第5話
「この音は──!」
鈴の音が聞こえたと同時にアルは休憩気分から気持ちを切り替えた。
「オリヴィアは孤児院の中で隠れてて」
「な、何が起こってるのですか?」
不気味に聞こえる音色に不安そうなオリヴィアにアルが答える。
「この音は来客を感知したときに鳴る魔法なんだ」
「来客ですか?」
「うん。こんなところに来る人に心当たりはないからね。ラナ、お願いできる?」
「はーい、じゃあ行こっか、オリヴィア」
「分かりました」
二人が孤児院の中に入っていくのを見てアルはラナに感謝した。
さて、とアルは街に続く道を見据えた。街のはずれにある孤児院に来るような人はいないし、そんなつながりのある人物もない。考えられるのはオリヴィアを狙った刺客あたりか。
「招かれざる客ってやつじゃなければいいが」
「だね」
隣にリアムが並び、それだけで確かな安心感が得られる。さすがに荒事にはならないと思いたいが、もしもの時にリアムがいてくれることはありがたい。そのときはもちろんアルも出し惜しみなく対応するつもりだが、いくら訓練を積んできたとはいえ子供のあるにはできることに限界がある。無論そうならないことが最善なのだが──
やがて現れたのは甲冑を身にまとった大柄な人物だ。
「貴様らがここの住人か?」
甲冑姿の人物は目の前まで歩いてくると、仁王立ちして豪然たる口調で聞いてきた。
「そうだけど、あんたらは?」
大人のリアムが代表して応じる。
「我々はフェンリベルト国家国防軍の者だ」
国防軍は政府直属の軍隊であり、治安維持や国家防衛のために動く部隊だ。基本的には街の警備が仕事のはずで、普通ならわざわざ街のはずれの孤児院に出向いたりしない。
「国防軍の人がどんな用件で?」
「単刀直入に言おう。オリヴィア王女殿下を渡せ」
──やっぱりそうきたか。
思いのほかストレートに切り出してきたことに意外さを感じると同時に、アルは警戒心を強めた。
アルがオリヴィアを救出したときにはヴァレンティーナ女王陛下を殺害し、オリヴィアまで殺そうとしていた男と一瞬対峙しただけで他
には誰とも会っていない。なのに一日でここを特定してきたということはそれができるだけの相手がいることになる。
「王女殿下? なんのことですか?」
「とぼけるな。ここにいるはずだ」
「知りませんよ? 一体誰ですか、ここに王女殿下がいるなんて言った人は?」
「それを貴様らに言う義理はない」
国防軍の兵の返答に内心アルは舌打ちした。
さりげない流れで情報を抜き出せないかと思ったが、そう簡単にはうまくいかないか。
「とにかく、王女殿下のことは知りません」
「もうこちらの調べはついている。そんな嘘が今さら通用しない」
「嘘も何も知らないものは知りません。何を調べたのか知りませんけど、そちらの調べとやらが間違ってるんじゃないですか?」
「そんなわけない。あのお方──」
自らの失言に気づいたのか、男はおもむろに言葉を止めた。その過ちを見逃すわけにはいかない。
「あのお方? 誰のことですか?」
「それを言うわけがないだろう」
「あなたが自信を持ってここだというあたり、追跡系の魔法師ですか? 追跡系の魔法は簡単に習得できるものじゃない。それにあのお方という言い方をするあたり、利き腕の魔法師がいるはず」
「なっ!」
どうやら図星のようだ。本当はもう少し問い詰めたいところだが、これ以上はオリヴィアを匿っているのを認めてしまうことになるので止むを得ずその辺でやめておく。
「でもその追跡も間違ってるみたいなのでそうでもないのかな。戻ったらもう少し追跡魔法の練度を上げるようにあのお方とやらに伝えておいてください」
「貴様、あのお方を侮辱するのは許さん!」
「あれ、国防軍の人が一般市民に手を出していいんですか? それが知れ渡ったら大問題になりますけど」
「貴様……!」
振り上げた手を怒りで震わせながらも兵士は僅かに残った理性で拳を下げた。
「もう一度言います。自分たちは何も知りません。お引き取り願えますか?」
「くっ……! 貴様、覚えとけよ」
いかにもな捨て台詞を残して男は街の方へと引き返していった。
「まったく、無茶しすぎだ」
リアムが呆れきった顔で声をかけてくる。
「あれで争いになったらどうしてくるつもりだ?」
「さすがそれはあっちが状況的にまずくなるだけだからね。仮に仕掛けてきても返り討ちにはできた」
「そうかもしれないが今あいつらとやりあうのも得策じゃないだろ」
「うん。でもオリヴィアのことを隠すにはああやって挑発しとくのが手っ取り早かったから」
「はぁ、まったくお前は……」
「それよりも問題はあのお方、とやらだね」
甲冑の兵士とのやりとりで相手には利き腕の魔法師がいることが確定した。アルがオリヴィアを助けたとき、ヴァレンティーナ女王陛下を殺害し、オリヴィアをも殺そうとした男以外には誰にも見られていない。だからアルたちがここにいることを誰も知るはずがないのだ。
それをたった一晩という時間でオリヴィアの居場所を正確に特定できる相手となると、さすがにアルでもまともに戦いたくはない。
「これからはちょっと警戒を強めた方がいいな」
「そうだね。オリヴィアにはこのことは隠しておきたい。まずは孤児院に慣れてもらわないといけないから」
「わかった。お前がそういうなら俺も止めないさ」
「ありがと、リア兄」
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