第8話
女子組がお風呂に入っているのと同刻、男子陣は片付けの終わった食堂に集まっていた。
「コーディ、街の方はどうだった?」
アルが訊ねると、茶色い短髪の少年は首を横に振った。
「ダメだな。雰囲気が以前までと違いすぎてる。とりあえずこれを見てくれ」
懐から手のひらサイズの青い石を取り出すと、コーディは意志に左手を近づけた。その動作に反応して青い石が白く光り、空中に文字と写真が浮かび上がる。
「これは記録結晶?」
「ああ、号外だって街で配りまわってたぜ。まあ読んでみな」
コーディに促されるまま、空中に浮かび上がった記事を読んでみる。
『フェンリベルト王国女王、ヴァレンティーナ・リリー・フェンリベルト陛下(42)、ならびに王女、オリヴィア・グレース・フェンリベルト殿下(15) 逝去』
そんな見出しから始まっていた。
「オリヴィア・グレース・フェンリベルト殿下が逝去、ねぇ?」
アルは女子組の入っている浴場の方向を眺めて呟いた。
何枚か壁を隔てた向こうにはエレノアやラナと一緒に入浴中のオリヴィアがいる。もちろんドッペルゲンガーでもなければ霊の類でもない本物のオリヴィア。あまりにひどい嘘っぱちを堂々と見出しにするあたり、女王陛下を殺害した勢力によるものだろう。
引き続き本文にも目を通してみる。
『女王陛下が亡くなられたことにより、第一首都プリバティ代表サミュエル・プリバティ氏が即位。これまで行われてきたフェンリベルトによる小規模な集落への圧政は終止符が打たれた。これによって国民の平和が保証され、全国民平等に人権が与えられることになる。また、圧政再発防止のために国民の自衛力強化を図り、定期的に能力調査を行うこととする』
文章の下には証拠とでも言いたげに、小さな集落を甲冑の兵士が剣を突きつけて脅し、村人から金銭を巻き上げている写真が掲載されていた。
「またこれは大胆な……」
悪びれもなく事実無根の内容を連ねる記録結晶に乾いた笑みが漏れた。
「これがプリバティのやり方ってことか。性格の悪さが丸出しだな」
口調に怒りを滲ませながらリアムが感想を述べた。
「女王陛下は圧政なんてするような人じゃなかったし、きっとこの写真も細工がしてあるんでしょ」
「アルの言う通りだな。ただ街の住人はこの内容を信じてやがる。圧政をしてたことへのブーイングがすごかったし、女王陛下の死を悲しむどころか喜んでる連中もいたな。これまで誰のおかげで不自由なく過ごせてると思ってるんだか。まったく薄情なこった」
「じゃあこれだとオリヴィアはしばらくここから出ないほうがいいね」
「それには俺も同意だ。今姫様が街に戻ったら何が起こるか分からねぇ」
「リア兄はどう思う?」
「そうだな、街に行かないほうがいいのは間違いない。だが国防軍の奴らにはここもすでに目をつけられてる。昼間はなんとかはぐらかしたが、今度はそうもいかないぞ?」
「そう、だよね」
問題はそこだ。その場しのぎの方法で国防軍を追い返すのには成功したが、次また来るようなことがあれば同じ手は通用しないだろう。
「備えておく必要はあるね。最悪の場合、ここにはいられなくなるかもしれない」
次はおそらく実力行使は避けられないだろう。国防軍に正面から抵抗した時点で罪に問われることは間違く、孤児院で生活を続けることも厳しい。
「お姫様はそれで大丈夫か? 王宮の外の生活に慣れてもらわねぇとなにもできなくなるぞ?」
コーディの指摘はもっともだ。オリヴィアはまだ世界を知らなすぎる。アルたちにとっての常識はオリヴィアにとって未知の世界。今ここが安全なうちに日常生活くらいは自力で送れるようにはなってほしいが、こればかりは時間がどれだけあるか次第だ。
「でも大丈夫だと思う。エレノアは昔からオリヴィアのこと知ってるし、ラナも面倒を見てくれてる。それに、オリヴィアなら大丈夫。彼女は強い」
実の母を失った直後だというのに、彼女は一度も弱音を吐いていない。目覚めたときには知らない場所で知らない人に囲まれていたのだからそれどころじゃなかったのもあるだろうが、それなのにこの場所に馴染もうとしている。それは簡単にできることじゃない。
「まぁ、一応オリヴィアにはこの話をしておこうと思う。自分の国だし、つらいかもしれないけど国がどうなってるかを知ってもらわないといけないしね」
「お前がそうしたいならそれでいい」
「うん。ありがとう、リア兄」
「いいさ。ただ最後にこれだけ聞かせてくれ。お前らはもう引き返せないところまで足を踏み入れようとしてるが、それで構わないのか?」
真面目な雰囲気で問いかけてきたリアムに、アルは強い意志を込めて答える。
「うん。これからどうなったとしても、俺はみんなを信じる。たとえここにいられなくなってもね」
「……そうか。ならお前の思うようにやればいい」
「ありがとう、リア兄」
「そういうことなら俺も協力するぜ。できることがあったら声かけな」
「うん。コーディもありがとう。街の偵察を頼んで正解だったよ」
「いいってことよ。ただ一人で抱え込むのはよせ。俺も力になるし、ラナもエレノアもきっとそうだ。みんなでどうにかするんだ」
その言葉にアルははっと目を開いた。
頭の中では一応分かっていたつもりだったが、面と向かって言葉で伝えられると自分がまだまだ未熟なことを痛感させられる。そして何より嬉しい。
女王陛下が殺害され、フェンリベルトには明らかに異常が生じ始めている。その首謀はおそらくサミュエル・プリバティ。平和な世界を取り戻すためにはフェンリベルトの王族であるオリヴィアが鍵だ。だからなんとしても彼女を守り抜かなければならない。
できることなら平穏に物事を進めたい。もしオリヴィアが、みんなが危険な目に遭うようなことがあればその時は国を相手にしてもアルは全力で立ち向かう。いずれ来るかもしれないその時のために毎日リアムとの訓練を詰んでいるのだ。だから今はみんなを信じてことの成り行きを見守ることがアルの役目だ。
そこへ女子三人の声が近づいていた。歓迎会とお風呂で親睦が深まったのか、これまでより親しげに話している。
「さて、噂の姫様たちも戻ってくるし、この話題は終わりだな」
「だね」
今の生活がいつまで続けられるか分からない。少なくても明日からはこれまでとは少しずつ違う生活が待っている。オリヴィアを助けたい以上、今後何が起こってもいいように準備しよう。
アルは改めてそう決意した。
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