


 「それは誰なんだ?」


 「魔獣を飼っている女の人が助けてくれたのよ。わたしを運んでくれた赤毛の魔獣もケガをして倒れているわ」

 ティラは手にしていた認識票タグをガルトンへ渡した。


 「傭兵で魔獣使いのシルティ、その魔獣は大山虎のシャッコウか。この俺が助けに行ってくる。……ティラはこれを持っていろ」

 ガルトンは、この認識票タグの持ち主が捕らわれていたティラを救い出してくれたと理解した。

 ティラのその訴えからも、すぐに向かうべきだと判断した。

 コートのポケットから取り出したのは、見事な細工が施された台座に埋め込まれた宝石だった。

 ガルトンは側に落ちていた枝を使って、ティラの足下を囲うように円を描いた。


 「ガルトンさん! はやく、あの人を助けてあげて……」


 「なに、その前にちょっとしたまじないをする必要がある。これが終わったらすぐに助けに行くよ。……ティラ、その石を両手に握ったまま、自分の胸元に抱えるようにしてみてくれ」


 「……こうかな?」

 ティラはガルトンに言われたとおりにした。


 「ああ、それでいい。この描いた円の外へ出ないように、いいね?」


 「わかったわ。……おねがい、あの人を助けてあげて」


 「良い子だ。あとは俺に任せてくれ」

 ガルトンはその場からティラがやって来た方角へと走り出した。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 「よう、こんなところで、おねんねか? いまにも、死んじまいそうだな」


 「へ……鈍間のろま野郎の……くせに」


 「今のお前たちのほうが、あきらかに鈍間のろまじゃねぇかよ」


 「す、好きにしな……やれよ」


 「なぁ、シルティ。……あの砦にいた頃、野郎の多くの目はお前を狙っていたんだぜ。しかし、その砦を出ちまったいじょう、いまのお前の評価は臭くて汚ぇ女でしかない。……で、あの娘は逃げちまったようだな」

 そして自分が従えた大魔爪熊だいまそうぐまの鼻先が、この場から逃げたティラの匂いを感知している事を確認していた。


 「鈍間のろまが……」


 「いや、逃げた娘を追いかける時間は十分にある。だからといって、毒で股が緩くなった臭い女を相手にするつもりはねぇからよ。あの若い娘の方が遥かに良いからなぁ」


 「……く、クソ野郎……め」


 「はははぁ! いい様だなぁ! 魔獣使いのシルティ! まずは、お前の従えたその魔獣モノをぶっ殺してから、同じように容赦なくバラバラにしてやるよ!!」

 この男の言葉に合わせるように大魔爪熊だいまそうぐまは立ち上がり、左右の前足から長い爪を伸ばした。


 「ガルルゥゥ……ゥ」

 あるじのシルティを守るべく、シャッコウはヨタヨタと力なく立ち上がる。


 「ガオォォ――!!」

 大魔爪熊だいまそうぐまの声は明らかに力強くて大きい。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 前方から大魔爪熊だいまそうぐまの声を耳にしたガルトンは、すぐに背負っていた魔導銃まどうガンを手にして構える。

 構えたまま声がした方向へと銃口を向けると、そのガルトンの目には木々の隙間を抜けるようして大魔爪熊だいまそうぐまの姿が確認できた。

 ガルトンは木々が死角になっているにも関わらず、一発の魔法の力を付与した弾丸を撃ち出した。

 この魔導銃まどうガンに引き金はない。撃ち出された弾丸にも、それに必要な運動エネルギーに火薬を使われてはいない。


 その弾丸は亜音速を維持したまま、木々の隙間を抜けると、立ち上がった大魔爪熊だいまそうぐまの直前で消滅した。

 ――キュイン!

