第3話 最悪な展開
ガルトンは、幼なじみの元冒険者であるパドンと5年ぶりとなる再会を果たした。
出会いと別れ、忌まわしい記憶も、いまとなっては二人の思い出話である。
「た、大変だぁ!」
1人の男が慌てながら、ガルトンと村人が集まっている倉庫へとやってきた。
「いったいどうした!? 何が起きたというんだ?」
「パドンさん! あ、朝方出て行ったヤツの1人が全身血だらけになって、今戻ってきたんだ」
「その戻ってきた
「わ、わからない。
パドンの問い詰めに、知らせに来た男はそう答えると、すぐに村に戻ってきた者の元へと案内する。
何人かの村人に囲まれ、自身血だらけで自分の両肩を抱えながら
たしかに全身は血まみれなのだが、本人は然程のケガをしている様子はない。
ただ恐怖に脅えていることからも、誰が話しかけても満足に話せる状態ではなかった。
「俺に任せてくれ。…………いったい何があった?」
ガルトンはコートの内側から短杖を取り出すと、脅えている男へ精神を落ち着かせる魔法を使い、そして話しかけた。
「あ、ああ……た、大変なんだ。俺たちの目の前に見た事のない大きな魔獣が現れて、次々と……あ、ああぁ」
男が再び脅えはじめると、ガルトンは魔法を使う。
「何も脅えることはない。ここは安全だから、落ち着いて話してくれ。その魔獣が現れて、他の者が襲われたんだな?」
「そ、そうなんだ。……み、見た事のない魔獣と青色の服を着た男が現れて。……お、俺は見ていることしかできなかった。それで血を掛けられてから、俺に村へ帰れと言ったんだ」
「青色の服。……元メルヴィン公爵の兵士だな」
「おい! ティラはどうした!? 一緒にいたんだろう!!」
パドンは血まみれの男の両肩を掴みながら、娘のティラの安否を尋ねる。
「て、ティラはその男に連れて行かれた。……ひ、人質にするって、そう言ってた」
「クソぉ!」
パドンは怒声を上げて立ち上がる。
「パドン、その現場には俺が行く。お前はこの村で待っていろ」
「いや、俺も行く。でなければ……」
ガルトンは怒りの表情をみせるパドンにも、先ほどの魔法を使って精神を安定させる。
「いいか、この俺が現場へ行く。……パドン、なぜ1人だけを村に帰らせたと思う。ほら、冒険者の心得を思い出すんだ。……判らない状況に陥ったら、次は最悪となる状況を考えろ。……その現場へ人手を向かわせた場合、この村が襲われる可能性もある。お前にはへミリがいるだろう、いまはこの村を守る事を考えろ」
「しかし、ティラが……」
「相手がティラを人質にしているのなら救出も可能だ。……まずは相手の数とその戦力を知る、そしてティラがいる場所を特定する必要がある」
「そ、そうだな。……すまない」
「なら現場に向かうのは元冒険者としての経験の長い、この俺の方が適役だろ。この村の周囲の地形を知り、その守りに就くのであれば、お前の方が良い。そうだろ?」
「ああ、そのとおりだ。ガルトン、とりあえず動ける者を3人ほど連れて行け。……その現場で何かあっても、無理をせずに無事に帰って来いよ」
「ああ、まずは相手の情報を知るのが目的だ」
ガルトンは装備を調えた村の若者3人を連れて、事件が起きた襲われたという現場へと向かった。
「あの……ガルトンさん、俺たちが先行しますから後からお願いします」
若者の1人が、冒険者を引退した魔術師であるガルトンの体力を気遣っての言葉だ。
「いや、俺が現場に先行する。お前たちは、常に周囲に気をつけながら俺の後を追ってきてくれ」
ガルトンは自らの身体に魔法を使うため、その手にした短杖を一振りした。
短杖から放たれた小さな光の粒子がガルトンの身体を包み込むと身体に溶け込むように消えてしまった。
ガルトンは軽く地面を蹴り出して走り出した。
