第9話 屍を取りあう者たち【2】
「代表、先に運び出した夜光生物で心臓の状態が良いやつを三体ほどこちらに戻せるか?」
「それは可能だが……。まさか! あいつらにそれも寄付するんじゃないだろうな?」
テンカは眉間の皺を深くし、遠くの光人たちを睨みつける。
「その代わり、俺が仕留めた方をこちらで引き取ることで話をつけてきた」
背後に横たわる大型夜光生物を親指で示す。
「その数じゃあ、大きい方がよさそうなもんだが、あっちにどういうメリットがあるんです?」
クマが首をひねった。
夜光生物とエネルギーは、死肉の大きさや量と変換量はほぼ比例する。その上に鮮度が影響すると言われるが、質より量が
「市場ではその考えで合ってる。が、連中は量も質にこだわるんだ。特に光核は重要視する」
「光核が割れていようがエネルギー変換には影響しないのに、何を贅沢言ってるんだか」
すでに町はずれの発電処理所に運んでしまった死肉を戻すよう、近くの町人に指示をし終えたテンカが、ヒタカの言葉にすぐさま反応した。
生きるのにいっぱいいっぱいな世の中で選り好みなどできるわけがない。そのとおりだと、ヒタカはため息とともに頷いた。
「普通はそう考えるが、献上品とするならば見た目も綺麗な方がいいだろう」
「献上?」
「どこに?」
イルとクマが疑問符を浮かべている間に、テンカはヒタカの言わんとすることを察したようだった。
「もしかして、昼の都に献上するのか?」
「正解。詳細には都におわす王への献上だ」
運ばれてきた死肉と心臓を町人から交換している光人たちを遠目に見ながら、ヒタカは続けた。
「話は単純だ。光人の拠点である朝の星教会は、信者や地元の住人からの集めた献金や税を都に納めているのは周知だが、その中に
皮肉げにヒタカは話を続ける。
「光核の見た目は鉱石に似ているため、質・量・見た目・エネルギー量、すべて揃ったものは、宝石や金のように高く評価される。献上でき得るものとされれば、王に謁見できる可能性や出世もあるかもしれない、らしい」
「出世はともかく王様に会えるのはそんなに良いものかねえ。気詰まりしそうだ」
テンカが首をひねる。
「光人の王……教会は光人の
ヒタカは眼鏡を上げながら続けた。
「そういうわけで、傷物の光核と小さいが見目の良い光核数個を交換する提案を、出世欲や信心深さを刺激して交渉したわけだ。エネルギー量は俺が仕留めた夜光生物の方が見るからに上だから、俺たちの方がエネルギー量の点では取り分のほうが多いはずだ。だが、あちらはエネルギー量より見た目が大事。それで交渉成立」
「ほほう。そんな奥の手があるのか」
「頻繁に使うと怪しまれる。条件やタイミングを見て、ここ!という時だけにしたほうが良いがな」
良いことを聞いたと言うテンカにヒタカはにやりと笑みを浮かべた。
テンカは光人たちに見えないよう、自身の身体で隠すように親指を上げてハンドサインをヒタカに見せている。ヒタカも小さくハンドサインをした。二人とも満足げだった。
「先生と代表はああいうところで、すごく気が合うんだよな」
ヒタカとテンカの、町の代表二人の子供の悪巧みのようなやり取りを見ていたクマがイルにこっそりと耳打ちをした。
「うん、なんか分かる」
それにイルが深く納得したその時だった。
どかっ。
何かがイルのそばで重い音とともに落ちた。
「え?」
イルはそれが少し離れたところに立つヒタカとテンカの頭上高くを通り過ぎて、自分の右側に落ちてきたのを視認していた。
暗い中でも、何が落ちてきたか、イルには分かった。
しかし、それを理解する頭が回らなかった。ヒタカやテンカ、クマも何が落ちてきたか、気がついている。
一瞬のことであるが、まるで長い時間が経ったかのような錯覚するほどに、全員が息を呑んだ。
落ちてきたのは人だった。
頭から血を流し、地面に激突した衝撃か、苦しそうに呻いているのは、神父とともにやってきた光人の男の一人であった。
「だ、大丈夫です、か―――……?」
咄嗟にイルが男に声をかけようとした瞬間、遠くで複数人が騒ぐ声が聞こえてきた。
同時に、ダダン、ダダン。と、銃声らしき音が絶え間なく夜空に響く。
『!!』
「何……?!」
音がしたのは光人たちが夜光生物の死肉を運び入れている車の停車位置の方角だった。
ドタン!
