使い走りの元冒険者

有無名(うむな)

第1話 元冒険者ガルトン

 アルスタージア王国は王族に入り込んだ不滅の魔女・イローマによって危機に陥った。

 不滅の魔女の策略よって、アルスタージア王国の領土は分裂し、また周辺国家を巻き込むほどにまで拡大していった。

 苦しむ人々の前に救世主となる、黒髪の魔術師と銀髪の魔女と呼ばれた双子の姉妹が現れた。

 アルスタージア王国を救うべく、双子の姉妹は王国貴族と王国民と共に不滅の魔女・イローマを倒すことができた。

 こうしてアルスタージア王国は復興をはじめる。


 それから1年と半年が過ぎた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 1台の馬車が街道を進んでいる。その馬車の御者台に2人の男が座っていた。

 南へと進んでいる、この2頭の馬に引かれたその箱馬車の側面には大きくダミラ商会の商標が描かれている。

 そのダミラ商会とは、中小規模、また個人行商人が加盟する商業組合とは違い、腕の良い職人などを多く雇い入れ製造から販売など行っている大手商業組織だ。


 「なぁ、ガルトン。……本当にこの道を通って大丈夫なんだよな? この馬車が盗賊団に襲われるって事はないよな??」

 御者で手綱を握る鼻のでかい中年男が、なんとも不安げな表情で隣に座る男に尋ねた。

 2人の乗る箱馬車が進む先には木々に覆われている林道がある。


 「俺にはわからんね。それに、この道を選んだのはウチの上司だからな。……まぁ、ズッドが不安なこともわかる。あれから1年以上は過ぎてるとはいえ、殆どの敗走兵は賊に成り下がったって話だ。……いや、元々は其奴ソイツらの多くが盗賊だったわけだし、元へ戻ったって考えるのが妥当だな」

 ガルトンと呼ばれた男は身に纏う作りの良い革のコートの襟を正しながら、御者のズッドへそう答えた。

 40才目前とあって、その短く刈った茶色の頭髪にはチラホラと白髪が目立つ。


 「……そういうことさ。俺はあれ以来、この道は通ってない。今回の仕事でガルトンと一緒ってことが、また不安になるんだよ」

 ズッドとガルトンを乗せた箱馬車が通っている街道は、アルスタージア王国の西側に隣接するヘルド伯爵が治める領地から然程離れていない。

 このヘルド伯爵は元アルスタージア王国貴族である。そして不滅の魔女・イローマの存在を知って、自己保身のために早々にアルスタージア王国に見切りをつけて裏切ると、勝手に王国領土を奪い取るように割譲してしまった。

 その裏切る直前までダミラ商会との取引していた商談を一方的に破談にした事は有名な話として語られている。

 不滅の魔女・イローマが討ち取られたあとのアルスタージア王国の目覚ましい復興を知って、ヘルド伯爵側は苦しい言い訳と共に何度か和睦を持ちかけるも、受け入れられることなく全て蹴られた。

 当然ながら、今もこのヘルド伯爵側とダミラ商会の商取引は行われていない。


 「おいおい、なんて言い草だよ。この俺がまるで疫病者だというのか?」


 「なら2年前を思い出せよ。そんときもアンタと乗り合わせた馬車がオオカミの群れに追われただろう。大半の積み荷を失って、とんでもない目に遭ったじゃないか」


 「お互い命があっただけマシだ。それにあれは不幸な遭遇、そして事故だ。……あれくらい、俺が冒険者をやっていた頃はよくある出来事だったよ」


 「あんな危ない目にあった事は、俺としては初めてだった。……それ以前にもアンタと乗り合わせて、何かしらのトラブルが起きている。……それを思い出すと、これから先が心配なんだよ」


 「お互い、いまはダミラ商会に雇われている身だ。……その仕事の文句なら、上司のカザー主任に言えよ」


 「……あのカザー主任に文句なんて言えるかよ。お互い雇われの身だと辛ぇな……」


 「冒険者をやっていた時と比べれば、いまは食いっぱぐれる事はない。なにより、この王国一の商いを任されている、いまのダミラ商会は世間の評判も上々で受けも良い」


 「しかし、実際のところ、いまの俺たちは雇われの根無し草の身だ。……その仕事先で野垂れ死ぬのはゴメンだよ」


 「まぁ、そんなに気に病むこともないさ。……それに、いまの俺はあの時とは違う」


 「そういえば、ガルトンは王都に新しく作られた王立学園で学んできたんだよな?」


 「ああ、100日程度の短期入学だけどな」

 ガルトンはダミラ商会の紹介推薦を使って、王立学園へと短期入学をしていた。


 「ガルトンは、もう40過ぎだろ? いまさら、その学園で何を学んできたのさ?」


 「まだ、38だよ! その王立学園では魔法のなんたるかを学んできた。うまく魔法を扱うための魔術を身につけてきたのさ」

 冒険者時代に苦労してきたせいか、同じ商会の者たちからも40過ぎのおっさんと思われていた。

 ここ最近、ようやく実年齢に似合った風貌を感じてきたところでもある。


 「おいおい、アンタは商いとか、それに関係する事を学んできたんじゃないのか? ……それに冒険者をしていた頃は魔術師だったよな? なのに、いまさら魔法やら魔術を学んだところで、そんなに自信がつくものなのか?」


