異世〇転生

「は〜っ」


 俺、シカオ事務用品の係長『千鳥丘ちどりがおか 正一しょういち』は、その日、リコール品の回収の為に社用車を駆っていた。


 あいつら、こっちが下手に出てりゃあ良い気になりやがって。 そもそも、商品の不備は、俺のせいじゃねえっつの。


 カーラジオから、今流行りのテレビアニメ『異世界に転生したら、俺の才能が開花し、敵をバッタバッタと斬り刻み、女子にはモテモテだし、美味いもんは喰い放題だし、もう最高!』のオープニングテーマがかかった。


 あーあ、俺も異世界に転生して、ハーレムってやつを体験してみてぇなあ〜


 ……とちょっと油断したら、ハンドルを切り損ねて、電信柱に衝突!


 ……した所までは覚えている…。



 ん? 


 こ、ここは?


 見た事が無い、中世的な天井が目に入った。



 ……そっと見渡すと……


 えらい美女が、何人も、俺を心配そうに覗き込んでいた。


「ローレンドゥーム・ダルティア・トルスバーク様ぁ!」……俺の名のようだ。


 美女の一人が、悲鳴にも似た、歓喜の声をあげた。


「ローレンドゥーム様! よくぞご無事で…」


「あ、貴女あなたは?」


「お忘れですか? 私は、ギャロメズバータルゥ・ノーザンガロン・ド・フルアディアス皇帝の第16皇女、ケルヴィアヌシェラードリー・ローリーナリアン・ド・フルアディアス…です」



 ケルヴィアヌシェラードリー殿下の横から別の美女が俺の視界に入った。


「ああ、愛しのローレンドゥーム様!」


「あ、貴女あなたは?」

 

「嫌ですわ! わたくしをお忘れになったふり……などなさって……。 わたくしはセント・ガゥ・シュファーターリアンダンバートン・ランヴァリアス王国のナージェシーレザール・トーリターグウェラー・ミハエルタータインチェリーヌゥディアフォン伯爵の妹、ターミヤ・リジュールドネア・ミハエルタータインチェリーヌゥディアフォンでございます。ギャロメズバータルゥ・ノーザンガロン・ド・フルアディアス皇帝の義妹……ですわ……」


 『ガシャ!』

 

 ノックも無しに、ドアが開き、頬に大きな切り傷がある、鎧の大男が入って来た!


 「何者か!」

 

 「ローレンドゥーム殿、冗談を! 拙者は、フルアディス帝国軍インノートン方面軍のガーディ・ボロー・ゴージェダーです。 そんなことより、大変ですぞ! 我が宿敵、オードノッツェ・マノ・ビューロシュタイン同盟軍の先行部隊と思われる軍隊が、シートビューアー峡谷を越えて侵攻し、アーノルドリジミューズ榴弾砲を数弾撃ち込み、その中の一つが…インノートン・ガヴリールドゥートリアス工廠に命中し、製作中だった、フルアディアザーブル……あ……あのフルアディアザーブルゴッドフォローリアン砲が……破壊された模様に……御座います」……と言って、歯を食いしばり、溢れ落ちた涙を、そっと隠した……。


 ギャロメズバータルゥ・ノーザンガロン・ド・フルアディアス皇帝の第16皇女、ケルヴィアヌシェラードリー・ローリーナリアン・ド・フルアディアスは、愕然として「ち、父が心血を注いだ、あの、フルアディアザーブルゴッドフォローリアン砲が……破壊された…… ゴージェダー!、それはまことか……? 嘘だと……嘘だと言ってたも……」……と、泣き崩れた。


「ケ、ケルヴィアヌシェラードリー様!」


 ……フルアディアス皇室に先代から仕えているアーヴォンゼリファブリリア・ワーデンバーダロッズメシアン・クリザリッドザーボンドール卿の養女、マリアージェリーナ・メリーファーム・クリザリッドザーボンドールは、ケルヴィアヌシェラードリー皇女の肩を優しく撫でた。


 ……俺は、依願退職し、いち農民『イチ』として、生涯を終えた。

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