#炎上少女

海野しぃる

第1話 青火

 超能力なんて、持っているだけ損なもの。私はしみじみと感じていた。


「新宮寺カオリさんですね」


 その日も不幸はやってきた。マンションまで急ぐ私の前に現れたのは、スーツ姿のニヤついた男だ。

 背が高く、眼鏡をかけていて、白い帽子を被っているせいか遠くから近づいてくるのもよく見えた。

 声をかけられた時点で変質者だと思って逃げようとしたが――。


「逃げないほうが良い」


 逃げない方が良い。

 その通りだ。私もそう思う。不意打ちではなく、わざわざ話しかけてきたということは話し合いをしたいか余程恨みがあるかの二択。非戦闘系の能力――因子ギフトを持つ私ではどうしようもない。


「三つお伝えしたいことがあります。一つ目は僕があなたと同じ因子ギフトを持っていること。二つ目はあなたが発生させた炎上事件についてお話を伺いたいこと。三つ目は話さえ聞ければ僕があなたを傷つけるつもりはないということです」


 ――やっぱり因子保持者ギフテッド

 今日はついてない。そもそも因子ギフトがなにかも分からない相手と戦えるわけがない。

 それに私は『直接戦闘に向いていない。戦うな』と私の師匠やといぬしから口を酸っぱくして言われている。


「……あの、お名前は」

「有葉緑郎、因子ギフト神託オラクル。文字通りお告げをする能力です。調査に向いている能力を見込まれ、因子保持者ギフテッドによる治安維持機構――組織クラスタの指令であなたに接触しました」


 聞いた覚えがある。そんな名前のツイートを見た。何ならよく見てる。ちょくちょくバズってる。


「アルバさんですか。同じ名前の人、ネットで見たことがあります。この前、ソシャゲのスクショでバズってましたよね。家の近くだったからびっくりしました」


 有葉は頷いた。

 なんだか気が抜けてしまう。あんな平和なツイートと、目の前の胡散臭い男が頭の中で結びつかない。


「それです。燃やさないでくださいよ、大事に育てた作家アカウントなので」


 有葉はそう言っている間もニヤニヤと笑っていた。


「っていうか、作家さんなんですね? ずっとソシャゲやってる」


 有葉のニヤニヤ笑いが消えた。

 どうしよう。怒らせちゃったかな?

 いつもこうだ。私は人に嫌われる。嫌だ嫌だ。


「ひとまず、どこかに入りましょうか。立ち話もあれですし。ごちそうしますよ」

「えっ、じゃあ晩ごはんまだなので焼肉屋さんとかでいいです?」

「焼肉? 本気で?」


 また嫌われた。どうして。


「菜食主義者でしたか……? キムチも美味しいですよ?」


 社長なら、良いねえって笑ってくれるのに。

 みんな、私が口を開くと困った顔をする。

 お酒、お酒を、お酒を飲まないと、また因子ギフトが暴走する。


「いえ、その、込み入った話でいきなり焼肉屋でお酒ってのは僕、どうかなと……」

「酒も飲まずに真面目な話ができると思ってるんですか。行きますよ」


 細かいことを考えるのをやめよう。酔っ払って幸せになろう。

 この男も酔っ払わせれば何かあっても戦うどころじゃないはずだ。

 なにせ、敵なのだ。私の平和な超能力者ライフに忍び寄る謎の組織の能力者なのだ。この有葉緑郎は。


     *


 まず注文したのはカルビとビール。有葉さんにはメガハイボールを押し付けた。有葉さんも案外食べるようで、自分の懐に帰ってくるのに上ミノとマルチョウをバリバリ焼き始めていた。


「いや~人の金で食う肉美味しいですね! メシウマですよ!」

「メシウマって何時の時代ですか」

「私たちが小中学生の頃ですよね」

「祭りキタ―――(゚∀゚)―――― !!」

「それ! 分かってんじゃないですか有葉さん!」

「世代ですからね」


 私たちはそれなりに打ち解けていた。

 やっぱりお酒は偉い。能力目覚めたての中学生の頃に出会えていたらもっと幸せだったのに。


「……さて、それでなんでしたっけ、私の能力の話でしたか?」

「ええ、そうです。組織クラスタからの依頼であなたの能力について調査してこい、と」

「……なるほどぉ」


 困ったことになってしまった。私は能力と適切な距離感をとって仕事に活かしつつ平和に暮らしているだけなのに、正義の味方っぽい組織に目をつけられてしまっていたというわけか。