驚くべきは歩幅とその速さである。まるでカモシカのような軽快な足取りは人とは思えない速度を保ちつつ、足場の悪い地形や木々の間を潜り抜ける。
わざわざ血まみれにして返した男の足取りから事からも、現場への道案内を示すことは容易に想像できた。
「(その現場には、ヤツらからのメッセージが残されてるハズだ)」
そのガルトンの考えは的中した。
到着した現場は、大量の血溜まりにに大ケガをした3人の男達が倒れていた。
両足を膝から切断された者、右腕を肩から切断された者、左腕が肘下から切断され、また右足を膝下から切断された者だ。
すでに傷口からの出血がない事からも、その失血により死が確実と思われる状態だ。
「(まだ大丈夫、学園で先生から学んだとおりにやれば……)」
ガルトンは短杖を手にして、各々の切断された傷口や身体のあちこちにある大小様々な傷を治療魔法を使って処置をする。
出血が伴う傷口が塞がったことを確認すると、見えない臓器の具合なども確認した。
「(あとは増血と肉体細胞の活性だ)」
ガルトンはコートのポケットから取り出した直径10ミリ程度の赤い丸薬を取り出すと、負傷した者たちの首筋にある血管の位置へと押し当てた。
手にした丸薬は潰れて、首筋の皮膚を通じて血管へと入り込む。
これは錬金術によって作られた薬であり、その材料は下竜種の血を結晶化させ、人が踏み入れることがない場所に咲く竜花草と呼ばれる希少な薬草が使われている。
ガルトンは、この薬と併用しながら短杖を用いて魔法を使う。
負傷者達の青ざめた顔に血色が戻り、その呼吸も感じ取れるほどにまで回復した。
ガルトンは手にした短杖を振るうと、この現場の大気に残された情報から自分の目にその時の映像を投影した。
異様なほどに前足が長い巨大な熊が映し出される。
後ろ足で立ち上がった魔獣の全高は3メートルを超えていて、その左右の前足には3本の60センチもある長い爪が伸びていた。
その爪の一振りによって、人の手足など容易に切り裂いてズタボロにすることなど容易に想像ができる。
「(体色までは確認できないが、どうやら
ガルトンの魔法によって、この現場を襲った魔獣の種類はわかった。
「が、ガルトンさん! ……こ、これは!?」
ガルトンの後を追って、ようやく3人の若者が到着した。
「ああ、見た目はともかく命は助かった。……さらわれたティラ以外の者たちはこれで全員か?」
「え、ええ……。ですが……」
大量の血溜まりと、そこで手足を失った者たちが横たわる状況を目の当たりして戸惑うのも仕方がない。
「手を貸してくれ。とりあえず、この3人を村へ運ぼう」
「さらわれたティラを探さなくて良いんですか?」
「この3人は見せしめとして、この場へ残されたんだ。……いま相手の出方がわからない。これをやったヤツらが手薄となった村を襲っている可能性がある」
「だから、パドンさん達が村を守っているじゃないですか?」
「いや、どうやら相手に魔獣使いがいるようだ。単なる敗走兵ならまだしも、砦を占拠して戦争していたヤツらと正面切って戦いになったら、こちらの方が分が悪い」
ガルトンは相手が村の戦力を測るため、また追跡してきた者へ罠を仕掛けておき、確実に戦力を削いでくると考えていた。
さらったティラから、いまの村の内情を聞き出していたら、すぐにでも襲ってくる可能性がある。
「わ、わかりました」
ガルトン達は治療を終えた負傷者を抱えると、すぐに村へと戻った。
村へ戻ると、娘のティラの身を心配した母親のへミリが駆け寄ってきた。
「ガルトン! ねぇ、ティラはどこにいるの? ティラは無事なのよね?」
母親のへミリはガルトンに詰め寄ると、帰ってきた者たちと周囲を見回しながらティラを探す。
「へミリ、すまない」
ガルトンは動揺しているへミリの額へと自分の指先を当てる。
へミリの意識は薄れると、倒れかかるその身体をガルトンが支えた。
