序   章 古い仕来たり

序 話 語られない歴史

一九四一年十二月七日、日曜、試作型戦艦大和‐零番艦

 第二次世界大戦中の大日本帝国の旗艦の大和型戦闘艦の建造に当たって二分の一に縮尺され造船された試作されたものだった。

 艦内通信室にこの船の艦長である源星雲中将と通信兵五名が何かのやり取りを傍受していた。その中の二人が身を翻すよう勢いで中将を見、言葉ではなく、表情と横に顔を振る事によってその傍受していた通信の内容の結果を告げた。

「矢張り、我々は米国に謀られたという事か・・・。この戦争、もう止められる・・・、背負う国が我々の本国だけではなく、欧米に支配された亜細亜全土の解放ともなると」

 源太陽は整然とした、表情のまま心の中で今後の行く先を憂いた。

 第二次世界大戦が一九三九年に勃発して二年目、自国からの米国に対して直接な戦いをする事をずっと避けていた。その為の交渉による駆け引きで未開戦の均衡を保ち続けてきた。それも、先ほど通信兵が聴いた会話によって全てが終わったのだ。

 その当時、中華圏へ侵攻していた大日本帝国に置いて、太平洋側の米国軍は背中に着き付けられた刃物や拳銃と同意で刺されても、撃たれたくもない代物だった。仮令、一度は勝った事のある国々でも二度目もうまくいくとは限らない。中華大陸の上にはソビエト連邦も控えているため、米国への対応は非常に気を遣った。

 だが、米国の強引な手法で大日本帝国は米国に対して開戦避けられぬ状況へと追い込まれてしまったのだ。刺される前に刺す、撃たれる前に、撃つという心境に追い込まれた大日本帝国政府。

「上原伍長、全員、甲板に上がるよう通達せよ」

 源星雲は通信兵の一人へそう告げると、甲板へと移動した。

 乗員千二百人が統率のとれた並びで甲板上に立ち、中将の言葉を待った。星雲は拡声器を用いず地声で兵士達の士気を高める様な言葉を述べ、戦闘準備に着かせた。

 真珠湾攻撃開戦とその結果は後の歴史書につづられた物と当時の事実と大きな差はない。それから終戦までの四年間無敗の星雲中将率いる試作型戦艦大和‐零番艦、別名、永久(とわ)は一九四五年四月坊ノ岬沖海戦まで戦い続けた。運航に問題なくとも艦の損傷率は既に七割を超えていた。出向時の乗員数千二百名。ここまで生き残ったのはその内たった十二名だけだった。その中に藤原洸大少佐、藤宮祝言大尉、隼瀬まとい看護分隊長(中尉同等)がいた。乗組員全員が甲板に立ち、

「諸君、我が国の負けは明らかである。我が主君も、停戦に向けて準備を始められた。諸君らにこれ以上の戦いを強いる事は出来ぬ。本艦隊は今を持って解散とす。諸君、直ちに本国へ戻り、生き抜け。そして、後世に語り継ぐのだ。我々の戦いが無意味でなかった事を、何故、我々が戦わなければならなかったのかを、我々の戦いの本義を」

 誰も中将の言葉に従わず、艦に残ったままだった。中将独りだけに水上特攻させたくはないという気持ちが兵達をその場所から動かさなかったのだ。

 源星雲中将は一人一人の前に立ち、言葉を掛けて、艦から降りるように説得した。最後に星雲は洸大の前に立ち、

「洸大少佐。我が言った意、判らぬのか?いや、それよりも我々には貫かなければ為らぬ大義がある事、忘れたかっ!」

「何と云われようとも、僕も、中将のお伴をします。このまま、おめおめと国に戻っては今まで戦い別れてきた仲間へ示しがつきませんっ!」

「洸大少佐の気持ちはよく判る。だが、もう、汝が父、雄大も汝が兄妹も戦いによって亡くなられているのだ、汝が死すれば、藤原家の血が絶えゆ。それだけは避けねばならぬのだ。今、我が息子、銀河が東京に居る。戻って、『泥を舐めても生き続けよ、我らが使命の為に』と伝えて欲しい。だから、洸大少佐」

