第11話

「あ、いたいた」


 孤児院の外に出て、いつも訓練している広い庭を通り建物の裏手に回ると、開けた場所に色とりどりの花が植えられている花壇があった。すぐ隣が森だが、花壇の広さが十分にあるため、日光が木や建物に遮られることなく花を照らしている。建物のと森の間からは穏やかなk是も吹き込むため、花を植えるには悪くない場所だ。

 その花壇の中に、じょうろを手にしてみずやりを行う白いワンピース姿の少女がいた。


「ん? アルにオリヴィアじゃん、どうしたの?」


 二人に気づいたラナが水やりの手を止めて声をかけてくる。


「どうしたのって、オリヴィアを呼び出したのはラナでしょ? 部屋にいないからってわざわざ俺の部屋を訪ねてくれたんだけど?」


 経緯を簡単に伝えると、ラナはしまったという表情になって口を手で覆った。


「忘れてた! ごめんねオリヴィア。もうちょっとだけ待ってくれる?」

「はい。いいですよ」


 花がどれだけ植えられているのか数えてみないと分からないが、少なくとも二十はある花の一輪一輪ていねいにみずやりをしていく。

 最初は物珍しそうにラナの水やりを見ていたオリヴィアだったが、いつの間にか彼女はきれいに咲く花に視線が釘付けだった。


「きれいな花ですね」

「でしょでしょー? オリヴィアは花が好き?」

「はい。見ていると私まで温かい気持ちになります」

「うんうん、分かる! お花って見ている人を幸せにするよね」

「でも、この花は見たことがありません。何という名前ですか?」


 オリヴィアが示したのは、花壇の中で一番多く咲いている黄色の花。鮮やかな黄色の花びらは日差しを受けて輝いているように見える。


「これはねディモルフォセカっていうの。ここに咲いてるのは全部そうなんだ」

「全部、ですか?」


 オリヴィアは花壇を見回した。

 黄色のものが半分以上を占めるが、白やオレンジ、ピンクや赤紫色のものも咲いている。とても一種の花とは思えないほどにカラフルだ。

 花をよく見れば花びらの構造や茎、背丈はどれも似通っている。アルだって初めてその話を聞いたときは驚いたのを覚えている。それほどまでにぱっと見では気づかない。


「よく見て? この花は花びらが輝いてるでしょ?」


 ラナが指さす黄色い花を覗き込むオリヴィア。


「ほんとですね。すごくきれいです」

「ディモルフォセカの花言葉は富や豊富。金のように輝く姿からお金や財が結び付けられてるの」

「富や豊富……」


 オリヴィアはまだ街の状況は知らないが、サミュエルの陰謀によって富を失っている。それは彼女自身も薄々気づいているかもしれないが、今一番タイムリーな話題だ。母親である女王陛下が殺された事件を思い出して、また気落ちしないかと心配したが、それは杞憂に終わった。

 彼女は花壇一面のディモルフォセカを見回し、


「きれいでとてもいいですね」

「でしょー? 私の一番好きな花なんだ。こんな貧しい孤児院で少しでも生活がよくなりますように、願いを込めて育ててるの」

「そうなるといいですね」

「うん!」

「それで、ラナ」

「うん、どうしたの?」

「私も水やりをしてみたいです……」


 その発言にアルは感心した。初めてのことでもとにかくやってみて失敗したらいいというアルの言葉を早速実践してくれている。

 したことないことをやってみるのは勇気がいることだが、オリヴィア自身が変わろうとしてくれていることが嬉しかった。

 この調子なら本当に早く生活馴染んでくれるだろう。平和で時間のアル今のうちに身の回りの生活を自立してくれれば何があっても安心できる。今の孤児院での生活がいつまで続けられるか分からない以上、早く馴染んでくれるにこしたことはない。