 弾丸の消滅共に短くて甲高い音が鳴り響いた。

 その弾丸に付与された魔法の効果が大魔爪熊だいまそうぐまとその傍らに立つ男へと影響を与えた。


 天地がグルグルと回るほどの衝撃に似た感覚が襲う。そして男と大魔爪熊だいまそうぐまは口から泡を吹いて、その場に崩れ落ちるように倒れてしまった。


 「……なんとか無事のようだな」

 現場に到着したガルトンは毒を受けて倒れているシルティに話しかけた。


 「ガルルゥゥ……」

 しかし、シャッコウが身を挺しながらシルティを守ろうと威嚇している。


 「おいおい、俺はお前とやり合うつもりはないよ」

 ガルトンは手にした短杖をシャッコウへと向けて魔法を使った。

 威嚇していた表情は失せると目はうつろになって、その場に伏せるようにして動かなくなった。


 「もう少し、そのままで我慢してくれよ。まずは、お前の主人を治療しないとダメだからな」


 「……あ、あんた……は」


 「いまは無理に喋るな。……まずは体内の毒を消さないとな」

 ガルトンはシルティの受けた矢傷を見て身体の状態を確認しながら、使われた毒の種類を特定する。

 使われたのは血液を凝固する毒であると判断した。

 運良く当たったていたところは太い血管を避けたことが幸いした。しかし、いまのシルティの症状は重く、すぐにでも処置をする必要があった。


 「(まずは毒による血液の塊を分解してから、血流を良くする必要あるな)」

 ガルトンは王立学園で学んだ魔法による医療技術を思い出しながら、手早く的確な処置を進めていった。


 「よし、……あとはこの水を飲め」

 ガルトンはコートのポケットから取り出したのは、一見して200cc程度の容量しかない小さな金属製の水筒である。

 指先で水筒の蓋をパカッと開くと、シルティの口元へともっていき水を飲ませる。

 最初はこぼしていたが、徐々に吸い付くように飲み始め、シルティは自らの手で水筒を掴んでいた。

 すでに中身が無いと思われる水筒からは水が出続けていることからも、それは魔道具であるとわかる。


 「よし、あとは……」

 ガルトンは大量に水を飲み続けるシルティの腹へと手を当てると魔法を使った。

 シルティの身体からは、大量の汗が湯気となって一気に吹き出した。

 体温の異常上昇に伴い、それまで弱っていたシルティの身体を一気に活性化させた。


 「ぷはぁ! な、なんだよ、あたしの身体が変になっちまった!?」

 シルティは完全に覚醒し驚いて水筒を口から放すと、身体から湯気のように吹き出した自分の汗に驚いている。


 「これで良いだろう。あとは魔獣……名前はシャッコウだったな。シルティ、その水筒の水をシャッコウにも飲ませろ」


 「な、なんで、あたしの名前を知ってるのさ!? それにシャッコウの名前も?」


 「お前が助けてくれた娘から、名前が書かれた認識票タグを受け取ったからだよ」


 「じゃ、アンタは……あのの村の者ってことか?」


 「まぁ、そう思ってくれて構わない。……ほら、シャッコウにも水を飲ませてやれよ」

 ガルトンの指示とおりに手にした小さな水筒をシャッコウの口元へともっていく。


 「あたしが随分の飲んじまったから……って、ウソだろ!?」

 シャッコウの口元で傾けた、その水筒の口からは途切れることなく水が出ていた。


 「あ、その水筒は魔道具だからな。……あとで俺にちゃんと返せよ」

 ガルトンはシャッコウの矢傷を確認しながら治療を行っている。


 「……わ、わかったよ」


 「よし、シャッコウの治療も終わったぞ」


 「なんだよ、あたしが呼んでもシャッコウが反応しないよ」

 シルティはシャッコウに呼びかけながら体を揺さぶり続けている。


 「そのままでいいんだ。別の仕事があるからな」


 「なんだよ、その別の仕事って!! はやくシャッコウを戻せよ!!」


 「元気になった途端、いきなりガブリって噛まれたらたまったもんじゃない。それよりも……こっちの男と魔獣を知ってるか?」

 ガルトンは、近くで倒れている男と大魔爪熊だいまそうぐまの事を尋ねた。


 「……え? あ、あああぁ! なんでコイツがここにいるんだよ!?」

 シルティは身体に受けた毒のせいで、先ほどまでの魔獣使いの男とのやりとりを完全に忘れていた。


 「やっぱり仲間か?」


 「其奴ソイツが仲間だって? こんなヤツは仲間じゃない。そう……仲間じゃないさ」


 「なんかワケありだな?」


 「本当に酷いもんさ。……外にいたアンタなら、いまの状況を知ってるだろうけど、あたしは傭兵でメルヴィン公爵に雇われていた。寄せ集めの混成部隊に組み込まれて、西のヘルド伯爵の砦を攻め、そして奪い取ったってワケさ」


