第3話 火葬

 有葉さんはスマホを胸ポケットにしまってため息をついた。

 私を見ている。可哀想なものを見る目で。

 私を、見るな。憐れむな。


「強いストレスを受けると、他人のSNSや企画を炎上させてしまう。それがあなたの因子ギフトだ。あなたはそれを使って緒方一家を追い詰めた。家族のSNS、職場のSNS、お孫さんが通っている学校のホームページ、現代日本において社会と無関係に生きていられる人間はいません。あなたは能力で彼らを死ぬまで追い詰めた。死んでしまったから、かえって能力の制御が効かなくなったんでしょうね」


 手の中の拳銃が、まるで幻のように薄れて消えていく。

 そうだ。拳銃なんておっかないからいつも持ち歩いていた訳じゃない。

 直接戦闘はしないんだから持つだけ危ないって社長に言われてた。

 なのに、なんで、いきなりカバンの中から出てきたんだ。普段持ち出したりなんてしないのに。


「待って、そんな、もう死んでるなんて言われて信じられますか!? ねえ!?」

「残留思念ですよ。イメージでそれらしく自分の姿を見せかけることもある。その延長線上にある力だ」


 有葉さんが私の手元をじっと見つめている。

 なに?


「ビールジョッキ、ありませんよね」

「え!?」


 たしかに頼んでいた筈のビールジョッキが無い。

 拳銃も消えた。ジョッキも無い。

 これじゃ、まるで。


「あなたが意識しなかったから消えたんです」


 思い込んでいたというのだろうか。彼女は自問する。答えは帰ってこない。自答すれば、分かってしまう。答えを。


因子保持者ギフテッドは化けて出るんですよ。残留思念が因子ギフトを媒介にこの世界に残るんです。だから最初に言ったでしょ、炎上させないでねって。あなたが思い込みで出した拳銃で僕を殺すことはできないですが、思い込みで動く因子ギフトの力で炎上させることはできるんですよ」


 ――知らない。そんなの、知らない。生まれた時から変な能力があって、そのせいで我慢し続けるだけで、社長に会うまでは毎日何をやってもつまらなくて。

 ――口封じをしなきゃ。ここまで私のことを嗅ぎ回っているなら、私の仕事のことも知っている。始末しなきゃ、社長に頼めば死体も目撃証言も綺麗に掃除してくれる。でも殺せない。どうすれば、どうすればいいの、私。

 ああ、と有葉はため息をついた。ひどくわざとらしい仕草だった。


「どうすればいいのか悩んでるようですが、どうもしなくていいんです」

「そんなわけには行きません。私、やっと普通に――暮らして」

「社長さんからのお願いでね。君を楽にしてやってくれ、と」


 あっ。そうか。

 それなら辻褄が合う。あの人、私が化けて出たって知ったら心配しそうだもんな。

 けど、そうか、それなら私、もうあの人と会えないんだ。


「普通……に。普通の……」

「あなたについて知ってる理由はそれです。社長さんから、君の情報を提供してもらったんだ。君が安らかに眠れるようにね」


 嫌だ。それは認めたくない。あの人にもう会えないなんて。

 いつのまにか手が震えていた。まずい、能力が。お酒を飲まないと。違う、幽霊の私はもう飲めない。飲んでると思いこんでいただけ。駄目だ。嫌だ。燃やしたくない。社長を燃やしたくない。このままじゃ私。

 そうだ、敵は社長じゃない。こいつだ。目の前のこいつ。こいつにぶつければおさまる。


「変なこと言わないでください!」

「君はんだ。死んでまでそんな因子ギフトに振り回されなくても良い。十分苦しんだろ、学生時代とか、妹さんとか」


 ――普通に死んでも良いんだ。

 ふっ、と心のなかにそんな声が浮かんだ。

 ――私、普通に事故で死ぬんだ。

 一度そんな声が浮かぶと、止まらない。


「私、色んな人を燃やしたのに」


 うっすらと指先が透け始める。もう認めるしかない。ああ、社長にまた心配させちゃったな。

 いつのまにか、目尻に涙が浮かんでいた。

 視界が、潤む。


「もう普通に死んで良いんだ」


 滲む視界は、いつしか真っ暗になっていった。

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