第7話
食事が片付いて一通り話にも花を咲かせ終えると、女子の三人はお風呂へと向かった。
「ごめんね、小さいお風呂で」
脱衣所から浴場へと入るなり、エレノアがオリヴィアに謝罪した。
浴場はこぢんまりとしているものの、女子三人が一度に入れるの広さはあった。浴場ということもあって孤児院の中でも特に清潔さが保
たれており、お風呂ぐらいは気持ちよく入れるように手入れされていた。浴槽からは白い湯気が浴場内に立ち込め、気持ちの良い熱気が身
に染みる。
「いえ、それは大丈夫です」
気にしてないといったようにオリヴィアが首を横に振る。
「お王宮だともっと広いんでしょ?」
「それは、まあ、そうですね」
「お金さえあればもう少し大きなお風呂に入れるんだけど、今はこれが限界ね……」
「気にしないでください。王宮では私と使いの者しか入らなくて広すぎるぐらいだったので」
「いいなー、私も一回ぐらい広いお風呂に入ってみたいなー」
そこへラナが愚痴っぽく口を挟む。
「文句言わないの。これでも十分でしょ?」
「そうだけどさー、やっぱりそういうの憧れるじゃん」
「そりゃまあね」
「でしょー?」
「まあその話は置いていて」
「むーー」
エレノアは膨れっ面になるラナをすでに見ておらず、視線は一人風呂椅子に座るオリヴィアに向いていた。
「それよりもオリヴィア、背中、洗ってあげよっか?」
「え、いいのですか?」
「もちろんよ。着替えも一人でしたことないならお風呂も一人で入ったことないんでしょ?」
「はい……」
図星をつかれたオリヴィアは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ほら、向こうむいて」
シャンプーの前にブラシを手にしてオリヴィアの金色の髪を梳いていく。
「どう? 痛くない?」
「はい。気持ちいいです」
「よかった。それにしてもオリヴィアの髪ってほんとにきれいよね。つやつやでサラサラだし……羨ましいわね」
「え、そうですか……?」
オリヴィアの髪をすくい上げまじまじと見つめる。
長くてボリュームもあるのに一本一本がさらさらと指の間からすりおちていく。それでいて全体で見れば女性らしい艶やかさもある。何より黄金に輝く髪の色が美しい。
「それに、肌もすごくすべすべ」
小柄で華奢な体つきは触れば壊れてしまいそうなのに、白くきめ細やかな肌は手入れが行き届いている。同性であるエレノアでさえも釘付けになってしまう。王宮でどんなボディケアをしてもらっていたのかぜひとも聞いてみたい。さっきの風呂の広さの話ではないが、いつかは自分も、と嫌でも思ってしまう。
「どれどれー?」
「ひゃっ!」
隣で身体を洗っていたはずのラナがいつの間にかオリヴィアの肩を撫でていた。
「ほんとだ、ずっと触ってたいよこれ」
「どんな手入れをしたらこうなるのかしら……」
「オリヴィア絶対に将来美人さんになるよー。今もじゅーぶんかわいいけどね!」
「ありがとうございます……ひゃっ! ラナさんどこ触ってるんですか!」
「ふむふむ、こっちも将来有望だねぇ」
「こーら、セクハラはやめなさい、ラナ」
「エレノアもうかうかしてられないよ? すぐオリヴィアに抜かれちゃうよ?」
「余計なお世話よ!」
心地のよい音を反響させてラナの肩にエレノアの手形が残った。
「ったくもう、っこれでも気にしてるのに……」
シャンプーをオリヴィアの髪になじませながら自分の胸元をオリヴィアのものと見比べる。歳はオリヴィアの方が下なのにふくらみの大きさはさほど変わらない。続いてラナに目を移すと挑戦的なまでに主張してくる双丘が嫌でも目に入る。どうして世の中は不平等なのか。
理不尽な世の中に不満を抱きながらもシャワーでシャンプーを流していく。
「はい、おしまい」
「ありがとうございます」
水気を含んだことで艶美に映る金髪をタオルで巻く。