「いいよ! じゃあこっちおいで」

「はい」


 安堵の表情を浮かべるオリヴィアはラナに手招きされて花壇の中に入る。


「じゃあこれ持ってみて」


 じょうろを手渡された瞬間に、中に入っている水の重さでじょうろを危うく落としそうになる。すかさずラナが手を添えてフォローする。


「おっと、危ない」

「ありがとうございます」

「水は重たいから両手でしっかり持ってね」

「こうですか?」

「そうそう、水は一か所だけにやるんじゃなくて、全体で均等にいきわたるように注意してやってみて」


 言われた通りじょうろを傾け、一気に水が出そうになったところを慌てて止める。ラナの教えを忠実に守ろうとしたのだが、その反動で中の水が跳ねてオリヴィアの頬にかかる。


「難しいです……」

「じゃあ私と一緒にやろっか。それなら簡単でしょ?」


 じょうろを持つオリヴィアの手に、ラナは自身の手を重ねた。


「水をあげるときは、元気に咲きますように、って気持ちを込めるの。そうしたらこの花たちも喜ぶから」

「元気に咲きますように……」

「そう!」


 ラナはオリヴィアの手を支えながらじょうろの傾きを調整する。

一点だけに水が偏らないよう全体に満遍なく、土に水たまりができるくらいたっぷり水を与えていく。

 やがてじょうろの中の水がなくなるとラナは離れた。


「これでみずやり完了だね。オリヴィアもできるじゃん」

「やった! アル、私できました!」

「うん、よかったね」


 嬉しそうに報告するオリヴィアを褒めると、彼女は嬉しそうに目を細めた。


「どう? 花が元気になったように見える?」

「はい、見えます!」

「そっか、じゃあまた水やりする?」

「やりたいです!」

「お、すごいやる気だねー。お姉さん嬉しいよー」


 得意げにラナが胸を張ると、女性らしい豊満な双丘が協調される。


「あ、そういえば」


 初めての水やり成し遂げて浮かれていたオリヴィアが急に真顔になった。


「どうして水魔法を使って水やりをしないんですか?」

「えっ……」


 予想しなかった質問に、アルはすぐに返答できなかった。聞いていたラナも目を丸くしていたが、次第に堪えきれなくなって噴き出した。


「ははははは! その発想はなかったよ!」


 今度はオリヴィアがきょとんとする。助けを求めるようにアルに向けられた目には、どうて笑われているのか分からないという抗議が混じっていた。


「そうじゃん、わざわざじょうろに水を汲まなくてもアルの魔法があれば済む話じゃん! オリヴィア天才!」

「まてまて、俺は絶対やらないからね?」

「えー、なんでー?」

「なんでって、魔法はただで使えるものじゃないから」

「ただじゃないの?」

「じゃないの! 魔法を使うと疲れるし魔力も一日に使える量が人によって決まってるんだ。鍛えることで増やすこともできるけど、一度使うと休まないと魔力も回復しないんだ。オリヴィアならこの辺のことは分かるよね?」

「はい、一応お母様から教わりました」


 これで知らなかったらどうしよう、と聞いてから不安になったが、さすがに魔法の基礎を嗜んでいるオリヴィアは知っていた。このことはアルがリアムから魔法を教わり始めた初期に何度も言われたことだし、魔法が使える人なら誰もが知っている常識だ。


「そういうわけだから不用意に魔法は使いたくないんだよ」

「でも一回くらいいいでしょー?」


 あざとく上目遣いで物欲しそうにねだってくる。狙ってやっているのが見え透いているが、オリヴィアも期待に目を輝かせていた。

 結局それが決め手となりアルは折れた。


「はぁ、わかったよ。一回だけだからね」

「やったー!」

「さすがです、アル」


 ラナはともかく、オリヴィアの純粋な反応にはアルも強く出られない。まるで子供を相手にするように感じるときがある。


「じゃあやるよ。オリヴィア、よく見ててね」


 一息ついて気持ちを切り替える。


「『降りしきれ』」


 花壇の範囲に絞って魔法を限定し、雨を降らせる。

 今日はすでに水やりが済んでいるため、水のやりすぎにならないように弱く優しい雨。

 太陽の光を受けて雨の壁には虹色の橋が浮かび上がる。


「わぁ、虹だ! きれい~」

「これは虹というのですか。初めて見ました」


 なにやら見せているものがいつの間にか変わってしまっているが、まあいいだろう。

 ある程度時間が経過すると、アルは徐々に雨の勢いを弱めて魔法を止めた。

反動の疲労感が襲ってくるが、日ごろから訓練しているアルには気にならない程度のものだ。


「はい、おしまい。これでいいでしょ?」

「うん! ありがとアル」

「ありがとうございます」


 素直にお礼を言われるとやった甲斐はあったのかな、と思う。


「それより、ラナはオリヴィアに用があったんじゃないの?」

「あー、そのことなんだけど、もういいの」

「そうなの?」

「うん、だってこの花たちを見せたかったんだもんん。水やりのこと考えてたらついオリヴィアを部屋に呼んだこと忘れてた。ごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ。いいものを見せていただいたので」

「ありがとオリヴィア! 大好き!」


 突拍子もなく抱き着くラナに慣れてしまったのか、オリヴィアは嫌がる素振りを見せず受け入れていた。その姿はもはや、どっちがお姉さんなのか分からなかった。

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Twilight Embryo ~反逆王女の成長記~ 木成 零 @kazu25

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