 「ああ当然だ。なにせ俺に魔術を教えてくれた先生のお一人は、あの“黒髪の魔術師”と呼ばれたお方だ。それに教頭先生を務めている、元冒険者で賢人アベイル翁からも教えてもらえる機会があった」


 「う、嘘だろ! そんな有名で高貴なお方が王都の学園で教えてくれるのかよ!」


 「これは本当のことさ。カザー主任には無理を言っての短期間の入学をさせてもらった。……本当に良かった。この俺が二十年も冒険者をしていた頃に得た、広くて浅い知識なんかと比べるまでもないくらいの事を学ぶことができたんだからな」


 「その黒髪の魔術師って、あのアリナお嬢様の事だよな? ……とても若いって噂だけど、それって本当なのか?」


 「行商勤めのズッドは、そのアリナお嬢様をお目にしたことがないんだな。あのアリナお嬢様はとても若い、……俺の口からは、その年齢は教えられないけどな」


 「なぁガルトン、それを教えてくれよ。俺が耳にした世間の噂だと、アリナお嬢様の年齢は15才成人前だって話だ。……いくらなんでも若すぎるし、やっぱ嘘だろ?」


 「ズッドが、お目にかかれる日がくればわかることさ。……アリナ先生、いやアリナお嬢様はアリナシナ領の領主でもあり、そして様々な魔道具を作り出しているアリナシナ工房を所有されているって事くらいは知ってるだろう?」


 「もちろんだ。ダミラ商会の後ろ盾だった王国貴族は没落しちまってから、ずっと落ち目だったダンパー会長が、そのアリナお嬢様と取引のご契約なさったって話は有名だからな」

 アルスタージア王国から不滅の魔女・イローマを排除した後も、この王国の復興を支えているアリナシナ工房とダミラ商会の快進撃ともいえる、その状況は止まるところを知らない。


 「そのアリナシナ工房で作られた、魔法の力を持つ武具を俺は幾つか所有しているんだよ」


 「ほ、本当かよ! ガルトンの自信はそれのせいってことか」


 「ああ、たとえこの馬車を狙って盗賊共が襲ってこようとも問題はない。……この魔導銃まどうガンがあればな」

 ガルトンは座席に置いていた細身のライフル銃を手にした。

 その作りはとてもシンプルだが、この世界でも滅多にお目にかかれない魔鋼鉄で作成されており、鉄塊のような戦斧せんぷの一撃を受けたとしても破壊されることはない頑丈さをもつ。


 「それって魔法を使うときの杖だろ?」


 「実は魔法の力を使って、この先端の穴から鉄製のつぶてを飛ばすんだ。……簡単に説明すると、これの扱いは弓矢と同じだが、構えて矢をつがえる必要はない。これは魔術師が扱える武器として、アリナお嬢様が直々に手渡してくれた品さ」

 ズッドが知らないのも無理もない。この世界で銃と呼ばれる武器は珍しく、この銃口を相手に向けたとしてもその恐怖が理解できないであろうの知名度でしかない。

 また、弾丸を発射するにも、その魔導銃まどうガンには引き金がないのも特徴だ。

 引き金があることで、誰もが扱える武器として開発されたわけではない。この魔導銃まどうガン魔術師ガルトンだけが撃つことを許された専用の武器である。


 「……なぁ、弓矢と同じって、それ本当に大丈夫なんだろうな?」


 「そう不安になるなよ。その威力は狩人の放つ矢とは比べるまでもない。魔法が付与された……つまり、火の玉や爆発する魔法を目にも止まらぬ早さで撃ち出すんだ」


 「本当に多勢を相手にしても問題ないのか? そのつぶてを撃つまで、……そう魔法の詠唱はどれくらい掛かるんだよ?」


 「いまの俺は無言詠唱を会得しているから、その狙いを定めたら即撃てる。……まぁ、今までの練習してきて50くらいは撃てたから、相手にするにはそれ以下の数であると願いたいね。オオカミの群れに囲まれちまう前に、数発撃てれば逃げる時間は十分に稼げるさ」


