付記:登場した説話の解説

 この物語内で登場した説話を簡単にですが解説したいと思います。

 中国には三国志にまつわる説話が多く語り継がれていますが、同じテーマの説話でも細かなところが違う別バージョンがあったりします。




<関羽の出生>

 南海龍王は天帝(玉帝)の命令に背いて旱魃かんばつに苦しむ村を救い、斬首された後、人間の子供に生まれ変わった。その子こそが関羽である、という説話。

 本来の説話では、南海龍王は和尚に「私が斬首になったら、村の湖に赤い水が吹き出るので、その水を桶に汲んで置いて欲しい」とあらかじめ伝えている。赤い水を汲んだ桶を置いておくこと九十九日後、その桶から突如として子供(関羽)が飛び出してきたという。

 また、南方を司る龍は赤龍なので、南海龍王――すなわち関羽は赤龍ということになる。青龍ではない。赤龍の王である関羽が青龍偃月刀(青龍剣)を手に入れた経緯にも伝説があり、

「関羽が子供の頃、寺小屋の灯明の油をなめにきた青龍と格闘し、青龍のつのを折った。その角で青龍剣をつくった」

「関羽が鍛冶職人に宝刀を鍛えるように依頼したところ、百振り目に鍛えた大刀の冷たい光が天を翔んでいた青龍を射貫き、その血が大刀に滴った。青龍の血で焼きを入れたことから、青龍偃月刀と呼ぶ」

 などのバージョン違いのお話が存在する。




<張飛の書画の才>

 あまり知られていないが、張飛は美人画と書道の達人だったという逸話がある。これは張飛の故郷・涿州たくしゅうでは有名らしく、張飛が描いたとされる壁画まで伝わっている。




<華佗の治療>

 華佗がにんにく漬けの酢を病人に飲ませて蛇を吐き出させた逸話は、陳寿著の『三国志』華佗伝や干宝かんぽう著の『捜神記そうしんき』にある。

 また、劉勲りゅうくん(袁術の武将。後に曹操に仕える)の娘が左膝の裏側に腫物ができて苦しんでいた。華佗は、赤犬を馬二頭に交替で引っ張っらせ、犬をくたくたにさせた。そして、その犬の後ろ足の付け根から腹にかけて切り裂き、その切り口を娘の患部と向き合わせた。しばらくすると、患部から逆鱗の蛇らしき生物が飛び出してきたという。

 これらの逸話に登場する蛇の正体が何だったのかは、はっきりとは分からない。しかし、華佗の部屋の北の壁には、蛇が十匹ずつ束ねられ、それがいくつもぶら下げられていたとのことである。




<死姦された馮貴人ふうきじん

 後漢の十一代皇帝・桓帝の寵姫だった馮貴人の遺体が墓荒らしの賊たちによって凌辱された逸話は、『捜神記』にある。馮貴人は生前と変わらぬ美貌であったため、欲情した盗賊たちは最終的に彼女の死体をめぐって殺し合いになったという。

 このような事件があった後、桓帝の墓に馮貴人の墓を並べて築くという計画があったが、陳球という官僚が「たとえ生前は寵愛されていた御方でも、死体を賊にけがされてしまっている。皇帝と並べて弔うのは適切ではない」と反対したため、その計画は変更された。




<貂蝉美女改造計画>

 貂蝉は元々は不細工かつ弱虫で、華佗が美女西施の首と刺客荊軻の肝を移植手術したことによって、美しき女刺客の貂蝉に生まれ変わった……という伝承は現在の湖北省あたりで語り継がれている。

 この小説では王允に脅されて手術したことになっているが、民間伝承における華佗はノリノリで貂蝉美女改造計画に協力しており、西施と荊軻の墓を自ら掘り起こして二人の首と肝を入手している。




<関羽の顔>

 関羽が悪徳役人を斬ってお尋ね者になったという伝承は、関羽の故郷である現在の山西省で語り継がれている。関羽が赤ら顔である理由と美しい髭をたくわえている経緯も、その伝承内で説明されている。

            *   *   *

 役所の兵に追われていた関羽は、川で洗濯していた婆さんに助けを求めた。

 婆さんは関羽の鼻をぶん殴り、大量の鼻血が噴き出した。驚いた関羽が手でこすると、顔中がなつめのように真っ赤になってしまった。さらに、婆さんは関羽の頭髪をずぼりと引っこ抜き、唾で関羽の口のまわりにその頭髪を貼りつけて長い髭にした。

 関羽が何が何だかワケワカメと戸惑っているところに、役所の兵たちが追いついて来た。しかし、兵たちは変わり果てた彼の顔を見てもあの関羽だとは気づかず、そのままスルーして走り去って行ったのである。

