第6話
「うぉ、肉まであんじゃん。これまた豪勢だな」
「そりゃそうよ。せっかくのイベントなんだから」
「さすがエレノア、料理の天才」
「ふん、あたしを誰だと──」
「んじゃ食べようぜ、いっただっきまーす」
「やった、いっただっきまーす!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
「あのー……」
騒がしい食卓の空気にオリヴィアが恐縮そうに割って入った。
「そちらの方は……?」
僅かに警戒しながら見た先には、いつの間にやらしれっと食卓に混じっている引き締まった顔立ちで短髪の少年がいた。
「紹介するよ、彼はコーディ・サリバン。この孤児院で一緒に暮らしてる仲間だよ」
「お、あんたがオリヴィア王女殿下か。噂に聞くよりずっと美少女だな。俺はコーディ・サリバン、よろしく!」
首だけで軽くお辞儀をしてオリヴィアは料理に手を付け始めた。
「なぁ、もしかして俺、警戒されてる?」
顔を寄せて小声で聞いてくるコーディに、アルは無言で肩をすくめた。
「ねえねえオリヴィア、お話しよ!」
「え、えぇ、それは構いませんが」
「やった、じゃあ王宮ではどんな生活してたのか聞いてもいい?」
口数が多くてなおかつテンションも高いラナにオリヴィアは気圧される。
「なになに、それあたしも知りたい」
「お、珍しくエレノアも食いついてきたね」
「いいでしょ別に。あたしだって自分と違う身分、しかも王族の生活には興味くらいあるわよ」
「いいよいいよ。ね、アルも聞きたいでしょ?」
「え、俺?」
みんなのやり取りをずっと静かに見守っていたアルに急に話が振られ、思わず聞き返してしまう。
「そう、だね。俺も聞いてみたいかも」
「ほらねほらね。オリヴィア、話してくれないかな?」
「わかりました。といっても何を話せば……」
「じゃあどんなご飯食べてたの?」
「そこはもう少し他にあるでしょ、普通」
「だってちょうど今ご飯たべてるんだし」
相変わらずマイペースなラナにあきれ果てるエレノア。けれどオリヴィアは気にしていない様子なのでエレノアもそれ以上は何も言わない。
「ご飯はステーキや新鮮な魚のカルパッチョにスープ、あとはサラダとかですかね? 食後にはケーキもありました」
予想していたとはいえ、名前だけでも豪勢な字が並び呆気にとられる。ステーキやカルパッチョなんてもの死ぬまでに一度は食べてみたい代物だ。それを毎日のように食べているなんて羨ましすぎる。
やっぱり聞かないほうがよかったと多少後悔していると、ただ一人ラナだけが目を輝かせていた。
「いいなーー私も食べてみたいなーー!」
「無理言わないで。これでもかなり奮発してるのに」
収入もそこそこで最低限生活には困窮していない家庭であればステーキとまではいかないものの、肉や新鮮な魚を食べるのはさほど珍しいことではない。ただここは身寄りのない子供の集まる孤児院だ。リアムがいくらか工面してくれているとは言え、国からの支援もなく基本は自給自足で生活していかなくてはならない。ステーキやカルパッチョなんてものとてもじゃないが用意できない。
「わかってるよぅ。そんな怒らなくてもいいじゃん」
頬を膨らませるラナだがすぐに切り替えてオリヴィアに話題を振る。
「他には他には? 王宮ではどんなことしてたの?」
「そう、ですね。王宮の外にでることは許されてなかったので何かをするでもなく、ずっと部屋にいることが多かったですね。あ、でも魔法の教訓はお母様から受けていました」
「え、オリヴィア魔法が使えるの?」
アルは驚いて思わず聞き返した。王族であるオリヴィアが魔法を嗜んでいることが意外だったのだ。
「いえ、そんな使えるというわけでは……ほんとに基礎的なことを教わったぐらいですので」
「それでもすごいよ。見せて見せて!」
「ですが……」
オリヴィアはあまり気乗りしなさそうだったが、ラナのきらきらとした期待の眼差しに押し切られて観念したように息をついた。
「……わかりました」
席を立ったオリヴィアは、座っていた後方に掛けられているランプを手に取った。中にふっと息を吹きかけると部屋の半分に闇に包まれる。
灯の消えたランプを卓上の空いているスペースに置くと、ランプに両手をかざした。
「いきます」
宣言するなり目を閉じて集中力を高める。それをアルたちは固唾を飲んで見守った。
大きくゆっくりとした呼吸が聞こえそうなほど辺りは静寂に包まれる。
そして一瞬、空気が揺らいだ。
次の瞬間、消えていたランプの灯が点り、失っていた部屋半分の灯りが蘇る。
「これが今の私の限界です」
「おおおおお!」
集中を解いて小さく息を漏らすとラナが歓声を上げた。その声で火が揺らいだがランプに点った火は健在だ。
「すごいね。これだけできるのならいろんな魔法をすぐに覚えられると思うよ。もしよかったら明日から一緒にリア兄の訓練受けない?」
「それいいね! そうしようよ」
「いえ、私は……魔法をあまり使いたくないので……」
「そうなの?」
エレノアの問いかけにこくりと頷く。
「魔法は争いを生みます。私は争いを望みません。だから私がその種を撒くようなことはしたくないんです」
「そっか」
その返答にアルは納得した。
魔法は自分を見せる象徴でもある。自分固有の魔法を生み、その強さ、あるいは美しさ、激しさを磨き他人と競いながら魔法を通じて自
分を象る。だが、それは時に争いを招く。力任せに振るわれた魔法に対抗できるのは同じく魔法だけ。そうして規模が拡大して数多の命が
失われる。魔法はそれだけ扱いに気をつけなければならない代物なのだ。
「それは残念。ならさ、また魔法を見せてよ。それならいいでしょ?」
「そのくらいでしたら……」
「やったー! 約束だよ!」
約束を取り付けたラナは両手を上げて大げさに喜んだ。
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