第2話 燔祭

 「良い……気味ですよ」


 酒の力か、有葉が同じ因子保持者ギフテッドだからか。

 思ったよりも素直な感情が口から出た。

 そう、良い気味だ。緒方とかいうあのジジイ。裁判でも私や妹を侮辱して、ムカつく、死ね、苦しんで死ね。死んでしまえ、ああ、火事で死んだんだっけ? ざまあない。


「ふふっ」


 人殺しの人でなし。

 そういう意味ではあいつも私も同じなんだから。

 私と同じくらいひどい死に方をしてくれないと困る。


「あいつが幼稚園児の列に突っ込んだ時、ブレーキ痕が無かったそうですね」

「僕たちに提供された捜査資料によれば、そうなっています」

「私、見ちゃったんですよ。生きたまま五歳の子供が燃やされるところ。アレすごいですよねえ……人間って、人間って……」


 目の前でカルビが焼けていた。

 死んだ肉は泣かない。パチパチと脂が爆ぜるだけだ。


「事故によって発生したガソリン漏れ、そこに灰皿の火が引火したことで、爆発が起き、園児の着ていた化学繊維の衣服に延焼。数名の園児が生きたまま炎に包まれました。怖かったんでしょうね。すぐ近くの大人に飛びついた。大人と言っても引率の先生や近くを通りがかっただけの高校生で……」

「……よく焼肉屋で長々語れますね。ふふっ」

「ああ……失敬」

「気にしてませんよ。因子保持者ギフテッドって、大なり小なり変なものでしょ? そう、変。変なんですよ、私。あんなもの目の前で見たのに、平気でこんなところに来ちゃう。どうかしてますよね。人の不幸で飯がうまくてしょうがないんです。炎上使いなので。炎上カーニバルって呼んでます。祭りみたいなものじゃないですか」

「なるほど良い名前だ。その能力で妹さんの復讐をした、と」


 有葉さんはそう言ってからキムチをお代わりのハイボールで流し込んだ。

 どこか遠いところを見てるような顔だった。私と違ってどうもお人好しらしい。


「そうですね。もう唯一の肉親だし、子供の頃から私にべったり甘えてたので、もう心配だし可哀想だし、本当に……どうすればいいんでしょうね。復讐をした後も人生って続きますし」

「カナエさんもお姉さんのことを気にしていましたよ」

「会ったんですか?」


 訂正、まるっきりお人好しでもない。

 いつの間にかカナエに接触しているなんて怪しい奴だ。

 この分だと、社長にも会っているかもしれない。あの人なら万が一は無いだろうけど、やっぱりこいつは厄介かも。


「失敬。お姉さんを助けることと組織クラスタ因子保持者ギフテッドによる火傷治療を条件に、色々と話してくれましたよ。お姉さんが怪しい人と付き合ってるって心配なさってましたよ」

「あはは……心配されっぱなしだな。でもいい子でしょ?」

「ああ、その、なんだ……お辛かったでしょう」


 カオリは思わず笑ってしまった。

 ――なんでこの人、他人事なのにそんな悲しそうなんだろう。

 

「私、実は特に辛くないんですよ。むしろ今みたいになんか笑えてきちゃうんです。何度も言うけど他人の不幸で飯が旨くなっちゃうので――」


 そこまで言ってカオリはからからと笑ってしまった。


「緒方一家を燃やした時も?」

「ああー……まさか一家心中のあげく家に火をつけるなんて思いませんでしたが、まあそこそこすっきりしましたね……はい。メシウマでした」


 ちょうどその時、マルチョウが炎上した。小腸の中でも脂身の多い部位で、白くて小さな筒がプチプチと音を立てて爆ぜている内側から脂が膨れて破裂して、音を立てながら網の上で転げ回っていた。赤い炎の中で白い塊が跳ねているのをみていると、カオリは不思議とやすらいだ。白い肉片に黒い焦げがうっすらとできたところで、有葉はひっくり返した。


「あなたが炎上カーニバルを使う為に邪魔な感情が欠落しているように、僕は自分の神託オラクルに逆らえないんですよね。このマルチョウが焦げると分かっても、焦げると思ってしまったら焦げるところを見ずにはいられない」

「じゃあやっぱり日常生活での発動制御は大変だったクチですか?」

「ええ、そこそこ。寝坊すると分かってても寝坊してしまうこととかあったりしました」

「私も今の職場に入るまでは大変だったんですよ。社長ししょうにつきっきりで教えてもらった感じで」

「そういえば因子保持者ギフテッドの知り合いが居ると仰ってましたね」


 来た。思わず緊張してしまう。


「ああー……言いましたね」

「失礼ですが、その職場というのは――」


 分かっていた。この人は私の敵だ。


「ひとごろしですよ」


 そう答えてカバンから拳銃を抜き放ち、有葉さんの額に突きつけた。

 ――本当に悪いと思うけど、この人は良い人だ。

 ――良い人は、邪魔だ。

 ――私は良い人の居る場所で生きていけない。

 そして、引き金を引いた。


「死体は、社長に始末してもらいます」


 乾いた銃声が響いた……筈だった。

 でも有葉さんは最初のニヤニヤした笑みを浮かべるばかりだ。


神託オラクルには逆らえない」


 あれ?

 眉間に銃弾を打ち込まれた筈の相手が平然と喋っていた。


「ど、ど、どうして」

「困ったから殺そう。そういう判断をするから、社長さんに戦闘に向いていないと言われたんじゃないでしょうか」

「なんでその話まで!? 因子ギフトでなにかしたんですか!?」

「あなたに? いえ、今は何もしてません」

「じゃあ、なんで――」


 有葉さんはスマホの画面を向けて、撮っていた先程の焼肉の写真を私に見せた。

 だが、そこに写り込んでいるはずの――


「あなた、もう死んでるんですよ」


 ――新宮寺カオリの姿は無かった。

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