「きゃっ!」
先で何が起きているか認識する前に、再び彼らに別の何かが落ちた。
「た、助け……」
別の光人だった。
先の人物同様、身体を地面に打ち付けたのか、血を流して呻いている。
「おい!何があった?!」
その彼がこちらに助けを乞おうと誰にとも分からず、ヒタカたちへと手を伸ばす。
しかし、それは叶わなかった。
「それが、俺たちも、わから――――う、うわわあぁぁぁぁ!」
テンカが手を伸ばそうとした瞬間、彼はものすごい勢いで元いた場所の方へ、引きずり戻されて行ってしまった。そして、最後にはひとりでに宙を舞った。
「っ?!」
何もないように見えるが、何か見えない力に引っ張られているのは明白だった。
何かが起きているらしい方向へと引き戻された彼を、目で追うだけ追ったが暗い中ではイルを始め誰も最後まで追うことはできなかった。
代わりに彼が消えた夜の先で、光人と残っていた町人たちが騒いでいた。誰かが一心不乱に銃を空に向かって撃っているのがわずかな光の中ではわかる。そこには何もない。しかし、時折、光が何もない空間で奇妙に反射した。
「なんだ?! 何が起きているんだ?!」
クマが慌てた声を上げる。
「おい、先生。あれ、困ったことになってないか……?」
「わかってる……! 今、絶対に無闇に動くなよ」
先に落ちてきた光人を介抱しながらテンカは困惑した表情を隠しきれずにいた。光人はすでに気絶しており、状況を聞けそうにはない。そうなれば、この場で、こういった状況に詳しい
頼られたヒタカは、三人の困惑や焦燥を背に受け止めながら、静かに言った。その声は緊張に満ちており、手にはすでに抜き身の刀が抜かれている。
イルやテンカ、クマと同様に、ヒタカも今の事態を把握できているようには見えなかったようだったが、ヒタカが制止をかける理由を、この場にいる全員が言われずとも分かっていた。大型夜光生物の死肉がある場所、光人たちと町人たちが作業している場で何かが起きている。銃を使わらざるを得ない何かだ。
だが、それ以上が分からない。
人が宙に浮いたと思ったら、消える。また、先ほどまで目の前に横たわっていた大型夜光生物の死体の半分や、暗い中でも薄ぼんやりと見えていた光人の車両も見えない。その中で、武器を持った数人が恐慌に陥ったように銃を乱射していたり、槍や農具をでたらめな方向に突いたりしている。
傍から見れば、何らかの理由で混乱した人々が意味もなく暴れているよう見えた。しかし、それを否定するものが再び目の前に飛び込んできた。
どさりと三人の目の前に落ちてきたのは、誰かの腕だった。
黒い袖が、光人が着ている服装に似ている。
肩と肘の間の断面からは、骨や肉、皮がずたずたにはみ出ており、血がどろりと地面に広がった。まるで、身体から無理やり引きちぎられたかのような有様だった。
「ひっ!」
イルは小さく悲鳴を上げると隣で固まっているクマの腕にしがみついた。
「くそっ!今日は厄日か……!」
「ヒタカ!なんだよ、これ!」
とても直視ができず、目を背けたイルの耳に動揺するテンカの声とヒタカの舌打ちが聞こえた。
「視えない
夜光案内人が小さく言ったその一言は、その場の全員の血の気を凍り付かせるに十分な一言だった。
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