第7話 後始末と代替エネルギー【2】
「お嬢さん、案内人がすごいのではなくて、ヒタカ先生がすごいんだぞ!」
イルの打算のない賞賛にヒタカが返答できずにいたところ、思わぬところから声が闖入してきた。
いたのは、長い黒髪を後頭部で一つにまとめた女性だった。
カタカタと運んでいた四輪の手押し車を脇に置くと、堂々とした立ち姿で仁王立ち、我がことかのように自慢気だった。
背はヒタカより高く、ジーンズやシャツ、ジャケットを着ていた。男物なのだろう。少しサイズが大きめのジーンズの裾は、ショートブーツの上で多めにまかれているし、厚手のジャケットも袖が余っているようで、皮手袋に包まれた手の甲まで届いていても、手足の長さや細さに目が行く。しかし、他の町の人々と同様に全身泥や汚れまみれの姿に、背中に斜め掛けされたケースからはみ出したショット・ガンが見える。先の襲撃では参戦していた一人のようだ。
年齢はヒタカと大して変わらないようにみえたが、聞き取りやすい大きな声からは芯が通った力強さがにじみ出ていた。
彼女は戸惑っているイルやヒタカ、クマの前に来ると挨拶代わりににこりと笑った。化粧っ気の無さも相まってか、薄薄闇の中でもとても健康的だった。
「誰?」
「この町の代表」
ヒタカが渡りに船とばかりに紹介すると、隣で聞いていたクマが続けた。
「ノクティスには町長はいないが、彼女が実質の町長みたいなものだね」
「テンカだ。誰がやっても問題ないものだけど、みんなの面倒をなんやかんや見ている内に、気がついたらそうなってただけだよ。先生と似たようなもんだ」
「俺は代表でもなんでもない」
ヒタカは心外だと眉をひそめ、テンカへあからさまにため息を吐いた。
「まあまあ、先生はいつもそう言うけど、常駐の夜行案内人なんてそうそういないからね。夜の困り事ならヒタカ先生ってみんな思っているさ」
テンカはからからとヒタカの反論をいなす。
「実際、こんな大物をさくっと退治できるのも先生がいてくれるからじゃないか」
彼女は、背後で未だにすべてを運びきれずにいる巨大夜光生物の死肉をぐるりと見たあと、自身が運んできたものを覗き込んだ。そこには夜光生物の心臓が死肉とともに載っていた。ヒタカが倒した夜光生物よりふた回りほど小さい心臓を見るに、他の場所で倒されたもののようだ。
「今回も先生やみんなのおかげで臨時収入だ」
「こっちはその度に死にものぐるいなんだが」
赤黒く血なまぐさいそれを宝の山のように見るテンカにヒタカは疲れたと息を吐く。
「それはそうだけど、先生が教えてくれた退治方法で被害が最小に抑えられていて、以前に比べれば楽になったんだ。今回もけが人はいるものの死人は出ていない」
ヒタカの愚痴っぽい発言をものともしなかった。
「死人が出ないのは良いこと」だと彼女は真剣な眼差しで言った。
「それに、そんなおかげで燃料も手に入ったし。破損が少ない心臓は高く売れる」
「売るんですか?てっきり町で全部燃料として使うんだと……」
イルが驚くとヒタカとテンカは同時に頷いた。
「町で燃料として使うこともできるが、心臓は
「それはそうだけど……」
「光核になってしまえば持ち運びも簡単だしね。小さい方は町で使うが、大きい方は大都市に行って高値で売った方が得なんだ」
光核とは主に夜光生物の心臓の柔らかい部分がすべて腐り落ちた中に残る石の事だ。見た目や硬さなどから石や鉱石と表されるが、実際それがなんなのか、明確な答えを持つ者は未だいない。しかし、それがやがて緑の光を放ち、光そのものとして代用できることは周知の事実である。
ノクティスの灯台や街灯、時折ランプの光源には光核を使っている。電気の光より強く、長持ちする上に、
時折、地面から蛍やシャボン玉のように湧いて浮遊する緑光があるが、それらは昔に死んで地面に埋まった夜光生物の光核から出てきていると言われている。実際、大量の緑光が湧く場所を掘ると化石燃料や光核、化石などにあたることがあるという。
売るのも確かに悪くないが、逆を言えば購入すれば高値になる。苦労して手に入ったのなら、手放さず自分たちで光源として使えばよいと考えたイルの疑問へのテンカの答えにイルが納得しかけた時、ヒタカが横から口を静かにはさんだ。
「イルの言いたいことはもっともなんだがな……」
「何か問題があるんですか?」
「地域によるかもしれないが、
「そうそう。先生の言うとおり」
「リスク?」
「代表、先生……」
二人の言葉にイルが頭をかしげているとクマが小さく警戒の声をあげた。釣られるように周囲で作業をしていた人々も動きを止める。
同時に郊外から、車のエンジン音が聞こえてきた。その場にいた誰もが灯台の緑光を背景にこちらに向かってくる二台の車……ジープと幌を被った小型トラックを注視した。
「おー、お出でなすったよ。先生」
「今日はいつもより早いな」
「そりゃ、こんな大物があるからね」
「信奉者にとっては取り入るに良い材料か」
二人の会話の間にも、車はこちらへまっすぐに向かってくる。
ドゥルドゥルと古いエンジンを使っているのか、腹の底に響く音を響かせるジープとトラックは、街に入る寸前、彼らがいる場所から数メートル離れた場所で止まった。一番傍にある街頭の緑光が二台を淡く照らす。
「あれ……!」
そのジープの両扉についているマークを見て、イルは思わず声を上げた。
二重線の円型の中央にひし形、ひし形の鋭角部分からは線が放射線状に伸びている白い紋をイルは知っている。否、あれを知らない人間はこの世界にいないだろう。
ジープから二人の人物が、トラックから荷台の幌を捲って四人が降りてきた。
全員が同じ黒い服装を着て並び立つ姿は、薄緑の光の中では異様な光景だった。
「
イルは思わずヒタカのコートの端を握った。
ヒタカやクマ、テンカをはじめとするこの場にいたすべての町の者が息を呑む気配がした。
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