交代でラナにオリヴィアの身体を洗ってもらってその間にエレノアが髪と身体を洗うと、三人で身体を寄せあって湯船に入った。
「それにしても久しぶりね」
熱すぎずぬるすぎず、ちょうどいい塩梅の気持ちよさに浸りながらエレノアがしみじみとした口調で切り出した。
「はい。そうですね」
「そういえば二人は知り合いだったんだっけ?」
「ええ。オリヴィアは私にとって命の恩人なの。私が幼いころに賊に襲われたとき、たまたま通りかかったオリヴィアと女王陛下に助けられたの」
「もう七年前ですか、懐かしいです。元気にしてましたか?」
「おかげさまでね。オリヴィアは?」
「はい、私も──」
言いかけたところでオリヴィアが口を閉ざした。
「元気、でしたよ。お母様や王宮のみんなもとても優しくて、滅多に王宮から出ることはできませんでしたが楽しかったです……」
オリヴィアの声音は悲しみに暮れていて、とても言葉通りに取ることができない。
「お母様……」
身体を密着させるほどの距離にいるため、ぼそりともらしたオリヴィアのつぶやきをエレノアは聞き逃さなかった。
「やっぱり寂しいわよね。女王陛下、お母さんが亡くなったんだもんね……」
「はい……」
「ごめんね、助けてあげられなくて」
「いえ、そんな……みなさんには感謝してます。私を助けていただいたのですから」
ですが──とオリヴィアは俯いて言葉を紡ぐ。
「私は何もできませんでした……最後までお母様は自らのことよりも国民のために動いてました。なのに、私は怯えてばかりで……お母様が殺されるときもただ見ていることしかできなくて、自分が情けないです」
もし自分が何かできていたら、と同じ状況だったら誰しも思うことだろう。自分に戦う力があれば、立ち向かう勇気があれば。起こりえない過去に縋りつき、その時の自分を戒めたい気持ちはエレノアにもわかる。そんなことを考えるなという方あ無理なのだ。
「オリヴィアは知ってると思うけど、七年前のあのとき、あたしも両親を失ったわ。だから今のオリヴィアの気持ちは痛いほど分かる。悔しいわよね。何かできることがあったんじゃないか。何かできていたら未来が変わったんじゃないか、って」
「──っ!」
「あたしもそうだった。ずっと悔しくて、毎日夜になったら一人で泣いてた」
「──でも私は、私がしっかりしないと国が……今国をどうにかできるのは王女である私しかいないんです! だからくよくよしているわけには──」
「ううん、それは違うわ」
エレノアはお湯の中に入っているオリヴィアの手を両手で包み込んだ。ぴくりと体を震わせた金髪の王女様はびっくりしたように顔を上げる。
「しっかりしないといけないからこそ、今は泣いていいのよ。泣いて全部吐き出しちゃえばいいの」
オリヴィアの目に涙が浮かび始めた。それでも王女としてのプライドからか寸前のところで彼女は堪える。
「オリヴィアは一人じゃない。あたしが、あたしたちが受け止めるから。我慢しなくていいのよ」
諭すように言うとしばらく茫然としていたが、やがてせき止めていた涙が決壊し始める。オリヴィアの顔が歪み始めたと思ったのも束の間、彼女はエレノアの肩に顔をうずめた。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
我慢をやめたオリヴィアは感情のままに大声で泣きじゃくった。その姿は王女以前に年相応の一人の少女としてのもの。
エレノアはラナと顔を合わせて、やれやれという苦笑を浮かべると、手を優しくオリヴィアの背中に回した。
「怖かったよね。辛かったよね」
耳元で囁くと、オリヴィアもエレノアの背中に手を回し返し、より一層強く顔をうずめて慟哭した。
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