第4話

「はぁあああ!」


 気合のこもった声とともにアルが木剣を振り下ろす。


「よっ、と」


 それをリアムが軽く木剣で弾くと甲高い音が響きわたる。

 昼食を終えた午後。午前中と同じ孤児院の広い庭で、アルとリアムの二人が立ち合いをしていた。

 剣を中段に構えなおすと右から横薙ぎを入れ、連続した流れの中で身体を捻り袈裟懸けに斬る。

 しかしリアムは一歩一歩後退しながら間合いをはかりつつ最短距離で剣を置くようにして防ぎきってしまう。


「剣が素直すぎるな。それじゃあいつまで経っても一本取れないぞ?」

「それなら、これは?」


 腰を落とした低い姿勢で剣を水平に構えて強く地を蹴る。腰の高さを狙った右薙ぎ、と見せかけて剣先を落として左切り上げに切り替え

る。が、それは読まれていて止められ、鍔迫り合いになる。


「残念。視線でフェイントがバレバレだな。午前に言った通り視線や呼吸すべてが情報になるんだ」


 ありがたい助言に反応せず、アルは剣を押し込んだ。同時に後ろへ小さく跳び、再度間合いを詰めなおす。

 真っすぐ見据えるリアムの胸元、ではなく脚を狙って素早く剣を突き出す。リアムは脚を引いて半身になってそれを躱すが、アルは剣を引いた反動を利用して右薙ぎを入れる。その動きに合わせてリアムがアルの剣の軌道上に自分の剣を据えようとしたのを見て、アルは手首をひねって剣の軌道を変えた。アルの剣先が半円を描きいて左薙ぎに切り替える。

 それでもリアムはそれを追って剣を動かしてくるが、アルの狙いはそこにあった。

 攻撃が防がれて二本の木剣が交錯する瞬間にアルは手に力を込め、鋭い一撃でリアムの剣を大きく弾いた。不意を突かれたリアムの体勢が崩れ、がら空きとなったリアムの身体に刺突する。

 刹那、リアムの目つきが鋭くなり、崩れた体勢のまま右手一本の腕と手首の捻りだけで剣を戻すと、アルの剣の腹を打ち付けて軌道をずらせて見せた。同時に後ろへステップを入れ、二人の間には距離が空く。


「今のもダメか。さすがだね、リア兄」

「まだ俺も弟子には負けれないからな」


 一連の攻撃はアルにしてみれば自信のあるものだった。せめて一本ぐらいは取りたいところだったのだが、力技で全て防ぎきられてしまった。力勝負ではリアムが勝っているのは今ので明白だ。


「とは言え、アルもだいぶ強くなったな。昔とは大違いだ」

「それはもう師匠の教えがいいからね」


 リアムとの立ち合いは日課の一部になっていた。アルが剣術を教わるようになってからはほぼ毎日にように立ち合いをして剣技を磨いている。最初のころは赤子の相手をするように何もできずあしらわれていたのだが、リアムの教えもあって最近ではまとも打ち合えるようにはなった。だがまだ一本も取れたことがなく、そろそろ一本取ろうと試行錯誤しているわけだがなかなか結果につながらない。

 それもこれもリアムが強すぎるのだ。アルの攻撃を受けているときもどこかまだ余裕が感じられる。立ち合いするようになってからかれこれもう三年が経つが、リアムの全力を未だに見たことがない気がする。それで言えばさっきの一撃はリアムが一瞬本気になったような気がしてこれまでにない手ごたえを感じたが、それでもやはり一本とれない。


「じゃあ今度はこっちから行くぞ」


 距離を詰めて振り下ろされる剣を受け止めてアルは歯を食いしばった。攻撃自体はシンプルで素直なものだが、一撃が恐ろしく速く重い。目で追えないほどではないために防御できてはいるが、気を抜けば木剣が弾き飛ばされてしまいそうだ。

 続く逆袈裟にも反応して防ぐが、二撃目を受けたところで軽く手がしびれる。

 これ以上正面から受けていたらすぐに押し切られるだろう。決めるなら短期決戦、守って機会をうかがうならまともには受けないようにするしか選択肢はない。

 なおも踏み込んでくるリアムに対してアルがとったのは後者だ。繰り出される袈裟斬りを剣でスライドさせ勢いを上へと逃がす。そしてアルもそのまま剣を水平に薙ぐ。

 腰を低く落としてかいくぐられると、素早い斬り上げが返ってくるも身を翻して回避する。だが次の瞬間には剣が眼前に迫っていてアルは反射的にバックステップで距離を取った。どうもリアムのペースに翻弄されかけているのに気づき、一度間を取ろうとしたがすぐにリアムに詰められる。

