"かくれんぼ"は、やっちゃダメ

みこと。

第1話

 夏は毎年、お父さんのおじいちゃん、ひいじいちゃんのおうちに遊びに行く。


 ひいじいちゃんのおうちは田舎にあって、広いたたみのお部屋がいくつもつながり、とっても大きい。離れハナレ納屋ナヤに、くらまである。

 朝は小鳥、昼はセミ、夜はカエルの声がず――っと聞こえ続けるくらい、周りは田んぼや山、竹林たけばやし、それに川。自然がいっぱいだ。


 ひいじいちゃんのおうちで、滅多に会えないイトコたちと一緒に遊ぶことを、僕はいつも楽しみにしていた。だって僕には兄弟がいないから。


 だけど、今年の夏はちょっと違った。





「"お城山"で、"かくれんぼ"して遊ぼうぜ」


 年上のソウくんの言葉に、えっ、と思う。


 "お城山"。ひいじいちゃんのおうちの裏から、つながるみたいにあるお山。

 おじいちゃんのお山だって聞いてる。昔はお城があったらしく、登ると"お城跡しろあとです"って看板が立ってる。


 だけど。


「"お城山"での"かくれんぼ"は、絶対やっちゃダメ、って言われてるよ」


 ソウくんの弟、ケイちゃんがそう言うと、他のイトコたちも口々に言い出した。


「むかぁし、ご先祖さまが、悪いヤツを閉じ込てるままだからって」

「うん。"かくれんぼ"に誘い出して、隠れさせてるんだよね? ず――っと」


 それを聞いたソウくんが、あきれたような顔をして僕たちを見下みおろす。


「だから間違って、"そいつ"を見つけちゃいけない・・・・・・・・・から、"かくれんぼ"は禁止なんだろ? そんなの、"お城山"で迷子にさせないための大人たちの嘘だよ。テキトー言ってるんだよ」


 …………。

 迷子になりそうなら、もっとやめといたほうがいいと思うんだけど……。


「大体、悪いヤツってなんだよ。そんなのもう死んでるだろ、昔の話なのに」

「お……おばけ、とか?」

「おばけが昼に出るかよ」


 で、でも"お城山"は木が多くて暗いし、出るかもしれないじゃないか。


「お庭でやろうよ」

「大人たちが座敷で宴会してるんだぞ? 神様としておまつりしたご先祖様の、何百年目かの節目の年だってお祝いで。うるさくて、気が散るよ」


 提案をきっぱりと否定されて、僕は口をつぐんだけど。ダメって言われてる事やっちゃ、ダメなんじゃないかな。


 僕と同じ思いの子は何人もいたはずなのに。

 気がついたら、ソウくんの言葉通り、遊びは"お城山"での"かくれんぼ"に決定していた。

 ひいじいちゃんのおうちから、少し上ったお山のやしろで。

 

 うん、おやしろなら近くて、ひいじいちゃんのおうちもすぐ見えるし、大丈夫? 山の上の方でも、奥でも、ないもんね。

 それにおやしろなら……。きっと神様がいるから、悪いヤツとかいないよね?

 


 運悪く、ジャンケンで僕は"鬼"役が当たってしまった。

 隠れた皆を、あちこち走って見つけていく。広いから、大変だ。


 あとはひとり。アッくんだけ。

 おやしろの裏に回ってみよう。


 足にまとわりつく長い草を気にしながら、アッくんを探す。木が重なる山は、葉っぱのせいでお昼なのに薄暗い。流れる汗が、気持ち悪い。

 帰ったら、涼しいお部屋で冷たいおやつが食べたいなぁ。


 アッくんを、見つけたら。

 

 あっ!!



 木の後ろ、石の横、しゃがみこんでる黒い影!!



 「みぃつけた!!」


 勢いよく声をかけて、すぐに後悔した。

 ちがう、アッくんじゃない??


 えっ、でも、誰? こんな子、知らな――……。


 「ふふっ、やっと見つけて貰えた。ず――っと、待ってたんだ。次はキミがかくれる番だよ」


 その子が立ち上がった途端。

 ゾクリ。冷たい何かが背中をのぼった。


 あ゛っ……。あ゛っ……。


 どうしよう、この子、なんか怖い。足がすくむ。そんなとき。


「おーい、ミツキー!!」


 うしろから、ソウくんの声がした。

 僕のこと呼んでる。


 ほっ、として、振り返ろうとしたら。


「は――い」


 目の前の。さっき会ったばかりの知らない子が、返事をした。

 僕の名前なのに。僕より先に。僕みたいに?

 そして、さっと僕の横を通り過ぎて、ソウくんの元にけていく。ソウくんが、とても自然に話しかけてる。


「様子見に来たおばさんに"かくれんぼ"してるのバレて、叱られちゃった。おやつだって。帰ろうぜ」


 待って、待って、ソウくん。

 違うよ? その子、僕じゃないよ?