「神様が助けてくださったのだ!」

 関羽がそう気づいた時には、婆さんの姿は消えていたのだった……。

            *   *   *

 小説を執筆する際、この伝承をそのまま描いたらただのコントになってしまうと作者は思った。そのため、「血の涙が関羽の顔を染め、棗のような赤ら顔になった」という設定にした。




関帝廟かんていびょうのおみくじ>

 関羽が少女をかばい、盗み食いの罪を被ったという逸話は存在しない。ただし、作者が元ネタにした説話が清の時代の怪異小説『子不語しふご』(袁枚えんばい著)にある。

            *   *   *

 科挙に挑戦しているある男が、李という家に間借りしていた。隣の家の王という者はいわゆるDV夫で、いつも妻を殴っていて、食事も与えていなかった。飢えた王の妻は李家の鳥の煮込み料理を盗み食いした。

 そのことが李家に露見し、激怒した夫の王は妻を殺そうとした。

 王の妻は恐れおののき、「料理を盗んだのは、私ではなく、李家に間借りしているあの男です」と訴えた。驚いた男は濡れ衣であると言ったが、関帝廟(神となった関羽が祀られている廟)のおみくじで占うことになった。

 おみくじを三回引くと、「犯人は李家に間借りしている男」と三回とも同じ結果が出た。占いのせいで、男は李家から追い出されてしまった。

 後日、霊媒師れいばいしが関帝(関羽)の霊を自らの肉体にのりうつらせていたので、男は「なぜ間違った裁きを下したのです。おかげで私は間借りしていた家を追い出されました」と関帝に文句を言った。霊媒師に憑いている関帝は、灰の上に文字を書き、男をこう諭した。

「お前が盗みの罪を被ったところで、せいぜい李家から追い出されるだけだ。しかし、王の妻は盗みが露見してしまえば、必ずやあの乱暴な夫に殺されてしまう。私(関羽)は、裁きを間違えたという汚名をあえて受けてでも、人命を助けたかった。科挙に合格して民の支配者たらんとするお前は、どうなのだ。それでも私の裁きを恨むというのか」

 男は、関帝の裁きにようやく納得することができたという。

            *   *   *

 義の人・関羽は、死した後も義の神だった……と感じられる面白い逸話である。そのため、小説内で形を変えてこのエピソードを入れた。




<月下に貂蝉を斬る>

 関羽が劉備・張飛を惑わす美女貂蝉に危機感を抱き、月の下で彼女を斬り殺すという逸話はかなり昔から語り継がれていたようである。明時代の戯曲や現在の京劇にもこのテーマの劇が存在する。

 逸話内の関羽は、貂蝉を斬ろうとしたが、躊躇ためらいがあって青龍偃月刀を手から落としてしまった。青龍偃月刀は貂蝉の影の上に落ち、その直後に女の首が転がったという。

 また、関羽が貂蝉を助けるという説話もある。曹操は貂蝉の美貌を使って関羽を篭絡しようとしたが、関羽はなびかなかった。激怒した曹操は貂蝉を処刑しようとする。哀れに思った関羽は貂蝉を連れて軍営を抜け出し、安全な場所まで送り届けたという。

 ちなみに、この説話でも張飛はトラブルメーカーで、色々と誤解して「貂蝉みたいな女に関羽の名を汚されるぐらいなら、俺が貂蝉を殺してやる」と息巻いて追いかけて来た。関羽が張飛をなだめたおかげで、事なきを得た。








〇参考文献

・羅漢中著 井波律子訳『三国志演義2』(筑摩書房)

・陳寿著 今鷹真・小南一郎訳『正史 三国志4』(ちくま学芸文庫)

・干宝著 竹田晃訳『捜神記』(平凡社)

・渡邉義浩著『関羽 神になった「三国志」の英雄』(筑摩選書)

・殷占堂編著『三国志 中国伝説のなかの英傑』(岩崎美術社)

・湖北省群衆芸術館編 立間祥介・岡崎由美訳『三国志外伝 民間説話にみる素顔の英雄たち』(徳間書店)

・東京国立博物館・九州国立博物館『三国志 Three Kingdoms Unveiling the Story』(美術出版社)








最後までご覧いただき、誠にありがとうございました!!

また機会があったら三国志の小説に挑戦したいと思います!!

私は三国志の中では関羽が一番好きです。皆さんは誰が一番お気に入りでしょうか……?

感動等いただけると励みになります(≧▽≦)

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斬貂蝉 青星明良 @naduki-akira

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