「僕の答えは非です。どんな事があっても僕はこの永久と中将の元から離れませんっ!」

「莫迦な事を言うなっ!洸大っ、汝にはみね殿がまっておられるというに」

 洸大を階級で呼ばなくなってしまった星雲。それは星雲の洸大への強く、本国へ戻ってほしい、表れだった。だが、頑固な洸大は折れる事を見せない。

「みねは強いおなごです。僕が居ずとも生き抜いてくれます」

「洸大、痴れた事を口にするな、バカ者が」

 口で諭しても動かない事に、言葉を使う事を諦めた星雲は洸大の両隣に居る者達へ、

「藤宮祝言、隼瀬まといへ最後の命令を下す。こ奴を連れて行け」と言い渡した。

 星雲の言葉に必ず従う事にしていたその二人ははっきりと返事を返し、

「了解であります」

「はいっ、艦長。ほらっ、洸大、いつまでも我儘云っていないで。星雲小父さまを困らせないの、本当に、子供なんですから・・・」

「いい加減にしないか、洸大。お前が藤原の次期当主にならなければならないんだ。このような処で油を売っている暇はないぞ」

 両腕をまといと祝言に掴まれた洸大は引きずられる様に甲板後方の爆薬が積まれていない回天魚雷へ向かった。

 小型艇がもうなくなっているこの戦艦に残された唯一の脱出方法。それはその魚雷で戦艦が進む方向とは逆、本土へ打ち出す事だった。まといが洸大をぞんざいにその中へ抛り込み、まといもその中に洸大に重なる様に体を入れ、最後に祝言が扉内側の取っ手を掴み中に入りながらそれを閉めた。

 最後に打ち出されたその魚雷を確認し、

「全員降りたな・・・」

「自分がまだ残っています。源中将」

 参謀の一人で大佐階級の男が星雲にそう告げると星雲は鼻で笑った。

「雄大、我も今そちらへ逝く。終わったら盃を汲み交わそうぞ。突貫するぞ、安須大佐」

 船速を最大まで上げた永久はその突撃で、米国空母一隻を道連れに海の底へと沈んだのであった。

 何とか自分の生まれた街に戻って来た藤原一行は自分たちの街が米国に占拠され、街の名前も変えられてしまった事に泡を喰らった。

 フォース・キャピタル・ディレクト・オブ・ユナイテッド・ステーツ

(Fourth-capital-direct-of-united-states)。米国人はフォースタル・DS(ディー・エス)と呼び、日本語で四都(しと)・合衆国特別区と日本国民へ呼ばせた。この街の特別区としての位置づけは首都東京に置かれたGHQ本部が構想していた完全に属国となった場合の日本の新しい首都にする為の街。だが、それは叶わず、後に三戸特別区という名の街になってゆく。

 藤原洸大達は己の財産を没収されない様にそれらを隠し世間が平常になるのを強かに待った。一九五八年四月末、世間の情報を集め、身の振り方を、今後の方針を考えていた。藤原、藤宮、隼瀬家。それら三家は第二回極東国際軍事裁判なる物が決行される言う情報を耳にしたのだ。一二年前の裁判時に取りこぼした戦犯を改めて裁く事が目的だという。そして、その裁判に掛けられる罪人の中に源銀河なる男の名前が挙がっていたのだ。銀河は星雲のただ一人の子供で戦時は陸軍少将で印度解放軍支援師団長を務めていた人物。洸大よりも三歳年上で三十歳を迎えた処だが、まだ子供に恵まれていなかった年の事。

 その銀河が大慌て、十歳以上も年齢の離れもう随分とお腹の大きくなった伴侶の智鶴と一緒に洸大達の処へ姿を見せたのだ。

「洸大殿っ!」

「おぉお、これは銀河しょう・・・、銀河殿ではありませんか、ご無事で。聞きましたぞ」

「うむ、なら話が早い。ただ、今回はかなり特別でな、我が身だけでなく、その配偶者まで裁くだのと、頓痴気な事を抜かしよる。我が裁かれる事は構わぬ、だが、智鶴はまだ、若く、やっと我が子を孕んでくれたというのに・・・。洸大殿、智鶴と我が子を匿ってはくれぬだろうか?」

「それは無論構わぬ。我が家の古からの存続理由は銀河殿の血、源家の血を守ると事、何故、銀河殿願いを断れようか・・・。銀河殿、銀河殿はどうするのだ?」

「洸大殿、いったであろう?智鶴が我が子を孕んでくれたと。二人を守ってさえくれれば、我が氏の直脈の血は絶えぬ。だから、我は潔く、奴らの言う、狂言の罰を受けようぞ」

「その決意、取りやめ出来ぬのだな?我は我を生かしてくれた星雲殿、銀河殿のお父上の言葉を敗れと申すか?」

 智鶴を二人の会話の席から外し、冷静に語り合う。星雲から託された事を敗れというその息子に対して洸大は銀河の心を確認するように強眼で見返していた。銀河の意思の強さを読み取った洸大は大きくため息を吐き、

「お互い似た者同士故、主の気持ちが変わらぬのがよう判るぞ、銀河殿・・・、あい、わかった。智鶴殿と銀河殿のお子は我、藤原家当主洸大が死にゆくまで、確りと見届けよう。それでよいか、銀河殿」

 洸大の返答に真摯な笑みで謝意を表した銀河は立ち上がり、一礼すると、客間から出て行こうとした。銀河が客間の襖に手を掛け、開けようとした時、何かを思い出したようで、洸大の方へ振り返り、人差し指を立て、