 僕じゃないのに。


「悪いヤツ、ちょっと見つけてみたかったよな?」なんて言いながら、ソウくんは、見たことない子を親し気に、肩に手まで回して、ふたりでひいじいちゃんちに向かう。



 どうしよう、声が出ない。呼び止めなきゃ、行っちゃう。



 ソウくんの横で、その子が振り返り、僕を見て、にやりと笑った。その顔が。



 ――――僕??!!




 それからあたりはすっかり暗くなって、「寝なさい」って言われるくらいの夜になっても、誰も僕を迎えには来てくれなかった。

 探しに来て、もらえなかった。


 きっとあの子に、僕の場所、取られちゃったんだ。

 あの子が ミツキ になっちゃったんだ。

 そういうコワイ話、読んだことある。


 もしかして、あの子が話に聞いてた"悪いヤツ"?

 だとしたら、僕はこれから、どうなるの?


 止まらない涙をふいた服は、すっかりぐしょれで。


 見えてるのに。ひいじいちゃんのおうち。お部屋の明かりも見えてるし、笑い声さえ聞こえてきそうな距離(キョリ)なのに。

 なんで僕は、あっちに行けないの?


 どうしてだか、暗い暗い木の間で、ひざを抱えてうずくまってる事しか出来ない。

 行こうとすると、身体がギュッと固くなって、全然、動けなくなる。


 お腹空いた。おうちに帰りたい。お父さんとお母さんにギュッてしたい。暗いし、怖いよ……。


 "かくれんぼ"なんて、するんじゃなかった。「やらない」って、ちゃんと反対してたら良かった。




 誰か……。誰か、僕を見つけて…………。












 



 ◇



 どのくらい、泣いてたんだろう。


 月が、山の真上に見える頃、サク、サク、と歩く音が近づいてきた。


 誰かが、僕に気づいて探しに来てくれたんだ!


 あわてて顔をあげ、足音の人を見て、僕はめちゃくちゃビックリした!!


 おさむらいさん――――??

 え、え、誰? なんで? なんでちょんまげ?? なんでお着物とハカマ?? この人、どうしてお侍さんみたいな恰好かっこうしてるの――???


 知らないおじさんだった。

 少し、おじいちゃんに似てる気がするけど、会ったことのない人だ。


 「何故こんなところでひとりで泣いている?」


 声をかけられた。

 ど、どうしよう、知らない人には、それにこんな変な扮装ふんそうした人には、返事をしちゃいけないんじゃ……。


 でも、僕はすごく困ってた。それに何だか安心できる声の気がした。

 それに、僕を見つけてくれた。


 言葉より先に、また涙があふれ出した。そしたら、その人が言った。


 「ここにいたモノ・・は、どうした?」


 ――――!! この人、あの子のこと、知ってるんだ!!


 それから僕は、起こった出来事を全部はなした。ちょんまげのおじさんが誰かはわからなかったけど、もしかしたら、何とかしてくれる? 僕を助けてくれる?

 そんな思いを込めて、一生懸命伝えた。


 すると、ちょんまげおじさんはけわしい顔をして、「わかった」と頷いた。

 そして、「ついてきなさい」と落ち着いた声で僕をうながした。


 不思議だった。あんなに動かなかった足が、するすると動いて、ちょんまげおじさんの後を追っていく。お山からなんなく抜け出て、ひいじいちゃんのおうちにも、あっという間に着いた。

 おうちの中はもう真っ暗で……。


 だけど、おうちの外は、いろんな色の光に、にぎやかに取り巻かれていた。


 なに、これ? 何が起こってるの???

 僕こんなの見たことないよ?

 水色、ピンク、黄色にみどり。淡い光がシャワーみたいにはじけてて、まるで花火みたいに、にぎやかだ。


 玄関上のおふだから、屋根瓦の動物から、お座敷のあるあたりや別のお部屋からも、柔らかで優しくて力強い、そんな光がちこぼれてる。……もしかして神棚とかお仏壇があるお部屋かな???

 自然と、そう思った。


 驚いて見ていると、ちょんまげおじさんが言った。


生身なまみでは……こちらからだな」

 そして、お座敷のある縁側に移動して、僕に入るよう指さした。

 

 夜だけど、暑いから、おうちは網戸のままだった。このあたり一帯は、みんな同じ名字で、ほぼ親戚だから、あまり用心の必要はないのだと、前にお父さんが言っていた。おかげで僕も、困ることなく中に入れた。

 うちの中はシンと静か。


 僕たち家族がお泊りしてるお部屋に進んで、僕は、またまたびっくりした。

 お父さんとお母さんと並んで、いつも僕が寝てるお布団。

 今日はあの子・・・が寝てた、その上に!

 

 おっきい獅子しし――???


 あ、あれ、ひいじいちゃんちの玄関に置いてある獅子だ! 炎みたいな形の、クリンとした尻尾、見覚えがある! おうちに入ると玉に足かけた小さな獅子の置物があって、いつも「可愛いなぁ」って思ってた。

 その獅子が、熊みたいに大きくなって、金色に光りながら、布団ごとあの子・・・を押さえつけていた。


大方おおかた家人かじんに悪さをしようとして取り押さえられたな」


 えっ、おじさん? いつの間に?