 「そういうのなら納得するよ。今回の仕事はよろしく頼むぜ相棒」

 手綱を握るズッドの表情に不安はなく、2人を乗せた馬車は林道を走っていった。


 ――『こちらはカザーです。ガルトン、聞こえていますか?』

 その声はガルトンが身につけていた革のコートの襟元から聞こえる。

 これは通話ができる魔道具が仕込まれているためだ。

 2人の上司であるカザー主任の声は、隣に座って手綱を握るズッドの耳には聞き取ることができない。


 「ああ、カザー主任。ちゃんと聞こえてますよ」


 『貴方あなたの馬車は、いま何処の辺りを通ってますか』


 「ついさっき、目的地の村に続く林道に入ったから、予定とおりにもうすぐ到着しますよ。……で、どうかしたんですか?」


 『ええ、どうやら西の方で問題が起きたようです』


 「俺たちの場所から西ってことは……。つまりヘルド伯爵の領地で起きたことですか?」


 『そのヘルド伯爵の砦を占拠していた、元メルヴィン公爵の敗残兵とヘルド伯爵側との大規模な戦闘が行われたようです』


 「……それをどうこうしろと言うんじゃないでしょうね? カザー主任はこの俺たちにまつりごとへ関わらせるつもりですか?」


 『いえ、いくら何でも、そのような無理強いはさせませんよ。……こちらが送り込んでいた間者からの情報だと、その戦いが起こる前に砦から兵が逃げ出していたとの話です』


 「ヘルド伯爵側が砦の襲撃を計画していたんなら、それも考えて包囲していたんでしょ? ……って、まさか!?」


 『つまり、いま貴方あなたが想像しているとおり、アルスタージア王国こちら側へと逃げ込んでくる可能性は十分にあります。……その情報の真偽を確かめる必要があるので、こうして貴方あなたへ連絡を入れたわけですよ』


 「わかった。俺が西の方角をちょっと見て、本当に騒動が起きたのか確かめてきますよ」


 『ええ、お願いします』

 ガルトンはカザー主任との通話を終える。


 「いまのカザー主任からだろう、どうしたんだ?」


 「ズッド、とりあえず馬車を止めてくれ。……カザー主任からの情報だと、どうやら西のヘルド伯爵側が、自分らの砦を占拠していたヤツらとやり合ったらしい。とりあえず、俺はそれを確かめてくる」


 「おいおい、勘弁してくれよ。その砦って結構な距離があるぜ。ここに俺と馬車を何日も待たせるつもりか?」


 「いや、魔法を使って確認するだけで、そう時間は取らせない。すぐに帰ってくるから心配するな」

 ガルトンは魔導銃まどうガンを背負うようにして馬車を降りる。

 身長は170センチに届かない程度、魔術師ということもあり、その体躯を見る限りでは強そうには見えない。

 身にまとうコートの内側から、魔法を使うために必要な道具である短杖を取り出した。


 浮遊魔法でガルトンの身体がフワリと宙に浮くと、頭上の木々の枝の隙間をくぐり抜けるように上空へと上っていった。


 「……おいおい、あんな魔法もあるのかよ?」

 ズッドは驚いた様子で半口を開けたまま、上空へと飛び上がっていったガルトンを見送った。


 ガルトンは周囲の木々よりよ高く上がったところで停止した。

 一番高いと思われる木を見つけると、そのてっぺんへと身体を寄せるようにして降り立った。

 背負っていた魔導銃まどうガンを手に取ると射撃を行う構えの姿勢で、西の方角へと狙いを定めるように視線を向けた。

 魔導銃まどうガン越しに狙い定めるガルトンの目には、まるで拡大スコープを覗いているかのように遠方の景色が見えている。


 「(それでも、ここからだと何も見えないな)」

 ガルトンはそのまま魔導銃まどうガンを構えると、やや上方へと狙いを定めて一発の弾丸を放った。

 その放たれた弾丸は30キロメートルの飛距離を飛び抜けると、その先にある景色が魔導銃まどうガンを通じて見る事ができた。

 目的の100キロメートル先にある、朧気ながらに見える砦からは黒煙が立ち上るのが確認できた。


 「こちらガルトンです。カザー主任、聞こえてますか?」


 『ええ、貴方の方で状況を確認できましたか?』


 「ええ、ここからだと距離はありましたが、とりあえず砦から黒煙が上がってることは確認できましたよ」


 『なら、この情報は間違いないようですね』


 「で、この問題は先に逃げ出した敗残兵が、こちら側へ来る可能性って事ですか」


 『そういうことです。間者からの情報では、3日前から逃げ出した者たちがいるとのことです』


 「……3日もあれば十分でしょうね」


 『その逃げ出した大半の者は、ヘルド伯爵側の兵によって討ち取られているようです』


 「それでも、こちら側に逃げ込んだヤツをヘルド伯爵側は追撃する事はないでしょうね。……これから先、厄介な事にならなければいいんですけど」


 『そのとおりです。貴男あなた方も用心してください』


 「ご忠告感謝しますよ。……ところでカザー主任。まさかとは思いますけど、このヘルド伯爵側が砦を襲撃するって情報を事前に知っていたから、この俺をこっちに寄越したワケじゃ……」


 『……おや? どうやら……あ……』

 カザー主任との通話が突然と切れてしまった。


 「またかよ! アンタはいつも、そうやって都合が悪くなると勝手に通話を打ち切るよな!! いっつも使いっ走りで働かせる部下の気持ちを考えろよ!!」

 ガルトンは木のてっぺんから、この思いの丈を大声で叫んだ。


 つづく

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