第10話 意外な結末、シルティの処遇
ガルトンとシルティは、砦の敗走兵がいる
新たな敵の存在として考えられるのは、砦を取り戻したヘルド伯爵側の追撃であると推測した。
「そうだな、もう少しこの周囲を確認してみよう」
ガルトンは、先ほど同様に
「……変だな。大がかりな追撃部隊が移動したような跡がない」
「なら、あたしたちが、あの
「ああ、そうだな」
ガルトンは
目立つシャッコウは少し離れた位置から、2人を追跡するように移動している。
「なんなんだよ、これは……」
シルティは凄惨な現場となった
あの魔獣の男は体に無数の矢を受けて絶命していた。
他の者も、矢や斬撃による致命傷で死んでいる。
「酷い有様だな。……これは? 魔獣によるキズか?」
ガルトンは体をズタボロに引き裂かれたような死体をみて、そう判断した。
「ねぇ、おかしいよ。……外から襲われたような形跡は全くない。こいつらが仲間内で
この惨殺死体の現場を見たシルティは、自身の傭兵経験からそう判断した。
「まさか、俺が使った魔法が……いや、実践でも確認した。仲違いをする程度で、こんな殺し合いなんて絶対に起こらなかった」
「……その使った魔法の効果に関わる、なにかマズい状況があった。もしくはそれに該当しなかったってことはない?」
「基本的に
元冒険者であり仲間内であれば、このような人間関係は少なからず経験してきた。
「協調性か……殺し合った
シルティは人殺しを
傭兵として、戦場で敵兵を倒す仕事に自分の背中を守ってくれる仲間はいない。
あの砦から集団で逃げ出したのも、脱出するための成功率を上げるためであり、逃避後も解散せずに集まっていたのは、罪人認定の状況下で自身の生存率を上げるためである。
「……シルティのいうとおりだな。この俺の考えが甘かった」
ガルトンは元冒険者としての人生経験では、人の行動を計ることができないと痛感した。
ガルトンが王立学園でこの魔法を学んだとき、先生のアリナが“これは
被験者として学園の生徒を使って、この魔法の効果を確かめるべく実践も行った。生徒らは口喧嘩や仲違いする程度で、けっして暴力的な行動はしなかったことから、そう判断してしまった。
「ガルトン、そう気にすることはないよ。……変な結末になったけど、これは仕方がなかったんだよ。……
この現場を見れば、シルティのように考えていた者はおらず、死んでいる
「そうだな。……シルティは強いな」
ガルトンは自分が起こしたとはいえ、この予想外の惨劇の結果に気が滅入っていた。
追い打ちをかけるように、5年前の忌々しい記憶が脳裏に浮かぶ。ガルトンが冒険者を辞める切っ掛けとなった時のことだ。
「あたしには、あのシャッコウがいるしね」
魔獣のシャッコウはシルティの唯一の家族であり、自身を守ってくれる存在だ。
砦にいた間、常にシルティに付き添うシャッコウの存在は男共からは
「予防線にしておいた、あの魔獣は逃げちまったのか……」
「ねぇ、その予防線ってなにさ?」
「ほら、魔獣使いの男が連れていた
死体の中に魔獣に襲われた者がいたことを思い出す。
「あたし達とは全く違うよ。あの魔獣は薬を使って半ば強引に従わせていたからね。……シャッコウ、どうした?」
シルティに何かを知らせるように、シャッコウが前足で地面を軽く蹴っていた。
「ガルトン、その場を動くなよ。シャッコウ、こっちにこい!」
シルティは呼び寄せたシャッコウの背に飛び乗ると、この周囲を飛び跳ねるように動き出した。
「シルティ、いったいどうしたんだ!?」
「あの魔獣が、ここいらの地面の下に潜り込んでいるんだよ」
「
ガルトンの知識では
バルバニア帝国に生息する
「魔獣が飛び出してくれば、あたしとシャッコウで片をつけるよ!」
「シルティ、無理をするな!」
「アンタは魔獣が現れたら、この場から離れるんだよ!」
そのシャッコウの足下から突然と土が盛り上がり、両手から爪を伸ばした
シルティはシャッコウの背から飛び降りると、腰に備えた短剣を抜いた。そして互いに距離を取りながら
そして、シルティは指先を口先にそえながら、魔獣に聞こえる音を発した。
「(まったく反応を示さない。……薬が切れて狂ってるのか)」
シルティが知る限り、あの魔獣使いの男は薬と操る
あの砦には大量の食料と共に、その薬に必要となる材料も保管されていた。
主人である魔獣使いの男が必要な投薬を行わなかったのか、それとも先に殺されてしまったのかわからない。
シルティの目の前にいる
いまのガルトンと
それは一瞬だった。20メートルあると思っていた距離も、それしかなかったと思わざる得ない速度で、
間一髪のところ、
「ガルトン!!」
シルティがすぐにガルトンの体を抱えながら、その場から遠のいた。
「す、すまない、助かった」
元冒険でも経験したことのない、まさに死が目前にまで迫った状況を体験した。
そもそも、このような体験後は確実に死んでいる。
「いいよ、それに状況は変わっちまったよ。……あの魔獣は狂ってる」
シャッコウは
「どういうことだ?」
