最終話のその後② リベンジなるか?!

「……は、はっちゃん」


 恐る恐る勝手口のドアを開ける。ここだけは従業員専用ということで歓太郎はもちろん、式神達、それから葉月でも開けることが出来る。だから、そこに彼女はいた。


 深緑色の、みかどのエプロンを着けて。


「おー、起きたか慶次郎さん。もう大丈夫なの? 歓太郎さんからスポドリもらった?」

「えっと……、あの、はい」


 ちょっとためらったのは、エプロン姿の葉月が新妻みたいだと見惚れたとか、そういうのではない。


 もらったのは、スポドリスポーツドリンクじゃなくて経口補水液なんだけど訂正した方が良いのかな、と至極どうでも良い点で悩んだためである。


「ご飯食べられそう?」

 

 無理なら良いんだけど、と照れたように笑うのを、「食べます!」と食い気味に返す。その勢いにさしもの葉月も驚いたらしく、「随分元気になったじゃん」と目を丸くしている。


「お腹空かせてきたので、大丈夫です」

「……空かせてきた? って、何? どうやって?」

「いまウチの敷地内を五周ほどしてきました」

「何で?」

「はっちゃんがご飯を作ってくれると聞いて、歓太郎が走ってこいって」

「まーたあの神主か」

「あっ、でも歓太郎は三周で良いって言ったのを僕が勝手に五周にしただけなので、歓太郎は悪くないんです! 本当です!」

「いや、何かよくわからない庇い方してるけど、病み上がりの人間に走り込みさせるとかどういうこと? ていうか何、慶次郎さん意外と体育会系なの?」

「体育の成績は良かったですよ。5でした」

「式神無しで?」

「式神無しで、です」


 クソ、何か腹立つ、と呟くが、その横顔は少し緩んでいる。かぱ、と炊飯器の蓋を開けてご飯を混ぜつつ、「事後承諾になるけど」と葉月は言った。


「キッチン勝手に借りたから」

「あ、それは全然、好きに使っていただいて」

「言っとくけど、あんまり期待しないでよ」

「すみません、ものすごく期待しちゃいました。あの、何を作ってくれたんですか?」

「親子丼、だけど。めんつゆ! めんつゆだから! マジで! おパさんのみたいな、お出汁でどうこうするようなやつじゃないから! めっちゃ茶色いからね!? もうほんと茶色いやつだから!」

「……なぜそんなに茶色アピールするんですか?」


 その後も何度か茶色いから茶色いからと連呼しつつ、まぁ確かに普段見る親子丼より茶色いな、と思うそれが彼の前に置かれる。彩りに、と添えられる三つ葉もない、めんつゆの茶色と、それと混ざった玉子の微妙な白と黄色の斑な親子丼である。


「いただきます」

「ど、どうぞ」 


 木匙で掬われたそれが、ふぅふぅ、と軽く冷まされ、口へ運ばれるのを、葉月は固唾をのんで見守っていた。


 美味しい、とは思うのよ。ていうかあたしは美味しいしね!? 父さんも美味しいって言ってたし! あーでもあの人の場合、「葉月が作ったものは何でも美味しいナー」って丸焦げのクッキーとかも食べちゃう感じだからなー。えー慶次郎さん何にも言ってくれないんだけど!? やっぱりお口に合いませんでしたぁ!? ちっくしょう、おパさんの料理が美味すぎるのよ!


 そんなことを考えつつ。


 と。


 本当に空腹だったのだろう、あっという間に親子丼を平らげた慶次郎が、木匙を箸置きの上に置き、「はっちゃん」と顔を上げる。


「な、何? 水? お茶? おパさんのお味噌汁出す? 一応、お口直し用に作っておいてもらったのよ。いや別にお口直しっていうか、全然いまから出すけど!」


 わたわたあわあわと棚を開け、グラス? それとも湯呑? みかどなんだからここはやっぱり升で!? などと混乱している葉月に「そうじゃなくて」と彼女とは対象的に落ち着いた声である。


「好きです」

「――は、はぁ? お、ああぁ!?」


 突然の告白に動揺した葉月の手からグラスが滑り落ちる。割れる! と目を瞑ったその瞬間。


「キャ――ッチ!」


 どこからか現れた白色毛玉が、ずささ、と床を滑り、ギリギリのところでそれを受け止めた。


「ナイス、麦!」

「さすが掃除の鬼だな!」

「ふっふっふ。グラスが割れると厄介ですからね!」


 一匹現れたら、残りの二匹もいると思え。それがこのもふもふ式神である。もちろん残りの二匹もどこからか現れ、もふもふの手をぽふぽふと叩いてキャッキャとはしゃいでいる。


