第5話 撃退
ヒタカが夜光魚までたどり着くのは、簡単なことであった。建物の壁を足場にして、魚の頭上へ跳躍すると、愛刀・
ぐずりっ。
肉が裂ける音が夜に響き渡る。切り口からアンモニアと
対象の身体は半透明のため、骨とそうでない部位は分かりやすい。ヒタカは骨を避けて肉を、厳密にはその向こうにある脈打つ心臓を狙ったのだが、皮と肉は想定より分厚かった。
「くそ!硬いっ!」
夜光魚ががちがちと歯ぎしりのような声を上げ、背に乗った異物を排除しようと身体をくねらせた。背鰭の
地表では残る数人が夜光生物の気を引くため、応戦してくれている。
夜光生物退治の方法はさまざまある。人数がいる場合は複数人で対象の体力を落とし、弱らせてから心臓部分を狙うのが安全な退治方法の一つである。小型生物なら心臓を狙うまでもなく力尽きることもあるが、これはそうは行かなかった。
「無駄に体力があるな!」
振り落とされぬよう、魚の鱗の隙間を利用して踏ん張ると、再び刀を突き刺す。刀は魚の身体の奥へと潜り、外側に出ているのは柄の半分になった。
心臓には届かない。
「い、い、加減!往生しろ!!」
ヒタカは八つ当たりのごとく叫ぶと、一層暴れる魚に刺さった刀に勢いよく踵落としをした。
びきりと岩を割ったような感触がヒタカの足裏に伝わるとともに魚がびくりと動きを止めた。
心臓部に刀が届いたのだ。
みるみる間に地面に崩れ落ち、刺の発光が消えていく。あたりはいつも通りの夜に沈み、静寂が闇を飲んでいった。
「や、やった、のか?」
近くにいた誰かが問う。最後まで粘ってくれた町人の一人だ。手には槍を握りしめ、まだ構えを解けずにいた。
「たぶん」
転がるように地面に着地したヒタカは、軽く肩で息をしながら、それに応答した。
大通りの真ん中に転がった魚は、未だ痙攣していたが、鰭の発光が消えていくのとともに次第にその動きを止めた。皮の向こう、肉の奥で、刀が刺さったままの心臓も鼓動を止め、活動していた時より一層のどす黒い色へと変じて行った。
それらを見届けた、ヒタカを含む人々は一斉に大きな息を吐いた。疲労と安堵が複雑に混じったため息だった。
「おつかれさま」
ヒタカはその場にしゃがみ込むと、小さく労いの言葉をつぶやく。
暗闇の中、皆が武器を地に落とす音がした。それはからからと虚しく、街の中に響いて行った。
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