「あの魔獣は薬で従えていたんだ。……あたしが発した声にも反応を示さないうえ、異常なまでに身体能力があがっているよ。……見てみな、背中に飛びかかったシャッコウの爪と牙が通らないよ」
「体外への獣油の分泌による体毛変化か」
矢や投石ていどの攻撃や刃物による斬撃すら歯が立たない強度の鎧と化す。
大型魔獣の対処法として、その鼻先に火魔法を放ち、気道や肺を焼くことが
「ああなったら、火魔法は効果がないね。それに土に潜る性質から体のあちこちに呼吸するための穴があるんだ。……アイツを相手にせず、このまま放置すればそのうち死ぬだろうけどね。……間違いなく、あたしらを追ってくる。こんなのを村まで連れて行ったら大惨事になっちまうよ」
「なら、ここで仕留めるまでだ」
「あの魔獣相手に何とかなる魔法とかあるのかい?」
「魔獣ならではの、とっておきがある。……その用意ができたら、俺が合図をする。シルティは食らいついているシャッコウを飛び退かせてくれ」
「わかったよ」
ガルトンは
狙うのは魔獣が体内に宿している魔石である。
魔石とは、この世界で生きる大型の魔獣が体内に宿し、待機中の
人間のように魔法による事象現象を起こすための詠唱は必要としない。この世界に生息する魔獣は呼吸をするかのように、ごく自然におこなっている。
ガルトンは王立学園で、個人差の出る魔法に必要な詠唱を覚える必要はないと教わった。尤も適した魔術式を組み立てる能力と、それを記憶した道具で補えば良い、と学んだ。
引き金となる無言詠唱は魔術式を精神干渉にて、この世界に伝えるための効率の良い手段の1つだ。これにより、この世界が魔法として事象現象を起こしてくれる。
「シルティ、俺の用意はできた!」
「シャッコウ、
シルティの命令で、
ガルトンは
その弾丸は、
分解消滅による破壊効果によって、
「よし、うまくいった!」
「ガルトン、あれはなんだい!」
シルティは
「魔獣の体内にある魔石を爆発させたんだよ。この魔法ならどんなに硬い下竜種だって、なんとかなるだろう」
「あ、アンタは……そんなのがあるなら、さっさと使えよ」
「シルティ、さっきも見ただろう。敵に近寄られるのが一番マズいんだ。それに俺は魔術師で相手に適した魔法を使うにも、その用意と構える必要がある。……だいたい、俺の歳を考えろよ。お前のように若くもない、だから身軽には動けないんだよ」
シルティの適切な判断と行動力、そして近接戦闘における対応もよかった。
また
いまのガルトンの近接戦闘という弱点を補ってくれる、その役目をシルティとシャッコウは果たしてくれた。
ガルトン達は死体から
「まぁ、回収できた
「多分、砦においてきたんだろうね。あそこには砦をぶんどった時の死体もあるからさ。殆ど白骨化してるし、たとえ鑑定魔法を使っても
「自分が死んだことにする偽装工作ってヤツか、なるほどね。……持っていたヤツはどうするつもりだったんだろうな」
「ああ、たぶんだけど罪人認定された事を、さりげなく確かめたうえで、白々しく組合へと届け出るつもりだったんだろうね。……魔獣に食われた死体の側にあった、または巣穴に落ちていたってね。その場に鑑定魔法が使える組合所員がいれば、その
シルティにはそれができない。
たとえ偽装工作などしても、すぐに照合されて身元がバレてしまう。
「なるほどな。……それが冒険者の
「まぁ、これで、あたしの役目は終わったけどさ……」
「わかってるよ。今回の働きはシャッコウの活躍も含めて、俺から上司に報告しておくよ」
「ああ、お願いするよ」
この事件の騒動は幕を閉じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
日が暮れる前に村へ戻ったガルトンは、すぐに上司のカザーへと報告を入れた。
「……で、このようにシルティの協力がなければ危ないところでしたね。……その後、あの砦から逃げ出した敗走兵が、すべて死亡している事も確認しました。いちおう回収できた
『ええ、わかりました。ガルトン、ご苦労様です』
「で、シルティの身柄の件ですが、どのようにするおつもりですか?」
ガルトンはシルティをこの村に置いておき、ダミラ商会の者がその身柄を確保という名目で保護すると考えていた。
『そうですね。……とりあえず、
「は? ……いやいや、罪人認定を受けている状態のシルティを連れていけば、これから行く先々で問題が起こると思いますけどね」
『こちらでも調べましたが、たとえ罪人認定されていたとしても、シルティが認定されているか確かめる必要がありますね。わざわざ、そのシルティの罪人認定を確かめる人がいるでしょうか』
「……たしかにいないでしょうね。指名手配も、その後の重犯が確認された場合により公開される情報ですからね」
『ええ、今回のシルティの働きを聞いて、いまの
「シルティを護送という名目で無償で働かせるつもりですか?」