そのままパドンの家へと運び入れ、へミリを寝室のベッドへと寝かした。
「ガルトン。へミリは
パドンは心配そうな表情で、ガルトンが使った魔法の効果時間を尋ねた。
「ほんの少しの間だ。日が暮れる頃に目覚めるよ」
「それまでに何とかなるのか?」
「ああ、その事で村の
そうガルトンに頼まれたパドンは、この村にある集会場へと村の者を呼び集めた。
「……と、いうわけだ」
ガルトンは現場の状況を見て、いまの自分の考えをパドンと村の者たちへと話した。
5年前の村の危機に唯一単身で駆けつけてくれた事もあり、ガルトンの考えは信用に値すると理解された。
「厄介なのは、その魔獣使いか……」
「まだ相手の戦力はわからない。……あのまま深入りすれば、確実に罠があるだろうな」
「ガルトン、たしかに用心に越したことはない。しかし、随分と戦術家のような考え方をするようになったな?」
「しばらくだが、俺は王都に新設された王立学園に短期入学していた。……この戦術的な考え方も、あの黒髪の魔術師と呼ばれた先生から学んだことだ」
「その黒髪の魔術師って、あのアリナシナ領主であるアリナ・アリナシナ様からか?」
「ああ、そのとおりだ。……このアルスタージア王国を策略によって混乱に陥れた、あの不滅の魔女・イローマをも、アリナ先生は戦術を用いることで被害を最小限に抑えて勝利した。……その王都での決戦において、こちら側に負傷者はいたが戦死者の数はゼロだ」
「う、噂は聞いているさ……だけど」
「俺が王都の戦後処理の仕事を任され、その現場を見た限りでは敵軍の死体しか確認していない。……話を戻すぞ。ヤツらがこの村を襲うのなら、それは今夜だろう。その前に俺は単身でアイツらの動きを探り、できれば襲撃をするつもりだ」
「ガルトン、お前1人じゃ無理だ。魔術師のお前が単身で行動するなんて、それこそ無謀なことだろう!」
「いや、それは問題ない。今の俺には学園で覚えた魔術と、それを活かせる魔道具の武具を持ってるからな」
「だが、いくらなんでも……」
「それは、さっきも話したろ? 俺は王立学園で魔術を学んだ。あの黒髪の魔術師とよばれたアリナ先生と、そして賢人アベイル翁と呼ばれた教頭先生からもな。そして魔法を活かせる戦術も学び、相手を打ち砕くための手段も持ち合わせている」
「いまのお前には、自分の力に相当な自信があるって事か」
「ああ、不意打ちや近接戦闘に持ち込まれなければ問題ない。俺の方が先制できれば、たとえ相手が多勢でも絶対に勝てる自信はある。……半殺しにした相手から、さらわれたティラの居場所を聞き出して取り返してくるよ」
「なら、お前が帰ってくるまで、この村の守りは任せてくれ」
ガルトンとパドンは自分の役目を了解したうえで、お互いの
集会場にある、負傷者達が運び込まれた大部屋へと入った。
「ズッド、目覚めたヤツらには、しっかりとメシを食わせてやってくれよ」
「おいおい、……俺にこの場で負傷したヤツの看病をさせる気かよ?」
ガルトンが治療を終えたとはいえ、まだ負傷した者たちは目覚めていない。
ベッドに横たわる負傷した者の元には、その家族達が悲しんでいる姿が見える。
ズッドとしては、こんな辛気くさいところで、悲しむ家族の気遣いと介護役などできないと文句を垂れる。
「ああ、いまは仕方がない。……いいな、しっかりとメシを食わせろよ」
「わかったよ、メシは作ってやるけどよ。……とほほ、とんだ役目だな」
ガルトンは単身で、あの凄惨な現場へと向かった。
ガルトンは短杖を手に取ると、浮遊魔法を使って身体を浮かせた。
人が掛かる罠が用意されていないと思われる高さで浮いて移動をしつつ、痕跡を確認しながら追跡をはじめる。
つづく
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