 「そもそも、なんでヘルド伯爵を襲った?」


 「命令されただけだから詳しくは知らないよ。王国に宣戦布告したメルヴィン公爵側からすれば、攻め込まれることを用心して配置されたんだよ。……そのヘルド伯爵がアルスタージア王国を裏切った貴族だって事は後で知ったけどさ」


 「ちょっとまて! 用心のために配置された部隊が、なんであの砦を攻めた?」


 「さっきも言ったけど、寄せ集めの混成部隊になんて、防衛線を守るための陣地なんて用意されていないからね」


 「だから、手っ取り早く相手の砦を奪い取ったって事か?」


 「相手の戦力を知る上で、ちょっとした様子見のつもりだったんだよ。……そうしたらトントン拍子で砦を奪えたんだ」


 「……で、1年半もの間、ずっと砦に居座っていた理由は?」


 「メルヴィン公爵が負けたって知らなかったんだ。……いや、なんとなくだけど、それを知ってたヤツらはいたんだ。でも、あたしがそれに気づいたときは遅かった」


 「つまり傭兵の契約期限が切れたのか?」


 「ああ、そのとおりさ。契約した傭兵はその勝敗の内容に関わらず、終戦後の100日以内に手続きを行わなければならない。できなければ、罪人指定を受けて指名手配になる」


 「そうしなければ、戦後のどさくさに紛れて大半の傭兵は賊軍となって悪さをするからな。……だけど別に抜け道はあるだろう? 偽名を使って再登録するなり、傭兵じゃなくて冒険者として……いや、シルティはバルバニア帝国の出自なら、探索者だな」

 バルバニア帝国とはアルスタージア王国の南部に位置する強大な国家だ。その面積はアルスタージア王国とは比較にならないほどに大きく、また海に面していることからも、海洋資源を豊富に持っている。

 ガルトンはシルティの小麦色の肌から、バルバニア帝国の出自であると判断した。

 そのバルバニア帝国には冒険者の代わりに探索者という登録された組合制度がある。これは広大なバルバニア帝国内にある様々な遺跡や、そこに眠る遺産を求めて探索をする者たちの職業である。


 「魔獣使いのあたしには探索者はできない。傭兵を続けるにも、偽名登録すらできないんだよ」


 「あの魔獣……シャッコウが捨てられないか?」


 「シャッコウは、あたしの唯一の家族だからね。シャッコウは希少種で珍しい魔獣モノだから、ちょっと調べれば身元はバレちまうよ。あたし達が食べていくには傭兵稼業しかないんだよ」


 「そういうことか。……なんで、ティラを助けた?」


 「ティラ? それがあのの名前か?」


 「……名前も知らずに助けた理由はなんだ?」


 「さっきも言ったろう、手続き不備による犯罪認定を取り消してもらうつもりでやったんだよ。まして盗賊として罪人指定を受けるなんて、真っ平御免まっぴらごめんだね」


 「ティラを無事に返しても、あの砦に居座っていた事実は、そう簡単には消せないぞ」


 「いや、あの砦を攻めていたとき、メルヴィン公爵側が負けていなければ言い訳が立つさ」


 「それは無理だ。お前たちが砦に攻め込んだ3日前にメルヴィン公爵側は負けを認めて全面降伏した」


 「ウソだろ!? あたしの混成部隊は、アルスタージア王国へ宣戦布告をしてから10日目で砦に攻め込んだのに??」


 「ウソじゃない。……メルヴィン公爵が討ち取られて、たった7日目にして敗北をした。その日のうちに全面降伏をしたんだ」


 「いったいどうして、どうやってそんな短期間でメルヴィン公爵側が負けたんだよ!」


 「まぁ、それを話すと長くなる。……とりあずは、倒れている此奴コイツらの処置を済ませてから一緒に村へ戻ろう。……シルティとシャッコウの事はできうる限り、希望に添えるようにする」


 「あ、アンタいったい何者だよ……」


 「俺の名はガルトン。元冒険者で、いまは積み荷の配達を行っている根無し草の男だよ」


 つづく

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