『人聞きの悪いことを……それに見合った報酬と待遇は保証しますよ。シルティを連れて、元メルヴィン公爵領にある、傭兵の仕事を契約した組合所へと出向いてください。問題の罪人認定の取り消しができるように、こちらから手を打っておきます。シルティ本人がいれば、その手続きがしやすいでしょう』
上司のカザーは、ガルトンとシルティが村を出ている間に何かしらの手を打っていた。
元メルヴィン公爵領の組合関係に圧をかけるには、
だが、傭兵の魔獣使い1人のためにそこまでする必要はあるのか? と思わざる得ない。
「罪人認定を取り消した後、シルティをバルバニア帝国へと送り出せば良いんですね。……では、その道中のシルティの報酬と待遇について説明してください」
上司のカザーは
『ええ、こちらでもちゃんと考えてありますよ……』
カザー主任から提示された報償と待遇の内容を聞いたガルトンは耳を疑うも、それをシルティに伝えて了解を得るように命じられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ガルトン! その話、ほ、本当なのか!? あたしに貸してくれた、この装備をもらえるうえ、その道中はあたしだけでなく、シャッコウのエサを賄ってくれるっていう、その好条件って話は!!」
シルティは今まで見せたことのない驚きの笑みを交えながら、ガルトンに食いつくように尋ねる。
「あ、ああ……俺も二度確かめたが、それに間違いない。そのアリナシナ工房製の装備一式はシルティに贈与する。それと食事だが、俺たちが食ってるもんだぞ。シャッコウのメシも、この俺が持っている合成肉でよければって話だ。あとは別れるとき、シルティに日当分の給金をまとめて支払う。……この金額はあまり期待するなよ」
「それで十分だよ! いや十分すぎるよ!」
「シルティ、良かったね。元メルヴィン公爵領にある組合所に行けば罪人認定の問題も解決できるね」
「ガルトン、ティラもありがとう。あたしはシャッコウと、もう一度やり直せるよ」
「でも、ガルトンさん。……どうしたの、なんか変よ?」
「いや、なんとなくだが……まだ先もあるし、これからの事だからな」
「なんだよ、あたしに何か隠していることがあるのか!」
「いや、俺の上司がなにを考えているのか、何となく……いや勘違いしないでくれ。さっきの契約の不履行は絶対にしない。個人取引であっても、ダミラ商会として信用問題になるからな」
しかし、ガルトンの感じている不安はいまだ拭えなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ガルトンはシルティと魔獣のシャッコウを目的地の元メルヴィン公爵領へ連れて行くことをズッドに伝えた。
その中でカザーからの条件にシルティが納得した経緯も話した。
「まぁ、なんだかんだで、そうなっちまったか」
「なんだよ、ズッドはこうなることを予想していたのか?」
「いまの話を聞く限り、カザー主任はシルティに何かを感じたんだろうな」
「俺もそう思った。……しかし、そのシルティとすら面合わせも話もしていない。全部、この俺を通しての話だからな」
「あの目利きのカザー主任でも、
「そうだよな、そう思いたい。……シルティを俺たちみたいな根無し草にさせるわけにはいかないからな」
「やっぱ、あの話だろ? ……カザー主任が、うちで働いていた新婚の男、その嫁さんを雇い入れたって話さ」
「ああ、新婚で新居を建てたにも関わらず、その夫婦共々根無し草の身にしちまったって話だよな。……カザー主任の命令で夫婦共々、あちこちの職場を転々としながら、どんどん新居から離されて行ったっていう。本当に聞くに堪えない
「俺が行商仲間から聞いたんだけどよ。その嫁さんはアリナお嬢様の領地に隣接している、フィリアニス魔導国の女王様と謁見した、その日のうちにダミラ商会との契約を結んだってことだよ。一国の王様とはじめて会って、その日うちにだぜ?」
「ふつうに聞いたら信じられないよな。……カザー主任がその嫁さんを雇い入れてから100日も経ってないんだからな。……その嫁さんを抜擢した目が恐ろしいぞ」
「魔導国との契約に、あのダンパー会長は大喜びしたそうだぜ。この功績からその嫁さんは主任の役職を与えられた。……ここまで聞くと幸せな話だけどよ。その後もフィリアニス魔導国に夫婦共々滞在させるって、あり得ない話だよな。結局のところ、その新居には一日も住んだことがないらしい。そんな見知らぬ遠方の外国の地にまで追いやられたくはないよ」
「……あのカザー主任は自分自身のことよりも、ダミラ商会をなによりも優先しているからな。……いまのシルティをこちらへ引き込みたくはない」
「魔獣のシャッコウ、あれだって正直なところ問題ないだろうしな」
「俺は反対だ。……シルティの罪人認定を取り消した後、そのままバルバニア帝国へと、しっかりと送り出す」
「ガルトン、がんばってくれや」
「なんだよ、俺だけに丸投げかよ!」
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます