完結&ランキング上位&高PV記念のおまけ

最終話のその後① リベンジなるか?

「慶次郎、慶次郎」


 ぺちぺちと頬を叩かれ、慶次郎はゆっくりと目を開けた。まだぼんやりとする視界に飛び込んできたのはもふもふの式神である。なぜこの姿なんだと混乱しかけたが、そういえば神社で倒れる寸前、葉月が式神達を呼んでいたのを聞き、それがどうにも鬼気迫った様子だったので、それならもふもふにした方が良かろうと真名を解放したんだった、と思い出す。

 それが情けなくも自分を運ぶためだったと気付いたのは、その間もなくのことだったが。


「おからパウダー……? あれ、はっちゃんは……?」


 も、もしかして帰っちゃった!? と慌てて起き上がろうとする彼の胸の上に、「待って待って」と乗っかかる。とはいえ、もふもふの姿の式神には重石として機能するほどの重量はない。それでももちろん、押さえつけることは出来る。それが出来る姿ではある。並の人間なら指一本だって動かせないはずなのだ。

 

 ただ、相手は式神の創造主である陰陽師なのだから、勝てるわけがないのである。例え人間的にはどうしようもないヘタレであっても。


「いつ帰ったの? いま? それとも結構経つ? 急げば追いつくかな」

「わわわ、慶次郎待って待って。ちょ、助けて、麦ぃ、純コぉ!」


 そう厚くもない胸にもふもふの獅子型式神を貼り付けたまま立ち上がる慶次郎に、「加勢します!」「任せろぉ!」ともう二匹が飛びつく。けれども、そんなことで慶次郎(陰陽師)は止まらない。


 勢いよく社務所を飛び出したところで、竹箒を持つ歓太郎に遭遇する。


「あれ、もう大丈夫なのか? 一応経口補水液飲んどけな?」


 とリレーのバトンのごとくにペットボトルを差し出してくる神主姿の兄からそれを受け取り、数歩進んだところでぴたりと立ち止まってUターンした。


「歓太郎、色々迷惑をかけた。ありがとう」


 きっちりと腰を折って礼を言うと、再びみかどへ続く石段へと向かう。


 相変わらず堅苦しいやつだなぁ、と苦笑する歓太郎が「あぁ慶次郎」と呼び止めた。


「何? 僕ちょっと急いでて。その、これちゃんと飲むから。大丈夫だから」


 てっきり渡した経口補水液をすぐに飲まなかったことを咎められるのかと思い、慌てて蓋をひねるが、歓太郎は「いや、違くて」と手を振る。


「じゃあ、何?」

「んー? いや、そんなに急がなくても大丈夫だぞ」

「そうなの?」

「そ。お前、食欲ある?」

「なくは……ない、かな。でも実はまだポテトが胃に残ってるような気がするけど。食べられなくはないっていうか」

「あー、マジか。そんなら、いまからうんと腹減らしとけ。元気ならウチの敷地三周くらい走ってこい」

「何でだよ。嫌だよ」

「嫌でも何でも。良いから。優しい兄からのアドバイスだ」

「何でそんなに走らせようとするんだよ」

「いや別に走らなくても良いんだけどさ。とにかくアレだ、腹を空かせろつってんだよ」

「だからどうして……あっ、もしかしておからパウダー、またご飯作りすぎたのかい?」


 そう言いながら、『一寸先はyummy!』Tシャツにしがみつく金色の毛玉をもふりと撫でる。すると、嬉しそうに目を細める獅子型の式神は「違うもぉーん、ぼくじゃないもぉーん」とのんきな声で首を振った。


「ぼくじゃない? じゃ、誰?」


 首を傾げると、胸の中の三色毛玉は、うふふ、ふふふ、と小刻みに震えながら笑い出した。目の前にいる神主もくつくつと笑いを噛み殺している。


「誰だと思う? ヒント、いまここにいない人」

「ここにいない……? も、もしかして!」


 必死に笑いを堪えながら出されたヒントに、慶次郎は、カッ、と目を見開いて何かに気づいた様子である。式神達が爛々と瞳を輝かせてこくこくと頷く。


 ――が。


「母さん!? ハワイから帰って来たの!?」


 素頓狂な声に、三匹揃って、ずるり、と力が抜けシャツから滑り落ちる。地面に落ちる寸前で止まり、再びもふもふとよじ登る三匹を見て、歓太郎は、さすが慶次郎、と呆れ顔だ。


「どうしよう、また父さんと喧嘩でもしたのかなぁ」


 だからってわざわざ帰国しなくても、と、おろおろ心配している慶次郎に、焦げ茶毛玉純ココアが「違う違う。喜衣子きいこさんじゃねぇよ」とシャツを引く。


「えっ、それじゃあ……まさかの父さん!?」

「違いますよ! 康悦こうえつさんでもありませんって!」


 母さんに追い出されちゃったとか!? とどんどん悪い方に考えて、血の気が引いていく頬を白色毛玉小麦粉がふさふさの尻尾でぽふりと打つ。


「あの二人はハワイで仲良くやってるっつーの。心配すんなよ慶次郎」

「そうだよ。お父さんとお母さんじゃなくてさ、いま慶次郎が一番大事に思ってる人だよ! もう!」


 やれやれと呆れ声の兄と、ぷりぷりと怒る金色毛玉おからパウダーの指摘で、やっとに思い至ったのか、慶次郎は「もしかして……」と声を震わせた。


「……まさかここでおじいちゃんとかおばあちゃんの名前出したりしないよね」

「馬鹿お前、さすがの慶次郎でもそこまでは」

「わかりませんよ? 慶次郎ですよ?」

「確かにじいちゃんばあちゃんは大事だもんなぁ」


 いつの間にやらもふもふ式神達は主から離れ、悪友とも言うべき神主の肩の上に乗っている。そして顔を突き合わせてひそひそしながら、歓喜に震える陰陽師(ヘタレ)を見つめていた。


「はっ、はっちゃん!?」


 けれども、慶次郎がその名を口にすると、式神と人間、種族こそ違えど似たような表情で「おおー」と声を揃える。


「よくわかったな、慶次郎なのに」

「慶次郎にしては早かったよね」

「慶次郎もやる時はやるんですねぇ」

「慶次郎、頑張ったな!」

「ありがとう皆! そうとわかればこうしちゃいられない!」


 彼らのエールをしかと受け取り、慶次郎はぎゅっと拳を握りしめ、みかどと逆方向に走り出した。


「えっ、ちょ、どこに行くの、慶次郎!」

「葉月はみかどですよ!?」

「行かなくて良いのかよ!」


 もふもふと歓太郎の肩やら頭やらで飛び跳ねながら、どんどん小さくなる背中に向かって叫ぶが、やはり彼は止まらない。土埃を上げて明後日の方向へと駆けていく。


「あー、良い良い。走って腹空かせるつもりなんだろ。ほっとけ」

「でも慶次郎、さっきまでダウンしてたんだよ?」

「それにあいつ加減とかたぶん知らないぜ?」

「葉月の手料理を食べる前にまた倒れるのでは……?」


 面倒臭そうに手を振っていた歓太郎だったが、ぽつりと「あり得るな」と呟くと、持っていた竹箒を式神達に押し付けて、弟の後を追った。


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