第3話
見ればニタニタしているラナの隣にはフリルのついた黄色と白の衣装に袖を通したオリヴィアが立っていた。首にはペンダントもつけていることに加え、背筋を伸ばした立ち姿には気品と優雅さがあり育ちの良さがうかがえる。特徴的である金色の髪も黄色の髪飾りで結われていて、こうして見ると彼女が本当に王女様なんだと自覚させられる。
「ただ着替えるだけなのもなーって思ってちょっと手を加えてみたんだけど、かわいいでしょ?」
「とてもよく似合ってる……」
「でしょ! 私にかかればこんなもんよ!」
正直な感想を無意識のうちに口から漏れると、ラナが得意げに胸を張った。
「あの、ここはどこでしょうか。あなたたちは一体……」
戸惑うオリヴィアにアル歩み寄って声をかける。
「俺はアラスター・デイヴィス。みんなアルって呼ぶからアルって呼んでください」
「私はラナ・ロマーノ。よろしくね、オリヴィア様!」
そして最後にエレノアが前に出ると、王女様はきょとんとした顔でエレノアを見た。
「久しぶり、オリヴィア。私のこと覚えてる?」
「もしかして、エレノア、ですか?」
「そうよ、覚えてくれてて光栄だわ」
「なになに? 二人は知り合いだったの!?」
ラナが興味深そうにエレノアとオリヴィアを交互に見やる。
「まあそんなところ」
「とういうことは、ここが孤児院ということですね」
「そうよ。だから怪しいところじゃないわ」
「分かりました。でしたら皆さんも気軽にオリヴィアとお呼びください」
面識のあるエレノアがいてくれたおかげで、オリヴィアの緊張や不安が表情から晴れた。
「それで、私はどうしてここに……?」
「覚えてない? 昨日誰かに襲われてて」
そこまで言うと思い出したようで、オリヴィアは鬼気迫る表情でアルに詰め寄った。
「お母様は? お母様は無事なのですか!?」
「……ごめん、助けられなかった」
間に合わなかったことの罪悪感からオリヴィアを見ることができずに視線を逸らす。
オリヴィアの双眸が開かれると、そのきれいな碧眼が潤み始めた。身体から力が抜けていき、彼女はそのまま崩れ落ちる。
「ごめん……」
彼女の気持ちは痛いほどわかる。何故ならここは孤児院。ここで暮らしているのは身寄りのない子供ばかり。アルだってその一人だ。親を失うという経験をしている。今のオリヴィアにどんな言葉も届かないと知っているからこそ、ただ謝罪することしかできなかった。
「……に……ます」
「え?」
「私、王宮に戻ります! 戻ってどうしてお母様を殺したのか問いただします!」
勢いよく立ち上がって街の方へ歩き出したオリヴィアの手をアルはとっさに掴んだ。
「待って!」
「どうしてですか!? 離してください!」
「今王宮に行ったとして、そこにいるのはオリヴィアの味方とは限らない。君のお母さんを殺した相手だっているかもしれない」
「でしたらなおさら行かないといけません」
「行ってどうするの?」
「そんなの決まってます! なぜお母様を殺したのかを聞くんです!」
「聞いた後は? オリヴィアのお母さんを殺したやつは君も殺そうとしたんだよ? また君が殺されそうになったらどうするの?」
「それは……!」
オリヴィアはぐっと奥歯を噛みしめた。多少冷静さを取り戻したようで、腕から力が抜けるのを感じてアルも引き留めていた腕を解放する。
「俺らだってオリヴィアたちを襲ったやつを許す気はない。だから今は我慢してほしい。きっといつかオリヴィアの望むように話を聞きだせるから」
「──信じてもいいのですか?」
「──うん」
憤りのこもった強い瞳を向けるオリヴィアに、アルも真っ向から真っすぐ見つめて頷いた。
「……分かりました。でしたら今は我慢します」
「ありがとう」
まだ体は怒りに震えていたが、どうにか自制しようとしてくれるのが伝わった。
「さ、話は終わりかな? ならご飯にしよ! 私もうお腹ぺこぺこだよー」
話がひと段落したタイミングを見計らってラナがいつも通りの明るさで提案してくれた。言われてみれば確かにお腹がすいてきた頃合いだし、太陽ももう頂点付近に到達している。昼食にするにはちょうどいい時間だ。
「分かった分かった。今から支度するからちょっと待ってなさい」
呆れたような笑みを見せ、エレノアは孤児院の中に戻っていった。
「これを全てエレノア一人が作ったのですか……?」
しばらくしてエレノアが食事の準備ができたことを告げ、孤児院の食堂に入るなりエレノアが目を丸くした。