 逃がさまいと怒涛の連撃を繰り出すリアムに対してアルは辛うじて対処する。

 ──このままじゃまずいな。

 今は辛うじて防ぎきってはいるが、どこかで一撃逆転を狙わなければ手数で押し切られるのも時間の問題だ。

 ──なら。

 アルは後方に生えている木をちらりと一瞥した。

 じりじりと押されているように装いながらリアムを木の方へと着実に誘導する。そして背中に木が触れた。


「どうした? 成す術なしか?」


 これで決めようとリアムが木剣を振りかぶる。

 それが振り下ろされるタイミングでアルはかがんで剣をかいくぐり、木の後方へと回ってリアムの視界から消える。


「隠れたところで──っ!」


 リアムが木を回り込むタイミングでアルの方から飛び出した。隠れたことを装って反撃がないと思わせたその一瞬をつくアルの賭け。


「そこだ!」


 一撃逆転にかけたアルの突きはリアムの胸部へ吸い込まれる。

 だが、剣がリアムの届く寸前に、リアムの姿が揺らいだ。

 それとほぼ同時に背後からすっと剣を首筋に突きつけられるのを感じた。


「惜しかったが、俺の勝ちだな」


 誇らしげに宣告するリアムに、アルは両手を上げて降参のポーズを取った。

 同刻、ラナとオリヴィアは孤児院の入り口にある段差に座って二人の立ち合いを見守っていた。


「アルもリアムもすごいですね」

 アルの猛攻と、それを平然と凌いで見せるリアムの二人にオリヴィアはそう感想を漏らした。

「うん、二人ともほんとにすごいよね。」


 二人の立ち合いは毎日見ているラナにしてみても、毎度見入ってしまうほど見ても見飽きない。それくらいにはレベルの高い攻防を繰り広げていて二人に勝てる人はそうそういないんじゃないかと思う。


「ラナはやらないんですか?」

「私? 無理無理!」


 ラナは笑いながら手をぶんぶんと大きく振った。


「私は戦うの苦手なんだよね。一応魔法は教えてもらってるけど、全部サポートばっかりでさ」

「でも最初は誰でもうまくできないものでは? だからアルも訓練してるんですよね?」

「あはは……痛いところをついてくるね……」


 オリヴィアの言葉が自分に刺さるの感じて苦笑する。

 彼女の言っていることは的を得ている。事実としてラナが孤児院に来たころにはアルは今よりも戦えていなかったし、必死に抗う子供と微笑ましく見守る大人ぐらいの差があった。それから毎日の積み重ねで今の強さがある。きっとラナだって今から地道に努力すればアルのようにとまではいかずとも、最低限自分の身を自分で守れるくらいにはなるだろう。

 でも、そのレベルに達するにはどれだけ時間がかかるか分からない。アルがかけてきた時間を見ているからこそ、ラナは自分にはできないとわかっている。


「あ、アル勝っちゃうんじゃない!?」


 ついに均衡が破られ、アルがリアムの体勢を崩した。しかし素人目にみても常識外れの動きで強引にリアムは防いでみせた。


「あーだめか~」

「すごい……」


 初めてアルが勝つのではないかと期待しただけに決着が決まり切らなかったことに落胆する。そんなラナとは対照的にオリヴィアはリアムがやってのけた技に感嘆していた。


「あのリアムって人、何者なんですか?」

「リアムは昔、名を馳せた魔導剣士だったらしいよ。アルはそのリアムから毎日魔法や剣を教えてもらってるんだって」

「なんでそんなすごい方がこんなところに?」

「あー、今こんなところってバカにしたなー?」

「い、いえ! そんなつもりは……」


 少しからかってみるとからかってみると、オリヴィアの慌てふためく反応が面白くてつい笑ってしまう。


「ごめんごめん、冗談だよ。でもなんでだろね? 私がここに来た時にはすでにアルもエレノアもリアムもいたから。私にはわかんないや」

「そういえば、エレノアはどこにいるんですか?」

「ん? エレノア? それなら買い出しじゃないかな?」

「買い出し……」

「うん! せっかくオリヴィアが来てくれたんだからちゃんと歓迎会をしたいって言ってたから」

「歓迎会? それは社交会や舞踏会のようなものですか?」


 小首をかしげる様子からしてこの手のお祝い事は初めてなのだろう。


「うーん、社交界や舞踏会ってのかどんなのか分からないけど……おいしいものをみんなで食べて親睦を深めようって会だよ」


 視線を正面の戦闘に戻すと、攻守逆転してアルが押されていた。もうだめかなと思いかけたところで起死回生の一撃を狙ったアルの攻撃も惜しくもカウンターを決められていた。


「あーあ、今日もだめだったかぁ」


 まだリアムには及ばないようだ。とはいえこれまでで一番いい戦いをしていた。これから二人の戦いがどうなっていくのかが楽しみだ。


「歓迎会、楽しそうですね」


 ぼそりと呟いた声がして隣を見れば、オリヴィアは戦い終わったアルとリアムを眺めていた。声に特に感情が宿っていたわけではないが、興味を持ってくれたことが嬉しくてラナの顔に花が咲く。


「楽しいよ! だからオリヴィアも楽しみにしてて!」


 ラナの笑顔につられてオリヴィアの頬が綻びかけたとき、透明感のある鈴の音が何度も鳴り響いた。

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