 一緒に入らなかったはずなのに。

 僕が隣に立つおじさんを見上げると同時に、あの子・・・も僕たちに気づいた。

 そして、おじさんを見て、「ヒッ」と叫んだ。


 おじさんが、静かだけど、とても迫力のある声で言う。

 

「子に成り代わって屋敷に招き入れて貰い、してやったりだったろうが、この家(や)の者たちは万物に敬意をもって接している。ゆえに守りも正しく発動する。つけ入る隙はない」


 ガタガタとふるえるあの子・・・の顔がって、なんだかよくわからないものに変わっていく。おじさんは、なおも言った。


「数百年を経ても、まるで改心せぬとは。が権限により、今宵、その身に相応しい場所に引き渡すこととする」


 おびえるあの子・・・の顔が、もう人間ひとじゃないくらいクチャクチャにゆがんでいく。必死に逃げ出そうとしてるけど、獅子がガッチリおおいかぶさって、動けないみたい。


 ちょんまげおじさんが、手をあげた。


 !!


 カラリ。すべるようにふすま・・・ひらいて、中から真っ黒なドロドロが、よく伸びるゴムみたいに飛び出した。

 スライムっぽい何本ものが、あっという間にあの子・・・を包む。ふすまの向こう側には、燃え盛る火がチラリと見えた。スライムは、そのままあの子・・・を奥に引っ張り込んで――、ふすま・・・はパタリと、また閉じた。


 隣の部屋は普通に畳のお部屋だったはずけど、どうなってるの??? 火事じゃないよね?


 あっけに取られて固まってると、ちょんまげおじさんが僕を見た。


「怖い思いをしたな。もう大丈夫だ。アレは冥府の獄吏に引き渡した」


 メーフ? ゴクリ?


「あやつは、領民を食らっていた鬼でな。なんとかひと箇所に縛り付けていたものの、我も人の身だったゆえ、めっするまでは叶わず」


 たまとなってからは、やしろから見張っていたのだが。

 そう言いながらスッとしゃがんだおじさんが、僕の目を見ながら言葉を続ける。


「子孫であるお前たちが、儂を神とまつってくれた。そのながあがめをってた力で、ようやくアレが始末出来た」


 言葉が難しくて、何(なん)となくしか意味がわかんなかったけど。

 子孫。と、いうことは。


「えっと……つまり、おじさんは僕のご先祖さまで、おやしろの神様?」


 お山のお社の神様は、僕たちの遠いご先祖さまだって、聞いたことがある。

 

「儂がこの世を去る時、家の者には"かくれんぼ"を禁じるよう言いおいていたが」


「ご、ごめんなさい!!」


 僕は慌てたけど、おじさんは、穏やかに微笑ほほえんだ。


「いや。むしろ長い間、守られていたことに感謝しよう。たすける力が、間に合って良かった」


 おじさんの姿が、うっすらと透け、光の粒になってけていく。


「いつもお前たちを見守っている。すこやかに過ごせ、満生ミツキ


 おじさんが、消えた。気がつくと、獅子もいなくなってる。




「んん……」


 すぐそばのお布団から、身じろぐ声がする。お母さんだ!!


「うわぁぁぁぁぁぁん。おかあさぁんんんんん」


 突然泣きながら抱きついた僕に、寝ていたお母さんはびっくりしたみたいだった。


「ど、どうしたの、ミツキ。怖い夢でもみたの?」


 戸惑とまどいながら抱き返してくれたお母さんにしがみついて、僕はしばらく泣き続けた。

 良かった。帰って来れて。ミツキに戻れて、本当に良かった!!





 翌朝。玄関ホールの小さな獅子を見つめながら、僕は首をひねっていた。

 

 昨日、ひとしきり泣いた後、お母さんから身体を離した僕は、いつの間にかパジャマを着ていた。

 朝起きて、ふすまを開けても、黒いドロドロはなくて、いつも通りのお部屋だった。


 不思議なことだらけだ。


 昨日の出来事できごとは、夢だったのかなぁ?

 家のあちこちが光って、この獅子が大きくなったこととか。ご先祖さまで神様の、ちょんまげおじさんに会ったこととか。

 

 だけど。蒸し暑くせまりくる夜の空気も、ひとりっきりで聞いた木々の音も、はっきりと覚えてる。すっごく、怖かった。


 でも。

 でも――?



 その時、向こうでおばあちゃんの声がした。


縁側えんがわにお靴脱いでるのは誰だい? このお靴は、ミツキかい?」


 ――――!!




 僕は獅子をでながら、そっと伝えた。

「昨日は、ありがとう」


 あとで、おやしろにもお礼に行かなくっちゃ!

                              《了》

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"かくれんぼ"は、やっちゃダメ みこと。 @miraca

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