「大切な事を一つ、伝えるのを忘れるとは我の冷静さは見せかけのようだな・・・。洸大殿、我が子が無事に産まれたら、今から我が言う名前を付けてほしいのだ。男児だったら、タイヨウ、我等を照らすあの太陽に同じ字だ。女児ならカヅキ。華やかな夜に見える月で華月だ。たのだぞ、洸大殿」

 銀河は言って被っていた帽子を少し上げ、別れの挨拶を告げた。

 それから約二カ月後の六月二十二日に智鶴は男女二人の子を設けたのだ。ただ、まだ、その頃は異性一卵性双生児と呼ばれるものがあるなど医学界で発見されていなかったために二卵性双生児と思われていた。洸大は銀河から託された名、太陽と華月をその二人に付けたのは言うまでもない。しかし、銀河が生きていて、智鶴が同時に二人の子を授かったと知ったのなら大喜びしていた、だろう事を想像し洸大は誰も居ない処でひっそり涙した。

 それから、また数年が過ぎ、太陽らが言葉を喋る様になった頃、ある所から勅命を受けた智鶴は二人の子を連れ、身を隠した。

 智鶴、彼女が何故、そうしなければならないのかその理由を理解している洸大は彼女が置き手紙だけで、彼に挨拶なしに居なくなった事を咎めはしなかった。

 更に二十年近くの歳月が流れた一九八〇年元旦。

 周囲の多くの支援により、一大企業まで登り詰めた洸大の元へ、一人の青年が訪れた。

 藤原家、藤宮家、隼瀬家三家合同での元旦の祝賀会。多くの親族筋集まりの席に厳しい顔ではあるが、何かを成し遂げようとする強い意志を双眸に宿した青年が洸大の処へ寄り、丁寧なあいさつをすると、懐から短刀を取りだした、納刀したままの状態で鞘と柄の繋ぎ目をしっかりと握り、洸大へ突き出す。

 誰もが、何事かと思い騒然とする中、洸大は一喝し、場を沈めた。

「皆の者よ、なんてことはないぞ、続けて席を楽しむがよい・・・、・・・、・・・、・・・、その短刀の紋は・・・、お主・・・、タイヨウ・・・、源太陽殿か?」

「いかにも」

「久しゅう見ないうちに大きくなったのぉ、智鶴殿はお元気であられるかな?」

「ええ、母上は洸大様達の元から突然、身を隠す事になった事をこの上なく、申し訳ないと言っておりました」

「我々はその理由をしかと知っておる、気に病む事ないよう、智鶴殿にお伝えくだされ。今日はお主だけで参ったのか?華月殿は」

「華月は母上と一緒に・・・、でございます」

「それでは、仕方があるまい。元旦だというのに、休まる日がないという事か・・・」

「本日、僕がここへ参じた理由を聞いていただけないでしょうか?」

「よかろう・・・」

 誰も居ない処で話そうと、洸大は太陽を手招きして、別の部屋へと移動した。

「で、どのような用件か?」

「僕が生まれて早、二十と二年。僕等のこの日本は米国からの独立を約束されたのにも拘らず。未だに、属国扱い。政の世界も、米に知り尾を振るだけのやり方で民への配慮は全く持って蔑ろにされているのが現状。僕はそれを変えたい。僕等のこの日本は僕等の手で築き上げなければならないと考えているのです。ですから、僕が政界へ立つことの援助をしていただきたい」

 洸大は太陽の言いを深く考え、その返答を口にする。それは、

「我らが敗戦して、まだ四十年ぞ。先はまだ長く、お主はまだ二十歳を僅かに過ぎたばかりではないか。それでどうこの国の政治が判ると言うのか。それにお主の家系は御前寄り、表に出てはならぬと遙か昔からの取り決めであったはずじゃな?それは我が血筋も言える事なのじゃ・・・、太陽殿よ、まだ、先を急ぐでない。これから、お主が、十年、二十年先も同じ考えなら、その時は藤原家が総出を持って、協力しよう。だから、今はもう少し世の見聞に努めてほしいものじゃな」

「洸大殿の言葉に深く感銘を受けさせて頂きました。せっかくの祝賀に不躾な登場で真に痛み入ります。では、僕はこれで・・・」

「まて、まて、太陽殿、我の話はまだなんじゃ。今、我が放蕩息子が惚れた女子の為に海外に研究施設を作り、そこで、仕事をしておるのじゃよ。お主も日本を出てそとからのこの国を観察してはどうかな?たしか、我の情報では太陽殿、医学とやらを学んでいたと聞いているのじゃが」

「判りました。ぜひ、その申し出を受けさせて頂きます」

 そう、この洸大の言葉を受け入れた事により、僕の人生は波乱に富み数奇な運命をたどる事になるとは想像できなかった。


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