あまり広くはない部屋に外から入る光はなく、昼間でも薄暗い食堂を壁に掛けられたランプが照らしている。木製の食卓は台の部分だけは平らに整えられているが、脚の部分には粗が残っていて手作り感満載だ。卓上にに掛けられているテーブルクロスはぼろ目の布で、その上に豆の煮ものに芋のスープ、それからサラダが並んでいた。
「そうよ。ここにはあたしたちと、今はいないけど同年代の男子の五人で生活してるの。だから料理は当番制でやってるの。一人だけ料理できなくて当番に入ってないのがいるけどね」
エレノアが皮肉交じりの視線を向けた先はなんの悪びれも見せない茶髪の少女。
「だってみんなの料理がおいしいんだからしょうがないよね」
「ちょっとは練習したらどうなのよ」
「私は食べるのが仕事だもーん」
はぁ、とため息をついてあきれるエレノア。そのやりとりにアルは苦笑を浮かべていた。
「全部自分たちで……すごいです」
「ここだと自分たちで全部しないといけないからな」
「そうなんですね……」
リアムの説明にオリヴィアが感嘆した。
「王宮に比べたら貧相な食事でごめんなさい。ここに入ってくるお金がないからこんなものしか出せなくて」
「いえ、私は助けられてる身ですので。あまり贅沢は言えません」
王女とは思えないほど謙虚にオリヴィアは笑って見せた。
王宮での生活を知らないから、オリヴィアがこれまでそんな生活をしてきたかは分からない。国の代表である王族なのだから不自由なんて何一つなく暮らしてきたのだろう。そんな生活からあまりお金も余裕がない生活に一転すると普通はすぐに受け入れられない。なのにオリヴィアにはその様子がない。そうした人間性もさすがは王族だ。
「そろそろ食べない? お腹空いてるんだけどー」
焦れてむくれたラナが抗議の声を上げる。
「そうね、冷める前に食べちゃいましょうか」
「やった!」
嬉々として食卓につくラナの後に続いてそれぞれが席に着く。
「いっただっきまーす!」
さっそくスプーンで豆の煮物にがっつくラナ。そんな彼女に呆れ半分、微笑ましさ半分のまなざしを向けてから手を合わせる。
「いただきます」
遅れてアルも手を合わせてから豆の煮物を口に運ぶ。食材は質素だが、味付けは甘辛くちょうどいい塩梅になっていてとても食べやすい。
ついラナのように食べることに夢中になりかけていたところで我に返った。見ればオリヴィアは食事に手を付けようとせずに豆の煮物をまじまじと料理を見ている。
「どうかした、オリヴィア?」
「あ、いえ……初めて見るものだったので……」
「へぇ……そうなんだ……」
意外な発言に思わず王宮での生活ぶりを想像して感嘆した。
「ってことはさ、やっぱり王宮ではいいもの食べてたんだ!? いいなーー」
「ラナ! その言い方はデリカシーがないわよ! ごめんなさい、オリヴィア」
「いえ、大丈夫ですよ」
本心から気にしてないといった様子で笑って見せる。
「オリヴィアも食べてみて。口に合うか分からないけど」
「ちょっと、なんでアルがそれを言うのよ。まるであたしの料理がおいしくないみたいに」
スプーンで豆をすくい、恐る恐る口を付けた。その瞬間にオリヴィアの目が輝いた。
「っ! おいしいです!」
「よかった……ほんとに口に合わなかったらどうしようかと思ったわ」
「エレノアは料理が上手なんですね」
「そう? 褒めてもらえてうれしいわ。もう少しならお代わりもあるから一杯食べていいわよ」
「じゃあお代わり!」
「ラナはもう少し遠慮しなさいよ!」
にぎやかな食事にアルとオリヴィアの笑いが重なった。
だがすぐにオリヴィアはスプーンを置いて俯いた。皿の上にはまだ料理がほとんど残ったままだ。
「どうしたの? やっぱりエレノアの料理がおいしくなかった?」
「だからなんでアルが──」
「いえ。料理はほんとにおいしいですよ」
「だったら──」
「私は、これからどうすればいいんでしょうか。お母さまが殺されて、街にももう私の居場所はありません……」
今にも泣きだしそうなほどにか弱く、消え入りそうな声でオリヴィアはそう漏らした。
彼女は母親を失い、家を失い、居場所を失った。不安で心細くなるのは当然だ。それでも笑えるのは彼女の強さ故だろう。
アルはエレノアと顔を見合わせて頷きあった。
「それなら大丈夫だよ。オリヴィアも俺たちとここで過ごせばいい。王宮と比べたら貧しくて大変だろうけど、俺らは歓迎するよ」
「いいん、ですか……?」
「もちろん。オリヴィアが嫌じゃなければね」
「嫌じゃありませんが」
「よかった、じゃあ決まりだね」
「はい」
オリヴィアは安堵したようでいながら、どこか複雑そうに返事した。
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