「た、助かった……。ありがとう麦さん。じゃなくて! ちょっと、どこから出て来たのよ! いま……、いますごく良いところだったのに!」


 んもー! と葉月が地団駄踏んでいると、「本当にもう、こいつらはねぇ」と言いながら、慶次郎の隣に歓太郎まで座る始末。


「いやーごめんねはっちゃん。いいよ、続けて?」

「続けられるかぁっ!」

「えー、怒んないでよぉ、はっちゃーん。いや、怒った顔も可愛いけどっ」


 うふ、と、ばっちりウィンクをし、舌を出してピースサイン。そのあざとさがまた彼女の怒りを誘う。


「まぁまぁはっちゃん落ち着いてください」

「落ち着いていられるかぁっ! せっかく、せっかく慶次郎さんが告白してくれたのに……」

「……はい? 告白?」

「え?」

「何のことでしょう」

「え、いや、だから、いま好きって、その」

「あぁ! はい。、すごく美味しいです。好きです」


 晴れやかにそう答える彼に、普段なら「もう慶次郎は~」などと軽く笑い飛ばすであろう歓太郎が、この世の終わりのような顔をしてうなだれた。


「嘘だろ慶次郎……。お前せっかく用意したこのクラッカーどうしてくれんだよ……」

「慶次郎、そうじゃないでしょ!」

「慶次郎、いまからでも遅くありません! 好きなのはそっちじゃないでしょう!?」

「慶次郎、さすがにそれはねぇだろって。空気読めよな」

「どうしたの、皆。顔色が変だよ?」

「何でそう冷静でいられるんだお前は。はっちゃんを見てみろ」


 今世紀最大級の呆れ顔で指さされたそこには、怒りやら悲しさやら呆れやらが限界突破したのか、呆然と突っ立っている葉月がいた。


「あれっ!? はっちゃん!? ど、どうしたんですか!?」

「ドウモシナイ。ゼンゼン、ドウモシナイヨー」

「はっちゃん、何だか片言ですよ!?」

「俺、知ーらない。行くぞ、もふもふども」

「ちゃんとフォローするんだよ、慶次郎」

「腕の見せどころですよ、慶次郎」

「慶次郎にそんな腕あったか……? まぁ良いや、頑張れな、慶次郎」


 ハーメルンの笛吹き男のように、ぞろぞろともふもふ達を引き連れた歓太郎が、勝手口から出て行く。ぱたん、とドアが閉まったところで、慶次郎が厨房側へと移動した。そっと葉月の肩を抱き、彼女の顔を覗き込む。


「はっちゃん、どうしたんですか、本当に」

「ううん、ほんとに、もう全然アレだから」

「アレ? アレって何ですか!? どうして目を合わせてくれないんですか!?」

「ふふ……ふふふ……そうよね。期待したあたしが馬鹿だったのよ……ふふ……」


 全てを諦めたような顔で視線を逸らし、力なく笑う葉月に、慶次郎は焦った。


 何かよくわからないが、また自分がやらかしてしまったらしい、と。


「はっちゃん! 聞いてください」

「……何。何をよ」

「あの、親子丼は、とっても茶色かったですけど、美味しかったですから!」

「とっても茶色って何だよ貴様!」

「えっ、だってさっきはっちゃんが何度も茶色いって言ってたので、重要ポイントなのかと……」

「重要なのはそこじゃねぇんだよ!」

「えぇっ?!」


 それじゃあ一体どこが重要だったんだ……と、俯いて真剣に考え込む慶次郎の額に、軽く頭突きを食らわせて、葉月は、はぁ、とため息をついた。


「いや、良いや。もうマジで気長に待つことにする」

「え? 何をですか? っていうか! は、はっちゃん、ちょっとお顔が近すぎませんか!?」

「うっさい。普通ならここでちゅーとかにもつれ込むんだよ、このヘタレ」

「そ、そんなぁ!」


 そういうのはやはりきちんと籍を入れてからの方が、と真っ赤な顔で口走る慶次郎に、「だからさぁ……」とさらに項垂れる葉月。そこへ、「いまどきそれはないだろ!」と声を揃え、クラッカーと花束、『カップル成立おめでとう!』の横断幕を抱えて乱入してきた歓太郎withもふもふーズに、葉月が「出てくんじゃねぇ! まだ成立してねぇわちくしょう!」と叫んだところで、今度こそ、珈琲処みかど、閉店のお時間でございます。


 

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千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルの陰陽師がヘタレすぎてどうしようもない! ~もふもふケモ耳男子×3にあざとい系神主を添えて~ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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