第4話 炎上
新宮寺カオリの死を確認した後、俺は
「お祓い終わりました。直帰します」
「勝手にしろ。遅くなるなよ」
そんな事を言いながら、俺は焼肉屋を出たその足で、病院へ向かっていた。
俺の仕事は幽霊退治だけで、事件の解決などではない。
無い、けど。
「けど、あんなもん見せられたらな」
愛していたなんて、大の男が泣いているのを見ちゃあな。
殺し屋だか掃除屋だか知らないが、仕事で付き合いの有る相手だ。放っておけるほど冷たくはなれない。
だから――俺は、重い気持ちのまま扉を開けた。
「あら、有葉さん」
顔に大きな火傷痕の残る女性が微笑んだ。
新宮寺カナエ。カオリの妹だ。姉とは似ても似つかない女だ。
「お久しぶりです。新宮寺カナエさん。お姉さんのことでご報告を、と」
「解決したんですか」
「はい。情報提供ありがとうございました」
「良かった~! ちゃんと片付いて!」
「ちゃんと、ね」
これだ。この性格。
「小学生の頃から変な噂を立てられ、就職先も怪しい会社で、おまけに死んだら化けて出るなんて、こっちとしては良い迷惑ですよ」
「……そう、ですか」
実際、迷惑だったのだろう。
辛かったのだろう。
けど、俺も
「姉に不思議な力があるのは知っていたんですが、病院でも研究所でもお祓いでも駄目で、しかもインターネットを炎上させる力って……ふふっ、訳わからないですよね。でも怖かったんですよ。あいつの機嫌を損ねたら社会的に終わる。推薦が消えた同級生も居て……けど犯人は分からないんですよ。そんな人間が双子の姉ですよ? 自分の手を汚さずに人を一人社会的に終わらせられる人間が姉。しかも思いつきでできちゃう。バケモノじゃないですか。本当にありがとうございます。有葉さん。
「そう言っていただけると光栄です」
「本当に助かりました。退院した後は、平穏に暮らせそうです」
とても大やけどを負った人間とは思えない。はつらつとした声だった。
包帯の下でこの女は笑っている。それが個人的にどうにも気に入らなかった。
「……それで、あなたはこれからも気に入らない人間を殺すつもりですか。
カナエはしばらく沈黙した後、明るい作り笑いを見せた。
「え? そんな怖いことしませんよ。
「緒方一家の心中、死体が確認できなかったんですよね。ただの火事にしちゃ少し強火が過ぎる」
「そうなんですかあー? こわーい」
「あと新宮寺カオリの立っていた位置、即死する為には車から少し遠いんですよ」
「運が悪かったんじゃないですか?」
「残留思念の新宮寺カオリは、本来なら
「死んだ人とお話できるって本当なんですね。私のことはなにか言ってましたか?」
「可哀想な妹と言ってましたよ」
カナエの作り笑いに一瞬だけ影が過る。
なにか、腹立たしいことがあるのだろう。深入りはしない。
だから、終わらせよう。
「僕の
俺はそう嘯いた。
だが、これまで調査してきたやり取りの中で、彼女は俺が予知能力者の類だとすっかり思い込んでいた。
「……あんなネット弁慶と一緒にしないでくれますか」
「今の会話をカオリさんの婚約者様に報告させていただきます。あなたのいう怪しい会社の社長ですよ。ええ、なにせ彼らは
カナエの舌打ち。
ああ、やっぱり。
この展開は読めていた。
「邪魔くさいなあ、あんたも――」
そのセリフを遮るように
パチン。
狭い病室で、指を鳴らす。相手の意識を一瞬だけこちらに逸して――
「燃えるのは新宮寺カナエだ」
――
フッ、と神宮寺カナエの瞳から光が消えた。
嵌った。
「新宮寺カナエが燃える」
カナエがそう復唱すると同時に、部屋の隅にあった古いコンセントから火花が散った。
停電。
散った火花は病室の窓辺にあった屑籠の中に入っていたお菓子の箱に引火した。
スプリンクラーは動かない。
有葉が事前調査の為に訪れていた時、たまたま渡していたお菓子の紙袋に燃え移った。
停電した部屋の中。赤々とした炎が新宮寺カナエの横顔を照らした。
炎は彼女の包帯を這うようにして立ち上り、ブスブスという音と肉の焼ける嫌な匂い、赤い灯りが部屋を、ベッドを包み込む。
表皮が焼けてめくれて肉が露出し、脂肪を炙る。肉は水分が多い、嫌な匂いと音を立てるだけで焼けないままにダラダラと燃え続けた。
熱された空気に包まれた彼女は息を吸うたびに肺がやけ、息を吐く度に酸欠で意識が遠のき、どうすることもできないまま、ベッドの上で動けないでいた。
「偶然と人間の意識を操作して、狙った相手が焼け死ぬ結果を生み出した訳だ。緒方に事故を起こさせたのも、その能力か? 事故後のウダウダした態度はあいつの性根の問題だけど、あんたに人生狂わされたと思うとちょっと哀れになってくるなあ?」
カナエは信じられないという顔で有葉を見上げた。
だがもう何もできない。彼女は自分を焼き殺すので精一杯だ。
「
そう、逆らえない。
たとえそれが神託を得て何でも知ってしまうような飛び抜けた力ではなく、ただ一言分だけ思考を書き換える程度のケチな暗示能力だとしても。
丹念に調べ上げ、裏を取り、カマをかけ、その上で狙いすました一言を頭の中に流し込む。それを自分の思考だと思わされれば、もう、逆らえない。
「ア゛……ガァア……!」
殺してやる、とでも言いたげな顔だった。
姉の半分でも優しいところがあれば、こうはならなかっただろうに。
あるいは――能力なんて持ってなければ。
「自分の能力で死んだ
病室の扉をあけ、火災報知器のスイッチを押してそそくさとその場を離れる。
防犯カメラは
ああ、嫌な仕事だ。食っていく為とはいえ、
さっさと家に帰って全部忘れて原稿を書こう。
タイトルはそう――『#炎上少女』だ。
#炎上少女 海野しぃる @hibiki
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