 どこから話せばいいかと迷っているうちに、有葉さんの方から切り込んできた。


「あなたは狙った相手のインターネットを炎上させられる。そうですね?」


 有葉さんは焼肉の写真を撮りながら、できるだけ柔らかな雰囲気を出して、私に聞いてきた。


「有葉さんはその、私を逮捕とか、しようとしてるんですか?」

「いえ、無理です。御存知の通り、因子ギフトを使った犯罪は日本の法律で裁けません。僕も調査の過程で色々まずいことをやるのでお互い様ですよ」

「じゃ、じゃあ始末を……? 殺されたりするんですか? これ最後の晩餐ですか? もしくは組織クラスタってやつに勧誘されちゃったりするんですか?」

「僕にあなたは殺せませんし、あなたは誰も救わなくて良いんですよ。僕もバリバリ戦闘系の因子ギフトじゃないので。神託オラクルって名前だけあって、能力のおかげで少し勘が良いくらいです」

「よ、良かったぁ……」


 とりま一安心。けれどそうなると疑問が出る。組織クラスタなんて集団は聞いたことがない。そもそも私以外の因子保持者ギフテッドなんてそんなに多くは無いのに、そんな大規模な組織が作られているなんて知らなかった。


「あの、その、組織クラスタってどんなところなんですか? 因子保持者ギフテッドの知り合いは居るんですが聞いたことがなくて」

組織クラスタ因子保持者ギフテッドの確保、保管、保護を目的としています。僕はあなたが起こした事件の事情聴取をして、因子ギフトが暴走していないかを確認して、あなたが因子ギフトを使って社会に混乱を起こさないことさえ確認できれば終了です」

「え、えぇ……なんでそんなことを? っていうか悪い因子保持者ギフテッドを始末したりしないんですか?」

因子保持者ギフテッドなんて存在しないと思われていた方が都合が良いんですよ。もちろん、あなたが殺人を繰り返しているとかなら危険なので始末することはありえますが……基本は隠匿です」

「なんで?」

「下手に始末すると化けて出るんですよ。因子保持者ギフテッドは。僕は組織クラスタにおいて、因子保持者ギフテッドの幽霊を対策する部署で働いています。印税で食っていけないので」


 おばけ。

 こんなろくでもない能力を背負わされた挙げ句、幽霊にまでならなきゃいけないなんて、とことん私はついてない。


「本当に出るんですね……幽霊」

「ええ、特に無念の死を迎えた因子保持者ギフテッドは高確率で幽霊になります。要するに残留思念による因子ギフトの行使をおこなうということです」

「解決する為に私の能力の調査が必要なんですか?」


 有葉さんはメガハイボールをグイッと飲み干した。案外いける口だ。作家さんと言っていたが、飲みっぷりだけなら飲み屋でウェーイってしてるお兄ちゃんとそう変わらない。


「はい。聞かせてください。代議士の緒方一家の心中事件と、その直前に起きた緒方源治の交通事故、それにまつわるSNSの炎上を」

「ああ……あれですか」


 私は悪くない。私は普通に過ごしていただけだし。

 違う。あいつらが、あいつらが、全部悪い。

 ビールを飲む。腹の中に入っていった感じがしない。普段なら喉を心地よく刺激する炭酸も、今はまるで感じられない。


「大丈夫。これはただの調査です。あなたは罪に問われません。あなたの巻き込まれた事件の背後に潜む、別の因子保持者ギフテッドを探しているのです」


 有葉さんは、先程までのヘラヘラ笑いや怖い顔ではなく、とても真面目そうに、少し悲しそうに言ってくれた。

 人殺し相手に、随分お優しい人だ。

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